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ファーストキスが忘れられなくて♥

 コスモスの三人が白鳥、水瓶(みずがめ)を退けた翌日。トゥインクルスターこと庚渡紬実佳が、バスに乗って隣町の(こう)(りょう)市に向かっていた。

 紬実佳が昨日を思い出す。もちろん想起されるは、彼・鈴鬼小四郎と唇を合わせたことである。


(鈴鬼くんとキスしちゃった……)


 ふふ、ふふふっ、と独り薄気味悪い笑みを車内にて浮かべた紬実佳だが、昨日はまったく振るわなかった。

 白鳥戦こそ彼を羽根から守った。だが、続く水瓶戦では、彼を水の中に落としてしまう大失態を犯した。その所為(せい)で戦いをサンシャイン及びムーンライトに全て任せてしまい、何も貢献しなかった。

 こらえられない彼が悪いのではないか。しかし、彼は戦士ではないただの男子である。そもそも彼を戦いの場に引きずり込んだのは紬実佳であり、彼を守ることは引きずり込んだ者としての責任であり義務である。

 そして、これだけは誰にも明かせない。タコの触手を食らって彼を落とした紬実佳だが、実のところ彼に抱き付かれていたことで戦いに全然集中できていなかったことを。彼のことが好きで仕方がない紬実佳にとって背負った彼の重さや匂いは、とてつもなく甘美な麻薬だった。


(やっぱり昨日のことで怒られるのかなぁ)


 軽く息を吐いた紬実佳は今日、会議との名目でサンシャインこと乾出陽に呼ばれている。

 叱られるのは仕方ない、と紬実佳は承知している。昨日まったく役に立たなかったことは彼女自身がよく分かっているから。しかし、それでも叱られるというのは気が重く、紬実佳が憂鬱な気持ちで窓の外を眺めている。

 しばらくして、お叱りの時が訪れる。陽から降りるように指定された停留所の名をバスのアナウンスが告げ、これに紬実佳が下車すると、


「あっ、紬実佳ちゃん。こっちこっち」


 手を振る陽が紬実佳を出迎えた。

 陽は笑っていた。この笑顔に紬実佳の心が少し和らぐが、付き添うムーンライトこと巽島美月は笑っていなかった。

 口を閉ざす美月に紬実佳が委縮する。美月は背が高くて落ち着いた先輩だ。年下で背が低い紬実佳にとっては、その静かな雰囲気が恐ろしい。また、陽も笑ってはいるが、内心では怒っているのかもしれない。


「あの、二人とも。昨日はすみませんでした」


 紬実佳が先手を打って二人に謝罪する。


「へ? なんで謝るの?」

「だって、昨日なんの役にも立てなかったから」


 申し訳なく頭を下げる後輩に、先輩二人が顔を見合わせ、


「気にしてたのね。まあ、スズキ君をあれだけ危険な目に遭わせたのはもう絶対にダメだけど、戦いの方は気にしないでいいわ」


 美月が優しくほほえんで後輩をいたわり、


「あたしらも紬実佳ちゃんに助けてもらったことあるんだから。こういうのは持ちつ持たれつだよ」


 続いて陽も笑って後輩を励ました。

 先輩二人の優しさと度量の深さに紬実佳が(あん)()する。それと、戦いに全然集中していなかった己を恥じ、心の中でもう一度謝った。

 紬実佳は彼を命の危機にさらす大失態をやらかしたが、これに関して陽と美月はあまり責めようと思っていない。理由は結果的に助かったことと、可愛い女の子からの人工呼吸というあまりにもラッキーなお()びを彼がもらったことによる。もっとも、彼は知らないのだが。

 そして、陽を先頭に三人が歩き始める。今日の行き先を紬実佳は聞いていない。


「今日はどこへ?」

「陽の家」

「紬実佳ちゃん、(うち)に来るの初めてだよね?」

「はい」

「この近くなんだ。美月ん()と違っておいしいものは出せないけどさ、ゆっくりしていってよ」

「陽、あなた部屋片付けた?」

「足の踏み場ができるくらいなら」

「もう。紬実佳が来るというのに」


 陽のあっけらかんとした返事に美月がため息をついた。

 ちなみに、紬実佳は美月の家には何度か訪れたことがある。美月に料理を振る舞ってもらい、ある食材を用いた料理を除いてはその旨さに感動している。

 歩くことしばらく。先頭を歩く陽が三階建ての白い住宅の前で立ち止まる。


「着いたよ。ここ、紬実佳ちゃん」

「わっ。奇麗な家ですね。うちなんかと大違い」


 紬実佳が整然とした(たたず)まいの、自分の家とは異なる住宅に感心していると、


「陽」


 美月が腐れ縁にして親友を呼ぶ。


「なに?」

「今日もお父さんとお母さんお仕事?」

「うん。今日も家には誰もいないよ。これからする話にはちょうどいいでしょ?」

「そう。大変ね」


 親友の何気ない答えに、美月が少し憂いを帯びた声で返事をした。

 陽の両親を知らない紬実佳が美月に尋ねる。


「あの、美月さん。陽さんのご両親のお仕事って」

「警察官なの。とっても忙しいの、お父さんもお母さんも」

「へえ、そうだったんですか」


 前に陽が彼を、警察官が犯罪者を捕まえるようにして取り押さえた訳を紬実佳は納得した。

 陽が「ただいまー」と玄関の扉を開ける。返事はもちろんない。美月、続いて紬実佳が家にお邪魔する。


「お茶の用意するから先に行っててよ。美月、紬実佳ちゃんを部屋に連れてってあげて」

「はいはい。こっちよ紬実佳」


 陽が勝手知ったる親友に紬実佳の案内を任せた。

 美月と紬実佳が三階まで上り、陽の部屋の扉を開ける。


「まあ、片付いている方かしら」


 思ったよりは片付いていた部屋に美月が感心した。

 紬実佳は部屋の中を見回している。自分の部屋にはない陽の私物が珍しくて。


「ダンベルに、えっと、これ何て言いましたっけ?」


 握力を鍛える器具の名称を紬実佳が美月に()く。


「ハンドグリップね」

「筋トレグッズ、多いですね」

「おかしいでしょ。陽は筋トレ好き女だから」


 陽が運動神経良く、女子バスケ部主将を務められる所以(ゆえん)を紬実佳が得心した。

 続いて紬実佳が、あるトレーニング器具に興味を()かれる。


「バランスボール」

「紬実佳、座ってみる?」

「はい。一回すわってみたかったんですよ。……う、わわ、うわぁっ」

「ふふっ。あなたはちょっと身体(からだ)鍛えた方がいいわね」


 転がった紬実佳に、美月が笑った。


「お待たせー。はい紬実佳ちゃん」

「アイスティー。ありがとうございます」

「ほら、美月」

「ん」

「それじゃあ、第一回コスモスの緊急会議を始めたいと思いまーす。べーちゃん」

「呼んだかベエ」


 陽が呼ぶと妖精が部屋に現れた。

 アイスティーが入ったガラスのコップを陽が妖精に手渡し、陽に美月に紬実佳に妖精、囲むように座っている。


「今日の議題は、紬実佳ちゃんについてです」


 まず発言したのは陽。紬実佳に振り向き、小学生の学級会さながらに会議を進行する。


「え、私ですか?」

「うん。美月」

「なに、私が言うの?」

「美月が言った方が効くと思うんだよね。あたし威厳ないし」

「威厳なんて私だってないわよ。……紬実佳」

「は、はい」


 かしこまった美月に紬実佳が緊張した。

 紬実佳に思い出されるのは不甲斐(ふがい)なかった昨日の戦闘。やはり昨日のこと、怒られるのか。そう紬実佳が叱責を覚悟する。

 だが、確かに昨日のことだが、紬実佳の予想からは外れていた。役に立てなかった戦闘でも彼を危険な目に遭わせたことでもなかった。


「あなた、スズキ君の前で変身するのはやめなさい」

「……えっ?」


 彼が関係する美月の意外な忠告に、紬実佳が思わず訊き返す。


「な、なんでですか?」

「自分が変身しているときの姿に気が付いてないの?」

「はい」

「あのね、変身しているときのあなたってね、服が消えちゃっているのよ」

「え、ええぇぇぇっ!?」


 初めて知った衝撃の事実に、紬実佳が目を大きく開けて仰天した。

 確かに紬実佳は、自分の変身を客観視したことはなかった。ハロウィンズミラーが放つ光が心地よい所為で目をつむって光に身を委ねていた。陽の変身が豪快であり、美月の変身が先鋭的であるため、自分の変身も格好よいのだろうと思い込んでいた。

 しかし、まさかすっぽんぽんとは。にわかには信じられない紬実佳が二人に問いただす。


「わたし裸を見られてたってことですか?」

「ハロウィンズミラーが放つ光のおかげで裸は一歩手前で防げているけど、それにかなり近いわ」

「今まであたしと美月だけだったから〝ま、いいか〟って思って言わなかったけど、さすがに男の子がいたんじゃ。紬実佳ちゃんの変身、スズキ君食い入るように見てたよ」

「ええぇぇぇっ!?」


 彼が夢中に見ていた事実に紬実佳がまたも仰天した。

 しかし、紬実佳の変身を見たのは陽と美月、そして(いと)しの彼である。うろたえている紬実佳だが、ここで逆の発想をひらめく。

 紬実佳は彼に自分を見て欲しい。自分だけを見つめて欲しい。そのためには手段を選ばず、


「でも、食い入るようにってことは、鈴鬼くん喜んでくれたってことですよね?」


 彼の様子を先輩二人に確かめる。


「喜んでた? ま、まあ、そう、かしら」

「じゃあ、いいです。かまいません。恥ずかしいですけど」

「え」

「えっ?」

「鈴鬼くんなら、見られてもいいです。他の男はイヤですけど、鈴鬼くんなら、この身体ささげます!」


 恥を捨てた紬実佳の決意表明に、二人があんぐりと口を開けて顔を見合わせた。


「もうファーストキスも(ささ)げちゃいましたし。あ、聞いてください、昨日のキスがほんとに(うれ)しくて、わたし今日ぜんぜん寝れなかったんですよ。だから今日ちょっと眠いんですよねー、へへっ、えへへー。神様っているんですね、わたし最近ホント幸せなんです、生きてるって感じー。あ、思い出したら、私の息が彼の肺に入ったんですよね、うふふっ、ふふふ……」


 独り薄気味悪くのろけ笑う紬実佳に、陽と美月があきれ半分に息をついた。


「愛は盲目というか」

「この子、思い込んだら清々しいまでに一直線ね。この(いち)()さ羨ましいかぎりだわ」

「でもさー、紬実佳ちゃんが良くても、青少年の教育的にはよろしくないよね。べーちゃん」

「なんだベエ?」

「紬実佳ちゃんの変身、どうにかできないかな?」

「そうだベエ、スズキに興奮されてトゥインクルのパフォーマンスに悪影響がでたら困るベエ。昨日はほぼ役に立たなかったし、そうでなくても最近トゥインクル調子に乗りすぎだから、少し抑えるように調整しておくベエ」


 ユニヴァーデンスクロックの私物化、そして今ものろけ笑う紬実佳に、妖精は思うところを抱いていた。

 こうして、妖精の手により、トゥインクルスターの変身に修正が入れられた。


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