黒き者たちによる628メートルの密談
東京都白田区に屹立する、高さ628メートルの電波塔にしてランドマークタワー「大江戸ユメミヤグラ」。一万五千件を超える一般公募によって名付けられたこの塔からの眺望は、大都市東京の街並みを掌中に収める景観を観る者にもたらした。
ユメミヤグラに一般の客が登れるのは450メートルまでであり、そこから先は電波用のアンテナであるため、スタッフや工事関係者等ごく一部の限られた人しか登れない。しかし、そのごく一部の人すらも立ち入りを禁じられた目的不明のフロアが628メートルの最頂部にはあり、いったい何のためにあるのか関係者一同が首をかしげる程の徹底した進入禁止措置が講じられた謎のフロアが存在した。
時刻は午前零時。日の変わる真夜中の時刻に、空からユメミヤグラ最頂部に着地する者がいる。
高さ628メートルの最頂部。その気圧差を自動調整するオートドアを着地した者が開き、そして、咳をする。何度も何度も咳き込む苦しそうな様は、かつて亡国病と恐れられた病、結核を思い起こさせる。
「〝メテオ〟さん、大丈夫ですか?」
照明が一つもないフロアの内部。明かりは天井の強化ガラスから射し込む月の光だけ。そんな暗いフロアの中にいた一人の少女が、咳をする男を呼んだ。
少女が「メテオ」と呼んだ男は、黒い仮面をかぶり、黒いマントを羽織っていた。男はコスモスの戦士に幾度となく戦いを挑み、そして敗れたあの黒ずくめの男だった。
男が咳を止め、己を心配する少女の姿を認める。この少女も黒い格好をしていた。足首を留めるストラップが付いた黒のパンプスを履き、黒のフリルを飾ったゴスロリ調のドレスを身にまとい、舞踏会でかぶるような目を覆う仮面をしている。
「〝イオン〟君か。気にするな、問題ない」
「また負けたんですか?」
「ああ。不甲斐ない、恥じ入る限りだ」
「そんなことありません、コスモスの強さは私自身がよく知ってますから。メテオさんが担当されている所、特に強いのが三人もいるみたいですね。上澄みを引いちゃうなんて貧乏くじで、ちょっと同情しちゃいます」
「ハハッ。僕はそういう星の下に生まれたようだから、これも運命と割り切るさ」
男が自身の敗北を自嘲した。
そして男が少女に尋ねる。この者にしては珍しい、父親が娘を見るような慈しみのある眼差しで。
「イオン君。きみは順調か?」
「はい、なんとか。昨日コスモスの女を一人、ようやく殺しました。残る一人を殺せば」
「そうか。……君の境遇は分かっている、君は君の願いを叶えるがいい」
「はい」
男が懐から財布を取り出す。
「少ないがとっておきなさい。君の生活もあるからやめろとは言わないが、願いを叶えたら、せめてその身体は大切にしなさい」
「分かりました。いつもありがとうございます、メテオさん」
一万円札を手渡された少女が男に頭を下げた。
月明かりだけが射す暗いフロア。その影に染まった空間から床を叩く革靴の音が鳴る。
フロア内に響く靴の音に男と少女が振り向くと、
「お久しぶりです、メテオさん」
「〝エクリプス〟君か。珍しいな、君もいたのか」
影から新たに青年が現れ、男に恭しく挨拶を述べた。
青年も装いは黒かった。黒のスーツに黒のワイシャツを着用し、右半分だけを覆った黒の仮面をかぶっている。
「エクリプス君、いるなら声をかけてくれればいいのに」
「僕はあまりここに現れないですからね。それに、お二人の仲を邪魔する訳には」
「おいおい、誤解されるようなことを言うんじゃない。この窮屈なご時世だ、そういった誤解を拍子に破滅が始まるのだぞ」
「そうでした、まことに仰る通りです。すみません、迂闊でした」
「フッ、中年の小言だ、真に受けないでくれ。それよりもエクリプス君、きみの首尾はどうだ?」
「いやあ、僕なんて。一人消したイオンさんに比べれば全然ですよ」
「フフッ、君のことだ。大阪夏の陣の如く外堀を埋めるように攻めているのだろう? 私はせっかちな性分だから、君のやり方は真似できそうもないな」
「……メテオさん」
気さくに話す男を、青年が見据えて問いただす。
「メテオさん。もうその体、酷使し過ぎてボロボロなのではないですか?」
「…………」
「見ていられません、メテオさんのような同志が苦しむところは。どうでしょう、一旦退かれて療養されては如何ですか?」
青年の身体を気遣う諫言を、男が顎に手をあてて一考し始めた。
下を向く男。静寂がこのフロアに漂う。
「そうも、いかないな」
男は青年の願いを拒否する。
「メテオさん」
「気遣ってもらってすまないが、退く訳にはいかないんだ」
「しかし、もうその体では」
「エクリプス君、それとイオン君。これから言うことは理解できぬと思うが、私は私を負かすあのコスモスの三人に対し、娘のような感情を抱いているのだよ」
「娘、ですか?」
「ああ。私は若い者が好きだ。特に困難に立ち向かう若人は応援したくなる。彼女らとは相容れない立場ゆえに戦うが、もしも立場が違えば好ましく思っていただろう。彼女らは私という困難に挑戦し、そして常に乗り越えてきた。その成長を間近で見ている分な、私は敗れて悔しい一方で喜びを感じているのだ」
ふむ、と青年が腕を組んで理解を示す一方、
「メテオさん、Mなんですか?」
理解できない少女が口を挟む。
「フッ、イオン君の言うとおりだ。負けが込み過ぎてマゾに目覚めたのかもしれないな」
すると男が、敗北の人生を歩んだ過去を顧みながら自嘲した。
「メテオさんの言ってること全然分かりません。幸せな女なんて、みんな殺してしまえばいいじゃないですか」
「イオン君、きみはもうすぐ願いを叶え、誰もが羨む幸せをつかむんだ。他人を恨むのも程々にするんだ」
「…………」
「イオン君、エクリプス君。これは私という男の意地なのだ。決して退かぬぞ」
決意を示した男に、青年が敬意を表す。
「分かりました。男の意地、拝見させて頂きます。メテオさん、必ずや勝利し、その宿願を叶えてください」




