あまねく命に祝福を
彼が初めて好きになった女の子、庚渡紬実佳が彼を見ている。
(まさか、この子までも。……そうか)
仰向けの彼が、彼に跨る変身を解いた紬実佳の姿に右目を見開いた。
有り得る話だ――、と彼の中で符合する。彼が殺したコスモスの子・リングレットアークは、紬実佳の親友だった。コスモスの親友ならその親友もコスモス。この可能性を彼は考えていなかった。
紬実佳は泣いている。そのつぶらな瞳から落ちる涙が、彼の火傷に塗れた顔をぽたぽたと濡らし、彼が気付けなかった己の鈍さと愚かさを悔いている。
「紬実佳!」
「紬実佳ちゃん! どうして変身を!」
ムーンライトとサンシャインが、変身を解いた紬実佳を咎めた。
二人は理解できずにいる。何度も述べるが、彼は紬実佳の親友を殺した。他コスモス三人が犠牲となり、そんな凶悪犯を前に変身を解く紬実佳が分からずにいる。
コスモスは一度変身を解くとしばらくは変身できない。つまり、今の紬実佳は戦う術を持たない女の子。そんな紬実佳が、
「サンシャイン、ムーンライト。ごめんなさい、私、仇とれません……」
立って二人に背を向けたまま謝る。
「ど、どうして」
「その男は、あなたを慕っていた紫暗と、あなたの親友の環を殺したのよ……」
愕然とするサンシャインとムーンライトに紬実佳が、
「分かってます。でも……」
力なく告げると、
「……そうだ。僕は、君の友達を殺した。頼む、殺してくれ」
彼が体を起こして跪き、紬実佳を見上げて死を願った。
「君に殺されるなら本望だ。僕は、もう、生きたくないんだ……」
彼は紬実佳が好きである。忘れようと思っても忘れられず、結局いまに至っても好きである。
しかし、好意を寄せるには汚れ過ぎてしまった。コスモスを四人も殺し、そのうち一人は紬実佳の親友、赦されない罪を彼は承知していた。
生きて償う術はない。もしあるとすれば殺した四人を生き返らせることだが、それは彼の立場的にもノルマ的にも不可能で、死をもっての償いを彼が紬実佳に望む。しかし、
「やだ!」
跪く彼の頭を、紬実佳が強く抱き締め、この強い思いに彼が激しく動揺する。
「なっ、なんで」
「やだやだやだ! 殺すなんてゼッタイやだ! やっと逢えたんだもん!」
駄々をこねる紬実佳のぬくもりが、抱き締められる彼の額にじんわりと伝わる。
彼は困惑している。四人も殺した罪深い彼を、今の紬実佳は許そうとしているようにしか思えない。
紬実佳の振る舞いは彼だけでなく、後ろの二人にも理解し難かった。彼に殺されかけたサンシャインが、
「紬実佳ちゃん!」
叱るように紬実佳を呼ぶが、
「サンシャイン! 私、この人にずっと会いたかったんです! この人は私が好きで好きで、ずっと忘れられなかった人なんです!」
直ぐに訴えた紬実佳の反抗に、抱き締められる彼がとても大きな衝撃を受けた。
好きな子からの告白。彼のような青い少年がこれを受ければ天にも昇る喜びだろう。だが、それを大きく上回る至上の幸福を彼はいま受けている。
紬実佳の告白はまさに彼を救った。生への望みを失い、暗黒の淵をさまよい続けていた彼をつなぎ止めた。この全てを赦す紬実佳の愛に、
「ああ、ううっ……」
彼が感極まって泣いてしまう。
間もなくして、彼の頭を離した紬実佳が、続けて彼の両頬にそれぞれ手をあて、この感触に彼が紬実佳の顔を見上げる。
彼の醜い面を、笑うことも蔑むこともせず見つめる紬実佳が、
「その顔。それに、闇の人になって。……辛いことがあったんだよね」
今度は慈しむように優しく抱き締める。
彼を救いたい紬実佳。コスモスとして二年のキャリアがある紬実佳は、闇の者が闇に身を落とす事情があることを分かっている。さらに紬実佳は小学のころ同級生だった彼の旧友から、彼が家族を失ったことを聞いている。
独りぼっちで辛かっただろう。そう紬実佳が、大好きで忘れられなかった彼を優しく包み込む。
「我慢しなくていいんだよ」
「なんだよ、それ。僕は、僕は、謝っても謝り切れないことを……」
「泣きたいときは、泣いていいってこと。……うん、きっと辛くなっちゃうから、心にふたをしちゃうとね」
全てを受け止める紬実佳の愛に、もう彼は感情を抑えきれなかった。
彼が誰にも見せぬと決めた涙をさらけ出す。紬実佳の腰にしがみつき、顔をうずめて泣きじゃくる。
未練がましく想い続けていた子の体温、それと優しさ、そしてぬくもりが彼に罪を忘れさせる。そんな子供のように泣く彼を、紬実佳が愛おしく抱き続けるが、
「紬実佳ちゃん」
「あなたが許しても、私たちはその男を……」
紬実佳が許しても他が許すとは限らない。体に感覚が戻り始めたサンシャインとムーンライトが立ち上がって彼と紬実佳を責めた。
詰め寄るサンシャインとムーンライトは怒っている。先に「任せてください」とまで言った紬実佳が彼を許しては、無残に殺された子たちが浮かばれない。裏切りに等しい行為を紬実佳は犯している。
しかし紬実佳は一歩も引かない。普段は引っ込み思案な性格の紬実佳だが、一度決めたら割と豪胆な、危なっかしい性格の子でもあり、
「やめてください!」
「……っ!」
「この人を許せないなら、私も一緒に殺してください!」
紬実佳が命をかけて彼をかばった。
二人を強く睨む紬実佳。二人にとって紬実佳は、一つ下の可愛がっている後輩なのだが、その後輩が初めて反抗した。
紬実佳が向ける敵意に二人が動揺する。紬実佳は親友の坎原環の死を目の当たりにし、暗い眼をして仇を誓った。この後輩に二人は、後輩に人殺しをさせるくらいなら、というつもりで彼を捜した。つまり、二人は可愛い紬実佳に殺人など犯して欲しくなくて先に彼を殺す気でいた。
二人にとって紬実佳は守るべき後輩だった。しかし、その紬実佳が仇をかばっている。
「そんなこと」
「できるわけないじゃない……」
二人が肩を落として諦めるが、これが呼び水となって彼が我に返る。
四人を殺した彼。己がどうしようもなく汚れてしまった糞にも劣る乞食であることを思い出す。
彼の脳裏に、殺してしまったときの四人の顔が現れる。みな悲しい顔を浮かべていた。
(僕は、なんてことを……)
彼が犯した罪を責めたときだった。
「ほほっ」
子供の笑い声が聞こえ、これに皆が首を向けると、
「放し飼いの駄犬を追っておったら、よもやここでコスモスと逢うとはの」
彼に黒い玉を渡した卑弥呼と言う名の子供が、この時が止まったみなとみらくるに現れていた。




