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類語は人間万事塞翁が馬

 現在時刻3:38。例の数字が俺に教えてくれた。夜と朝の境界で俺は走っていた。否、正確には走らされていた。屋敷付属のグラウンドを無駄にグルグルと……

「背筋を伸ばせ!」

 そんな俺に松尾さんの怒声が飛ぶ。せめて、安寿かベアトリクスさん辺りに「がんばれ❤がんばれ❤」と声援を送って貰いたいものである。

「速度が落ちてるぞ! 手抜きをするな!」

 そして再びの怒声。二週間前まで引きこもりだった俺の体力を見くびらないで欲しい。……死んでしまいます。


 こんな事になった原因は、昨日のぷにょに大怪我をさせられた事である。そして昨日の出来事を思い出す。


 お嬢様「ぷにゅに大怪我をさせられるなんて前代未聞だわ! あんなに恥ずかしい思いをしたのは初めてですわ! 当家の使用人とは思えません!」

 バトラー「ぷにゅにすら怪我をさせられるのは問題ですな。松尾に鍛えさせましょう」


 以上回想終わり。三行かからなかった。凄いな俺。

 学校から帰ってきたお嬢様に呼び出された俺は上記の様な有難いお言葉を承ったのである。


「まぁ、こんな所でいいだろう」

 松尾さんがようやく止めてくれた。時刻は4:13。倒れ込んだ俺は、うっすらと明るくなってきた空を見上げている。

「朝早くから頑張ってるねぇ」

 そして女性の声。チラリと見たら花代さんが松尾さんに話しかけていた。俺が期待したのは、その女性(ひと)じゃない……。

「まぁ、こいつには学校もありますからな。しかし、こんなに体力が無いとは……」

 松尾さんが寝そべる俺を呆れた様に見ながら続ける。

「よし、十分休んだだろう。次は腕立てだ。俺が良いと言うまで出来るだけ早く繰り返せ」

 時刻は4:13。せめて十分じゅっぷんは休ませてください。十分じゅうぶんだけに。


 そして腕立て。十回出来ません。腕がプルプルします。そして潰れる。

「マジかよ……」

「ある意味凄いわねぇ」

 松尾さんと花代さんが驚いている。

「少年の儚さがわかったかしら?」

 いつの間にか得意気な表情でベアトリクスさんが立っていた。

「これはもう天然記念物級ね。即刻、このトレーニングを中止するべきだわ」

 相変わらず褒められているのか貶されているのかわからない。どちらにしても中止には大賛成である。

「まぁ、無駄だと思うから俺も中止したいんだが、バトラーさんの指示だからなぁ」

「無駄とかいう問題じゃなくて、この華奢で儚い天然記念物級の少年を維持したい。それだけよ」

 困り顔の松尾さんにベアトリクスさんが剥れ顔で反発した。

「それじゃあ、お前からバトラーさんに言ってくれよ。まぁ、鍛えなきゃ役に立たな過ぎてお嬢様が首にしちまいそうだが」

「それは嫌!」

 おもちゃを取りあげられる子供の様な反応を見せるベアトリクスさん。俺の場合は嫌とか以前に路頭に迷う。

「キカの選別は上手なのにねぇ」

 花代さんが残念そうに呟いた。キカの選別職人として生きていくか?そんな職があればいいけど。


 松尾さんが思い出したかのようにベアトリクスさんに話しかけた。

「ところでお前が来たってことは交代か?」

「交代したいのはやまやまなんだけど、少年へは魔法研修をしないんだって」

 どうやら二人は研修係でもあるらしい。

「まぁ、魔法を使えるようになるのは一握りだからな。でも、こいつの場合は魔法力の使い方が全然駄目なんだろ? そうじゃなきゃ、ぷにょに怪我を負わされるとかあり得ないしよ」

 そもそも魔法力なんてありませんよ?きっと……

「うん。アタシもそう思ってバトラーさんに言ったんだけど、時間の無駄だって」

「よくわからんが……まぁ、バトラーさんが言ってるんならそうなんだろうな。それじゃあ、何しに来たんだ?」

 バトラーさんへの謎の信頼感である。たぶん正しいんだけど。

「えっとね。アタシがここにきたのは少年の頑張りを見に来たの。あと、ついでにバトラーさんからの指示を伝えにね」

「お前……ついでが逆だろ」

 松尾さんを無視してベアトリクスさんが用件を済ませにかかる。

「少年には学校があるので、支障が出ないように朝は程々(ほどほど)で済ます様に……だって」

 もう手遅れです。一時間かかる通学がピンチです。

「それから体術と棒術は習わすように」

「ただでさえ鍛え方が足りないのに程々かよ。しかも体術とかを練習させても紙防御に貧弱筋肉じゃ……」

「おだまり。まだ伝言の途中よ」

 愚痴る松尾さんを制止してベアトリクスさんが続ける。

「それと少年あてにだけど、これからは食事におかずを付けるって。良かったわね。お姉さんは華奢なままがいいんだけど……お願いだから、横のゴリラみたいにならないでね」

 ベアトリクスさんは心底残念そうだが、ゴリラって単語があったのも中々の衝撃だ。それよりもおかずである。体を鍛えるから栄養を付けろってことなのだろうが、棚から牡丹餅とはこのことだろう。

「あら、それじゃあキカの仕分けのお礼に一品付けようかって話だったんだけど、別の事にしなきゃねぇ」

 花代さんが困った様に呟くと屋敷の方へと歩いて行った。いや、一品ください。食に餓えている俺を見くびらないでください。

 去りゆく花代さんの背中を見て一つの故事が思い浮かんだ。禍福は糾える縄の如し。



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