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八百屋で受け取ったもの

 屋敷で俺らを出迎えたのは松尾さんだった。

「例の奴は受け取ってきたか?」

 松尾さんはベアトリクスさんに声をかけると続けて、俺に視線を移す。

「血だらけだがどうした? ベアトリクスに襲われたか?」

 その口調にはからかいのニュアンスが多分に含まれていた。

「はぁ? なんでアタシが襲うのよ。いや、襲うかもしれないけどさ」

 そしてベアトリクスさんはこっちを一瞥して「もちろん性的な意味で」とウィンク。異世界ギャグか? 異世界コミュニケーション?

「なんだ、こんなのが好みだったのか?」

 松尾さんが実に意外そうに聞いている。

「そりゃモチロン一番はバトラーさんだけどさ、バトラーさんは一生独身なんでしょ? バトラーさんを除けば屋敷にはアンタ達みたいな肉達磨(にくだるま)しか居ないじゃない」

 ベアトリクスさんはそう答えると、再び俺の頭を抱え込み胸を押し付ける。

「その点、この少年の可憐なこと。吹けば飛んでしまうような(はかな)さがいいのよ」

 褒められているのか貶されてるのかいまいち解らないが、少なくとも胸は凶器だ。息が苦しい。

「まぁ、そいつはバトラーさんにどことなく似てるし、お前の好みのタイプなんだろうなぁ」

「あ! やっぱりそう思う? アタシも初めて見たときバトラーさんの隠し子かと思っちゃったもん」

 そう言って腕をほどく。ようやく解放された。新鮮な空気を吸える様になったのに、なんなんだ、このガッカリ感は?

「バトラーさんの場合は隠し子とかあり得ないだろ……それよりも制服の血はどうしたんだ」

 松尾さんに俺の落胆はばれてはいないようだ。

「ああ、『ぷにゅ』に体当たり----」

「いや、あり得ないだろ」

 松尾さんは俺の説明を(さえぎ)り突っ込んだ。

「ね? この少年の儚さの一端は伝わったかしら?」

 そしてベアトリクスさんが松尾さんに同意を求める。

「儚すぎだろ……」

 唖然としている松尾さんをみてわかった。やっぱりぷにゅに怪我をさせられるのは異常らしい。

「まぁ、それはそれとして『キカ』を受け取ったんだろ? 食おうぜ」

 松尾さんはそれ以前の話はどうでも良かったかのように、ベアトリクスさんに『キカ』とやらを催促する。

 催促されたベアトリクスさんが少々呆れた様な表情をつくる。

「少年も着替えたら休憩室においで。バトラーさんやお嬢様が帰ってくるまで手持無沙汰なんだろうしさ」

 ベアトリクスさんはそう言ったが、朝まで手持無沙汰の間違いですよ。


 屋敷での制服代わりであるタキシードに着替えた俺は休憩室で他の使用人たちと合流した。

 そこには休憩中の使用人が男女合わせて六名いる。その内の二名は松尾さんとベアトリクスさんだ。彼らは机を囲んでいた。そこにはピンポン玉の様なオレンジ色の物体が大量に広げられていた。そして一同は腕組をして考え込んでいるようだった。

「あの~……どうかしました?」

「バトラーさんがおやつにって、八百屋にキカを頼んでおいてくれたんだけどねぇ……」

 俺の質問に対して、ベアトリクスさんに勝るとも劣らない乳を持ち、球体の体型を保つ中年メイドである花代女史が困った様に呟いた。

「まぁ、とりあえず何個か食ってみろよ。一種の運試しだ」

 松尾さんはどことなく嬉しそうに話を振ってくる。

 ピンポン玉が例の『キカ』というものらしい。八百屋から受け取ったものだし、「食べろ」って言うからには一種のフルーツなのだろう。しかし困ったことに食べ方がわからない。

「それってどうやって食べるんでしたっけ?」

 記憶喪失設定で助かる。

「おいおい。記憶喪失って、こんな常識的なことまで忘れるのか?」

 驚く松尾さん。キカはこの世界では常識的な食べ物らしい。

「もしかしたら、少年はすごいお金持ちの子なのかもよ?」

 そんな俺にベアトリクスさんが一つの仮説を示す。お金持ちはキカを食べないらしい。ごめんなさい、父親は市役所の係長です。すごく中産的な家です。

 そんな俺の内省に構わずベアトリクスさんは説明をしてくれた。

「キカは丸ごと口に放り込んで食べるのよ。弾ける刺激と甘みを楽しむ季節の果物なの」

 キカはやはりフルーツなのか。以前の俺なら適当に取ったのを口に放り込んだのだろうが、糖分に餓えている俺は折角なら甘い奴を選びたいと思った。すると………


 糖度:14.3


 例の数字が浮かんだと思ったら、他のキカにも続々と数字が表示される。大部分のキカの糖度は12~15であったが、所々20前後、物によっては26なんてのもある。

 当然ながら俺は26.4と表示された飛び切りの奴を口に放り込んだ。口を閉じた次の瞬間、溶けた。いや、弾けたという方がより正確だったのかもしれない。そして問題は続けて起きた。


 苦い。


 圧倒的に苦かった。甘いなんて嘘やったんや。渋面を作る俺にベアトリクスさんが水を飲ませてくれた。

「一個目で当たるとは思ってなかったわ。少年は何かをもってるよ」

 彼女が笑いながら吐きそうな俺の背中をさすった。

「……って感じで、渋いのが混じっててねぇ。見分けがつかないし、ジャムにでもしようかね」

 花代さんは仕方がないといった感じである。そういうことは先に言って貰いたいものである。

「まぁ、罰ゲームに使うって手もあるぜ」

 松尾さんの意見に対して、八百屋にクレームを……と思ったが黙っておいた。この肉達磨が八百屋に怒鳴り込んだら警察沙汰になることが目に見えている。異世界に警察があればではあるが。

 罰ゲームに使われてもかなわないので、苦いのはどれだと思いながら、キカを見る。


 タンニン:2.3%


 幾つかのキカにそんな感じの数値が浮かび始めた。あれが苦い奴らしい。

「あの……普通のも食べてみたいので、もう一個いいですか?」

「まぁ、いいけどよ。また苦いのに当たっても知らねえぞ」

 松尾さんが豪快に笑う。ベアトリクスさんが続ける。

「ここでもう一回苦いのを引いたら神が降りてるよ」

 ダチョウ的な振りなのか? 巨乳のお姉さんを喜ばす為なら……いや、我慢できる苦味ではなかった。そこで俺はタンニンの表示が無い奴を一つ手に取って口の中に放り込んだ。すると口腔内には不思議な刺激の後に甘みとメロンと苺を混ぜたような甘く爽やかな香りが広がった。

 そんな俺を休憩室の一同はつまらなそうに見ていた。沈黙を破ったのは花代さんである。

「ジャムにしちゃうとキカの魅力が全部なくなるんだよねぇ」

 それには同意である。繊細で爽やかな香りのジャムなんて食べたことがないからだ。砂糖で煮詰めるのだから風味を残す方が難しいことは想像に難くない。

「俺、なんとなく見分けられますよ」

 能力の露見リスクと食い意地が勝負した結果、後者が勝ったのである。能力が露見しても人体実験とか解剖はされないよな? 軽率だったかもしれないと思いながらも仕分けを始めた。


「渋いのに当たったら、また首の骨を折るからな」

 異世界に飛ばされた初日に俺の首の骨を折った松尾さんが悪びれる様子もなくヤジを飛ばす。

「はぁ? そんな真似したら殺すよ」

 そんな松尾さんにベアトリクスさんが凄む。

「まぁ、冗談だって」

 俺が黙々と選別している横で、松尾さんが慌てて前言を撤回した。

「ところで、何でアンタは彼の骨を折ったの?」

 ベアトリクスさんが俺の首の骨折り事件の真相を追求し始めた。実は俺自身も理由を知らなかったりする。

「馬車で酔って苦しそうだったし、かと言って休憩を挟む余裕がなかったからよ」

「それで?」

「屋敷に帰るまで気絶し(寝て)て貰おうと当て身をしたのよ」

「そしたら首の骨が折れていた……と」

「おう。帰るまで気が付かなかったけどな!」

 嘆息を漏らすベアトリクスさんと、なぜか威張る松尾さん。

 どうせ俺は儚いよ。そう自虐する頃にはキカを分け終っていた。

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