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宴の後

 異世界でも大会が終わった後はメダルを渡したり、トロフィーの授与をしたりするのかな? 揺れる馬車の中でそんな事をぼんやりと考えた。

 なんで馬車の中かというと、決勝の余熱も冷めやらぬうちにバトラーさんから指示を受けたからだ。

「感動中に申し訳ありませんが、表にお嬢様の馬車を用意してあります。それに乗って移動しておいてください。行き先は既に伝えてあります」

 そんな内容であった。以前は閉会式とかそんなのには全く興味がなかったが、今回は自分も関係があるだけに見たかったのに残念だ。とはいえ、使用人なのだから仕事とあれば仕方がない。勤め人の辛いところだ。


 馬車の到着した場所は俺がこの世界に流れ着いた牧場だった。随分と遠かったイメージがあったのだが、実際には三時間程度の距離だった。もっとも今回は馬車をかなり飛ばしていたようだ。前回も今回も馬車の速度もわからないのでなんとも言えない。なにせ前回は首の骨を折られて意識不明の重体だったのだ。

 馬車から降りると牧人や守衛代わりの使用人が整列して出迎えた。そして俺が降りて自分で馬車の扉を閉めると、彼らは口を開いた。

「馬野、てめぇ! お前しか乗ってないなら先に言いやがれ! 出迎え損じゃねぇか」

 口々に罵られた。先に言えって……。今着いたばっかりなのに無理です。

「まぁ、いい。何の用で来たのか知らないが、今日はお嬢様の試合があったんだろ? 」

 何の用かは俺も知りたい。もっとも、彼らが知りたいことは明らかに後者であるのだから、優勝という結果を伝えた。

 すると歓声が起きる。この人らもお嬢様の事が好きなんだなぁ。と、何となく嬉しくなった。感動に浸っていると使用人の一人が不意に肩を組んできた。

「とりあえず、中で詳しい話を聞かせろや」

 指示が来るまではお嬢様の活躍を聞かせよう。一試合しか見てないけど。


 牧場の入り口にある使用人達の待機小屋で、彼らにお嬢様の活躍を聞かせた。とはいえ、一試合だけしか見ていないので、話すことが非常に少ない。仕方がなく、話を盛った。

「----そこでお嬢様が宣言したのです。『あなたの動きは見切りましたわ。喰らいなさい。龍帝滅殺千手百連打鞭』ってね」

 彼らが「おおっ」と声を上げると共に目を輝かして聞き入る。話を膨らませ過ぎた。どうしよう。救いの神は二階からやって来た。

「お嬢様とバトラーさんの馬がやって来たぞ」

 その声に合わせて、小屋の男たちが一斉に立ち上がる。

「馬野も立て。お嬢様を出迎えるぞ」

 ぼんやりとしていた俺も促されるままに、小屋を出た。ああ、さっきの整列はこれだったのかと、ようやく理解できた。


 空はすっかりと赤くなっており、西日が目に刺さる。結構な時間話していたようだ。そこに蹄の音が近づく。そして二騎が俺達の前で止まった。

「出迎えご苦労様です。馬車の用意は出来ていますか?」

 太陽を背にした馬上の人影はバトラーさんの声を発した。

「はい」

 それに対して使用人の一人が直利不動で即答を返した。

「ここから先は馬車で行きましょう。私が手綱を取りますので」

 返事を聞いた人影は、もう一つの人影に話しかける。

 そして、ひらりと馬から降りる影二つ。使用人達も心得たもので、すぐに馬の手綱を握って移動させ始める。俺にやる事はないから、もう小屋に、戻っていいのかな? この場所は西日が目に入ってつらい。

「馬野君も馬車に乗りなさい」

 そんな俺にバトラーさんから指示が飛んだ。


 そして再び揺れる馬車の中。目の前には見目麗しいお嬢様。

「優勝おめでとうございます」

 今更ながらの祝辞を言ってみた。

「わたくしの実力からすれば当然ですわね」

 そして高笑い。結構苦戦していた癖に。

「もっとも、あなたがわたくしの応援をしたのは少々意外でしたけど」

 続けて、少々どころではなく意外なことを言われてしまった。

「使用人として当然といえば、当然なのですが、あなたの場合は自由民になれる上に、当家……いえ、わたくしへの忠誠が足りなさそうでしたから」

 自由民の価値は知らないが、忠誠は……ないな、うん。

「今は尊敬をしていますよ」

「『今は』は余計です」

 怒られた。だって、初めは尊敬してなかったんだもん。だけど、俺と年がそう変わらない少女が色々と背負って、頑張っている姿を見せられては尊敬せざるを得ないのも事実だ。

 そこでお嬢様が溜息一つ。

「あなたが何を考えているのかは知りませんが、訓練中にした愚痴などは一切忘れなさい」

「たまには愚痴の一つでも言って頂いた方が、使用人としては信頼されているようで嬉しゅうございますよ」

 気が付けば軽口を叩いていた。

「まぁ、なんて馴れ馴れしい!」

 お嬢様は怒ったかのように外を見たが、夕日に照らされたその横顔は照れているように見えた。


 馬車が停まった先は草原のど真ん中であった。

「馬車道からそれた、こんな場所で何をするのかしら?」

 お嬢様も目的を知らされていなかったらしい。

「今回の優勝賞品についてです」

 お嬢様が不思議そうな顔をしているが、たぶん俺のことだろう。

「馬野のことですか? わたくしが優勝したのですから、以前と同じくわたくしのものです。そんなくだらない事で閉会式を抜け出させたのですか?」

 お嬢様がバトラーさんに非難の籠った声を上げる。美少女に猛烈な所有をアピールされると結構気持ちのいいものである。問題があるとすれば、実際に『物』感覚な所だろうか。

「いえ、彼の身元から正式に引き渡されたわけではございません」

「あら、馬野の身元が判ったのかしら?」

「そのようなところです」

 いや、バトラーさんは初めから俺の身元を知っていそうなものだが。

「それでわたくしの牧場で待ち合わせという訳ですわね。わたくしをこんな場所に呼び出すとは、いったいどこの誰なのかしら?」

 お嬢様が不敵な笑みを浮かべる。でも、実際に偉い人が来ると意外と大人しいんだよな、この人。で、誰が来るの?

「呼び出し……という訳ではないのですが、逢魔が時とはよく言ったものでして。……そろそろですな」

 バトラーさんが訳の分からないことを言ったかと思うと、目の前の空間の一部が歪んだ。一部分だけ万華鏡の様にカオスになったとでも言うべきだろうか。

「あれはなんですの⁉」

 お嬢様が驚きの声を上げた。不思議だらけの異世界でも珍しい現象のようだ。

「静かに」

 落ち着いた声でバトラーさんがお嬢様を制止した。そして静かな声で続ける。

「馬野君。自分で……後悔がない方を選びなさい」

 なんとも優しい響きだった。


 歪みはやがて人の形を作り、それが声を発した。

「兄さんだよね?」

 聞き覚えの無い声だが、俺を兄さんと呼ぶのは一人しかいない。

「悠二……なのか?」

「ああ! やっぱり、兄さんだ! 良かった、生きてたんだね! 父さんも母さんも心配していたんだよ! それこそ、あの日から四十五年、一日だって忘れたことがないくらいに」

「四十五年⁉」

「ああ、時間制限もあるから細かくは説明できないけど、兄さんが居なくなったあの日、宇宙人が地球にやってきたんだ」

 いきなり突拍子もない事を言って来た。後ろでお嬢様が「一体何を言っているのかしら?」なんて言っているが、俺が聞きたいくらいだ。

「その影響で幾つかワームホールが開いちゃって……人や物が消える現象が何件か起きたんだよ。兄さんはその一人」

「ワームホールがなんなのか知らないけど、宇宙人の所為で俺はここに飛ばされたってことなのか?」

「うん。だけど、これは奇跡だよ! 広大な宇宙で偶然にも人の生存が可能な惑星の……しかも人が住める場所に飛ばされたんだから。それこそ地球に飛ばされたって、海の上や山や砂漠なんかに飛ばされる可能性が高いのにさ! 偶然じゃ考えられない! ああ、だけど本当に良かった。僕も父さんも母さんも兄さんの生存を信じてたんだから! その為に四十五年間、宇宙人がもたらした技術の解析・実用化に励んできたんだ。その甲斐があったってことだよ」

 悠二が興奮したようにまくし立てる。家族に疎まれていると勝手に思っていた自分が恥ずかしい。だけど、俺の感覚では一年も経ってないから、そこまでの感動の再会でも無かったりする。

「話したいことがいっぱいあるけど、とりあえず帰ろう。この人の形をした空間に自分を重ねてくれれば、あとはこっちでやるから」


 ああ、帰れるのか。実感があるようなないような、妙な気分だ。そうだ、帰ったら父さん達に謝らないと。そんな気持ちで一歩踏み出した。すると、右手に微妙な抵抗を感じてそちらを見る。お嬢様が俺の袖を軽く握っていたのだ。それに気が付くと同時にお嬢様が手を放す。そして咳払いを一つすると俺に声をかけてきた。

「何を話していたのか知りませんが、わたくしの元を去る気なのでしょう? いいですわ、消えなさい。わたくしもあなたの様な役立たずに無駄飯を食べさせなくても済むので助かります」

 酷い別れの言葉だ。いや、お嬢様の優しさの表れなんだろうけどさ。

「兄さん、どうしたの? 早くしないと時間が……」

 悠二は急かすが、迷いが生まれる。お嬢様は役立たずの俺を拾ってくれた。縁もゆかりもないってのにさ。お嬢様達は、無気力な俺に活を入れて、やる気のない俺を支えてくれたのに恩返しをしてないんだよな。空っぽだった俺はこっちの皆のお陰で自分を再確立したようなものなんだし。それに……。

「四十五年間の空白。俺はそれについて行けると思うか?」

「父さんも母さんも僕も支えるから大丈夫だよ。それに結構な補償をして貰えるはずだし」

 俺の素朴な疑問に悠二が即答する。それは事実なんだろう。だけど、俺には家族しかいない。元から友人なんかもいない訳だし、すでに60歳に近く親子ほどに年の離れた弟に先立たれたら、それこそ、本当に一人になってしまうではないか。それに折角、こちらで自分の居場所を確立できたのに、それも放棄しなければならない。いや、なによりお嬢様達に借りを返してない。


 俺の迷いを察したかのように例の矢印が浮かび上がり、一つの方向を指し示す。指示されるまでもない。

「悠二。悪いけど、俺は残る」

「兄さん、何を言ってる----」

 ふいに肩を叩かれた。振りむけば、唇に何か柔らかいものがぶつかった。

「役立たずでも、使用人ではない者を使用人として扱った以上、報酬は渡さないといけませんわね。今のはそれです。もう、用はないでしょう。お行きなさい」

 何をされたのか理解できない俺を他所に、夕日で顔を赤く染めたお嬢様はそっぽを向いた。

「あはは、そういうことか!」

 突然、嬉しそうな笑い声が影から聞こえた。

「兄さんがハッキリと自分の意見を言うのも納得だ」

 一人で理解したかの様に影が頷く。ああ、弟にも自分の意見を言わない兄と思われていたのか。

「大事な人が出来たから残りたいってことだね」

 なんだか誤解があるような気がするけど……。誤解だよな?

「わかった。父さんたちには僕から伝えておくよ」

「『迷惑ばっかりかけて申し訳ありませんでした』って言っておいてくれ」

「兄さん、そういう時は『生んでくれて、育ててくれてありがとう』って言うんだよ。自分の子供が遠い世界であっても、幸せに暮らしてる。それがわかるだけでも親としては幸せなんだ」

 偉そうにと思ったが、悠二も還暦なんだ。子供や孫がいてもおかしくなんだよな。

「わかった。『ありがとう』って伝えておいてくれ。悠二にも迷惑かけたな」

「迷惑なんてとんでもないよ。僕も必死で研究できたから、普通じゃ考えられない速度で新技術の解析と人間への転用が出来たんだし」

 優秀だとは思っていたが、研究者になっていたらしい。

「ああ、そうだ。そっちに残る兄さんに新技術の一部を送るから」

「新技術?」

「ああ……時間が無い! 詳しくは時空コンピューターに聞いて! じゃあ、おそらく美人の彼女さんと幸せに! はっきりとした映像じゃないのが残念だけど、母さんとかに見せたら大喜びで自慢するはずさ!」

 好き勝手に誤解したまま、悠二の影はひしゃげて消えた。って、時空コンピューターってなんですか? 俺、そんなの持ってないんですけど。


 俺の困惑とは別に、弟の捨て台詞にお嬢様が怒るのではと、恐る恐る見やるが、当のお嬢様は平然としたものだった。

「あら、帰りませんでしたの?」

 あれぇ? 俺の袖とかを掴んでいたのに……。もしかして、本心で言っていた?

「バトラー。先ほどので庶民の身元引受代金としては十分ですわよね?」

「ええ、勿論でございますとも。200回、死んでもお釣りが出るかと」

 先ほどのってなにさ!

「しかし、お嬢様。先ほどの様な行動は慎んでください」

「考えておきますわ」

 バトラーさんの注意を高笑いで流すお嬢様。だから、先ほどのって何さ。

「馬野! 帰りますわよ」

 そして馬車に乗り込むお嬢様。まぁ、いいさ。俺は使用人として周りに恩を返していこう。俺は決意も新たに馬車に乗り込んだ。


 ……今日の事でさえ知っていたバトラーさんがいるのになんの役に立てるかは知らないけど。

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