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BLTサンドイッチ

 微睡(まどろみ)の中で暖かな光を当てられている感じがした。なんとも心地よく、何時までも寝ていたい感覚に襲われる。しかし、一方では早く起きなければならないとの衝動に駆られる。

 しばしの葛藤の後、やがては衝動が勝った。そう感じた瞬間、思わず大きく咳き込み目を醒ました。

「ああ! 馬野さん! よかった~」

 気が付けば、目を潤ませた安寿が安堵と喜びを100対100で混ぜて割らなかった様な笑みを作る。これには王族でもイチコロなのは納得である。

 そんな冷静な分析をしていると、自分の頬に何かが張り付いていることに気が付いた。それを軽く擦ると、崩れる様に剥がれた。手には乾いた血が張り付いていた。

「あの……馬野さんはぷにゅの体当たりをまともに受けちゃって……」

 呆然とそれを眺めていた俺に、安寿が非常に言い難そうに説明する。そういえば、そんなことがあった気がした。

「一応、治癒魔法で治しておきましたけど……今日は早退して病院で見て貰った方が良いと思います」

 安寿が心配そうに俺の顔を(うかが)っている。

 治癒魔法とか便利だなぁ、異世界。のんびりと考えつつ、芝生を見た。そこで俺は見た。なにを? 大量の血痕をだ。

「」

 言葉が出ずに魚の様に口をパクパクさせてる俺は傍から見たらアホそのものだったことだろう。

「え、えっと……あの……」

 そんなアホに安寿が戸惑いながら、かける言葉を探しているようだ。

「大丈夫ですか? 言語能力とかに障害は出ていませんよね?」

 安寿がようやく見つけた言葉らしい。それは、恐ろしいほどに真面目で冷静なものだった。

「は、はい」

 なんとか言葉を紡げた俺は、医療に関しては異世界の方が格段に優れていると確信した。眉唾だった俺の首の骨折と治療も事実だったのだろう。

「ああ。良かった。治ったみたいだね」

 そんな俺に一陣の爽やかボイスが送られた。

 そこにいたのはやっぱりイケメン、リチャード殿下であった。

「出血分の栄養は採らないといけないから、食堂で食べ物を貰って来たよ。残り物で申し訳ないけど」

 高貴な方は紙包みを片手に白い歯を輝かせていた。

「ああ。その前に出血で喉も乾いているだろう」

 リチャードはガラスの水入れから陶製のコップに水を注ぎ俺に渡してきた。

「ありがとうございます」と軽く会釈して、コップを受け取った俺はそれを一気に飲み干した。水は微妙な塩味がした。生ぬるさと相まって飲み干した爽快感は皆無である。

「あんまり美味しくないだろうけど、血の代わりの水分だからね」

 俺の微妙な表情を察したのか、リチャード様が俺のコップに再度塩水を注ぎ説明する。なにこの良い人。そう思っていると再び数値が浮かぶ。


 善人度:87

 親切心:95


 うわぁ……良い人だ……。もう安寿と結婚しちゃいなよ。お嬢様には申し訳ないけど。

 そのお嬢様は如何ほどのものかと思い、計測しようと辺りを探す。しかし、辺りには安寿とリチャードを除いては誰もいない。

「他の人達なら教室だよ」

 リチャードは相変わらずの察しの良さだ。って、人が倒れていても無関心とか東京よりも酷い。東京に行った事はないけど。そして使用人が倒れていても関知しないお嬢様……。塩水を啜る。世間と同様にしょっぱい。

「ここは特別科だから……あ、いけない! 治療が終わったら出て行くように先生にも言われてたんだ!」

 思い出したかのように慌てる安寿に酷い差別社会を垣間見た。もう一口塩水を啜る。やっぱり、しょっぱい。

「それではリチャード様。私達はこれで」

 安寿はリチャードに頭を下げると、食べ物が入っているであろう包みを受け取る。

「それじゃ行きましょ」

 そして俺を気遣いつつ、先導して歩く。俺もコップをリチャード様に返してそれに続いた。


 安寿は俺を校舎の入り口まで連れてきた。てっきり保健室かと思ったが違った。そういえば保健室は案内されなかった。考えてみれば保健室自体が無いのかもしれない。だって、これだけ治癒魔法が発達してたら必要ないし。でも病院はあるんだよな? そんなことを考えていると、安寿が「鞄を取ってくるから待ってて」とリチャードから渡された包みを俺に寄越す。そして一人教室に戻って行った。

 本当に良い子だ。リチャードとお幸せに。後ろ姿を見送った俺は包みの中を覗いてみる。この二週間は酸味のある黒パンとスープだけの毎日だったのだ。空腹でなくとも食べ物は気になる。

 サンドイッチが並んでいたので、我慢できずに一つ咥える。


 美味(うま)し。


 柔らかな食パンの生地にレタスの歯ごたえ。口に広がるトマトの酸味とカリカリに焼けたベーコンの旨みと香ばしさ、そして水気に負けずに主張する塩の風味。最後まで後をひくマヨネーズの味。

 元々美味しいサンドイッチなのか黒パン以外を体が求めていたのかはわからないが、一言で言えば、やはり『美味し』であった。


 一切れのサンドイッチを片付け終わり、もう一つ食べようか迷っていると、安寿が俺の鞄を片手に戻ってきた。

「お待たせしました」

 そう言って鞄を差し出してきた。

 そんな彼女に治療のお礼を言っていないことを思い出す。

「今日は何から何までありがとう。校舎の案内から、怪我まで治して貰ったのに、荷物まで……」

 まだ言い足りない気もしたが、どうにもお礼を言い慣れてない所為か言葉が出ない。とりあえず、それだけ言って鞄を受け取った。

「いえいえ。私に出来るのはあれくらいですから。それに困った時にはお互い様ですよ」

 そう言って微笑む彼女。治癒魔法とやらが礼には及ばないほどに普通のことなのか安寿が謙虚なだけなのかはわからない。ただ、今日一日の付き合いでもわかる彼女の性格からすると後者であろうことは容易に想像ができた。

 そんな彼女のお腹が鳴った。安寿は顔を真っ赤にする。お昼を食べずに、俺の治療をしてくれたのだろう。

「あのこれ……」

 貰った物を渡すのもどうかと思ったが、サンドイッチの入った包みを渡そうとした。

「それは馬野さんが食べなきゃ!」

 安寿はといえば、手を大袈裟に振り拒絶する。

「俺の所為でお昼食べてないんでしょ? 午後も授業があるみたいだし……困った時にはお互い様って言われたばっかりだよ」

「……それじゃあ、少しだけ」

 流石の安寿も観念したのか包みからサンドイッチを一つ受け取った。

 彼女は可愛らしく一口齧り「うん。やっぱり、特別科の食事って美味しいよね」と微笑み、同意を求める。同意を求められても、この世界だとライ麦パンとスープの毎日だったので基準がわからない。とはいえ、美味しいサンドイッチだとは思う。

 食べ終わると、「病院でも見てもらってね」と可愛らしくお辞儀をし、彼女は立ち去って行った。

 そして俺は再び思うのであった。この世界の病院ってなにをするの?

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