同情と非情
なんとも言えない空気が支配する教室の秩序を破ったのは安寿である。
「竜安寺さんの使用人ってことは……わたしの家の前のも?」
ああ、はい。馬糞ですね。ごめんなさい。俺が置きました。
「どうもありがとうございます」
そして何故かお礼を言われた。馬糞を何かに利用している人なのですか⁉
「急に置かれなくなったのって馬野さんのお蔭ですよね? でも、無理しないでください。わたしが片付ければ良いだけなんです。馬野さんが後で怒られるんじゃないかと心配しちゃいます」
そうなんだよな~。もしも屋敷を追い出されると普通に野垂れ死ぬし。かといって、ここまで言ってくれる子の家の前に馬糞は置けないよなぁ。
「なに? 安寿はまた竜安寺さんに嫌がらせをされてるの?」
喰いつく五月女。
「嫌がらせ……ってほどじゃないけど。今は馬野さんのお蔭でなくなったみたいだし」
さらっと俺のサボタージュを暴露しないでください。お嬢様の耳に入ったらどうするんですか!
「ふ~ん……。あ、じゃあこの前のお弁当も竜安寺さんの仕業?」
思いついたように俺に話を振る五月女。
「お弁当?」
「うん。豆の水煮がお弁当箱一杯に詰められてたんだよ」
安寿に答える五月女。あれはバトラーさんの仕業です。お嬢様は俺など眼中にないので、わざわざ嫌がらせはしません。
「なんだか苦労しているのね」
安寿が同情の籠った眼差しを送ってくる。教室を見渡すと、一同が同意する様に頷いていた。
この前は竜安寺家に拾われてマシだと思ったが、どうやら完全に気の迷いだったようだ。このクラスの反応を見てわかった。俺は完全に外れクジを引いたようだ。とはいえ、選択肢がなかったのも事実。ただ、異世界の使用人生活は、少し前まで引きこもりであった俺には過酷過ぎると、屋敷に帰った早々に思い知ることとなった。
屋敷に帰ると俺は中庭に呼び出された。ずらりと使用人を並ばせたお嬢様は、俺を見るなり一言。
「随分と遅かったですわね」
自分なりには急いで帰って、速やかに着替えてきたつもりなのだが、お嬢様に口答えは出来ない。
「学校が終わってから一時間も何をしていらしたのかしら? のんびりと馬を歩かせても二十分もあれば帰れるのではございませんこと?」
いや、俺は徒歩だから。
「あの----」
「言い訳は不要です」
酷い冤罪である。
「それよりも紅茶を淹れなさい」
いや、いきなり言われても困ります。俺、淹れたことないです。それどころか飲んだこともあんまりないです。なにせ俺はコーヒー派。なんて恰好をつけたけど、炭酸飲料の方が好き。本当はコーラ派だな、うん。
「お嬢様に同行する以上はお茶や食事の支度程度は出来ないといけませんからな」
バトラーさんが理由を説明する。同行したいわけではないのだが、是非もなし。紅茶はポットに入れて厨房から運んでいたはずと、屋敷に一歩向かう。そんな俺にバトラーさんが一言。
「遠足は屋外なので、裏庭でお茶を淹れなさい」
それって火を沸かせってことなの? 無理。だって、この世界の人たちみたいな魔法が使えない。ライターが無いと火を着けられません。頑張ればマッチでも着けられるとは思うけど。
「花代が居るから色々と教えてもらいなさい」
流石はバトラーさん。相変わらず手回しがいい。折角ならベアトリクスさんにしておいてくれれば、なお良かったのに……というのは贅沢だろう。教えてもらって火を着けられるようになるかは疑問だけど。
「お嬢様をあまり待たせない様に」
そして釘を刺された。




