矢
藤井さんの持ってきた弓は俺の身長ほどもある長い物だった。
「弓で地道に倒すのか?」
弓と矢筒を松尾さんに渡しながら、藤井さんが俺に聞いてきた。なんで松尾さんに聞かないのかと思ったが、俺が指揮を執るってことだからか。
「いえ、あの強いゴブリンだけ倒してみようってことで……」
「勘で賊を見つけたからって、流石に運に頼り過ぎだろ」
「自分が弱いからリーダーが判るんだとさ。それで……どれがそのゴブリンなんだ?」
呆れ気味の藤井さんと、揶揄うような笑みを浮かべる松尾さん。どうするかなぁ。
わざと違うゴブリンを指定して外した方が自然かもしれないが……そうすると以前にもまして見下げられそうだ。やっぱり、それはそれで癪に障る。ってことで、武力が高い奴を指名することにした。
「あそこに四匹いますよね」
先ほど見つけた集団を指さす。
「ああ」
「それの最後尾、ナイフみたいなのを持ってる奴です」
「あいつかな?」
松尾さんは弓を引き絞る。弓が弛緩したと思う間もなく矢が消えて、弓はくるりと一周。次の瞬間には二の矢三の矢と次々につがえていく。
「おお、大したものだ」
感心していたのは俺だが、声の主は松尾さんだった。
「見ろよ。ゴブリンどもが逃げていくぞ」
松尾さんが指さした先には、横たわる一つの死骸と四散するゴブリンたち。
「ほ~……。流石はぷにゅに大怪我をさせられた男だけの事はある。見分けがつくとは強さに敏感だわ」
藤井さんも褒めているのか貶しているのかわからない言葉で続いた。
「まぁ、これで遊びは終わりだ。そろそろ方針を決めてくれ」
松尾さんは真面目な声色だった。
「こうやってリーダーを倒そうかと……」
「いや、無理だろ。お前、死ぬぞ?」
藤井さんに突っ込まれた。俺が前線に行くとでも思ったらしい。
「いえ、ここから弓で——」
「そりゃナンセンスだ。時間がかかり過ぎる。お前が見つけて、俺らに説明して射殺す。それだけで数分。それを町をぐるりと回りながらやる気なのか? それなら片っ端から射殺す方が早い」
「ああ、こいつ弓を使えないし、馬にも乗れないッスもんね」
藤井さんの、俺と松尾さんに対する口調の違いも当然ですよね。ええ。無能ですから。ごめんなさい。もう突撃してきてもらった方が早い気がしてきた。
「いや、そうか。馬野が射ればいいのか。クロスボウを使わせようぜ。馬は誰かの後ろに乗せるとしてよ」
藤井さんの言葉を聞いた松尾さんが新しいアイデアを提示してきた。——っていうか、俺の指揮とかもはや形骸化していますよね。助かるけど。
そして用意されたのはクロスボウ三挺と馬二頭、それと使用人二人。
「お前の力じゃクロスボウを引けないだろ? いや違うな。引けない。断言できる」
なんて松尾さんに言われた。要するにこの使用人達はクロスボウの弦を引く係らしい。それはいいのだが、俺はある問題に気が付いた。
ゴブリンを殺したくない。
先ほどの矢が数本刺さった骸が未だに目に浮かぶ。目に浮かぶというよりは、今でもたまに視界に入る。赤い血溜まりも。
スーパーの生鮮食品の分解された肉片や魚の死骸とは生々しさが違う。もちろん、新鮮とかそういう意味ではない。あえて変な言い方をしたが、スーパーの肉片は食べ物で、あれは死骸だ。
自慢じゃないがゴキブリの死骸でさえ忌避してしまうのだ。ゴブリンの死骸を直視するのは無理。
——っていうより、人間に似ている分だけ、死骸というよりは死体。それを俺が作るの?
ゴキブリに殺虫スプレーを向けるだけで手が震える俺が、人型に矢を向ける?
矢で血が出るのを見るだけでも卒倒しそうなのですが。
「まぁ、初めはそんなに当たるもんじゃないだろうけどよ。何となれば俺達が肉弾戦で終わらせればいいんだ」
松尾さんは怯える俺をどう思ったのか、励ますように背中を叩く。
「二割か三割の組を解散させたら、あいつらも逃げ出すだろうからよ。お前一人でそこまで出来る訳ないんだから、当たったら儲けものだと思って気楽にやりな」
やっぱり、失敗を恐れていると思ったようだ。
「あの、やっぱり皆で——」
「失敗なんて恐れるなって! 俺は下で休んでるから、なんかあったら呼べよ」
そして背中を向けると後ろ手に別れを告げられた。俺の話を聞いてください。一応、俺が指揮をとってるってことなんだしさ。
外を見ると未だにゴブリンがウロウロしている。あれの何匹かを俺が殺すの? 普通に嫌だし、怖いんだけど。気が付けば足が震えていた。




