俺と数字と異世界の悪役令嬢
車が衝突したかと思うと衝撃とともに一瞬意識が飛んだ。
女性の悲鳴も聞こえた気がする。
あれは武力5のゴミのはずだ。
薄っすら戻った意識でお袋の作ってくれたハンバーグを思い出した。
そして意識は闇に沈んだ。
――異世界最弱のモンスターに殺されかけるまで、あと二週間。
目が覚めたら原っぱにいた。
高校受験に失敗し、まさかの高校浪人。浪人直後は来年こそはと真面目に勉強していたが、そのうちに腐ってダラダラと引き籠ってしまった。
中学時代の友人には新しい環境に馴染むとともに切り捨てられ、親も初めこそ同情していたが、やがて腫れ物に触るようになり、最後には露骨に疎ましがるようになった。
理由はわかっている。優秀すぎる弟と、世間体だ。
その日は例の戦闘力が出てくる国民的漫画を読んでいた。階下の居間では両親と弟が談笑している。弟が模試で全国一位を取ったらしい。
俺はベッドの上で漫画のページをめくる。行けば空気が壊れるのは目に見えていた。
相変わらずのスカウターへの信頼の無さだ。読みながら毎度の感想を持つ。数値で表すこと自体に無理がある。
机の上の模試結果に目をやった。弟とは違う、惨憺たる数字。
「数字なんてあてになるかよ」
負け惜しみを呟き、漫画を放り投げてふて寝した。
――そして目が覚めると原っぱだった。
恰好は中学時代のジャージに靴下のみ。財布も靴もない。
家でゴロゴロしてる俺を両親が迷惑がっていたのは知っていた。それでも流石にいきなり捨てるか? 心当たりは腐るほどあるが。
「参ったな」
辺り一面の草原。雲一つない空は青く、どこまでも続いていた。近所にこんな場所があったのかと感心しながら、道路を探して歩くことにした。
四十分後。家どころか道一つ見つからない。靴下が水分を吸って冷たい。久しぶりに歩いた足が限界を訴えている。
もう戻ろうにも目印がなく戻れない。引き籠りの体力を舐めていた。
ようやく見つけたのは舗装もされていない、草が生えていないだけの土の筋だった。地平線の彼方まで伸びる茶色い線に、二本の溝が刻まれている。
どちらに進んでも何かはあるだろう。家に帰っても勉強なんてしないのだから時間はたっぷりある。右に向かった。
暫く歩いても景色は変わらない。そろそろ休もうかと足を止めた時、背後からラッパの音が近づいてきた。
振り返ると、四頭の馬に曳かれた馬車。初めて見る本物の馬車だった。道に刻まれていた二本の筋は轍なのだと、ようやく理解した。
道の外に出て手を振る。ここがどこか聞こう。あわよくば乗せてもらおう。思惑通り馬車は止まった。
御者の横から、タキシード姿の大柄な青年が飛び降りた。馬の肩が俺の目線と同じ高さで、その青年はさらにデカい。身長二メートル、筋骨隆々。タキシードがピチピチだ。
青年は俺を睨みつけながら真っ直ぐ向かってくる。正直、かなり怖い。
「貴様ここで何をやっている!」
上から怒鳴り声。で、その瞬間――変な数字が見えた。
武力:80
なんだこれ? 漫画を読み過ぎたのか?
「おい! 聞いているのか!」
胸ぐらを掴まれて我に返る。
「い、いや……本当なんですって。気がついたらここにいて、ここがどこかも知らないんです」
「ここがどこか知らない⁉ そんな――」
「オーッホッホッホ」
馬車の中から、漫画かアニメでしか聞いたことがない甲高い笑い声。それを合図に青年が黙った。
「松尾。連れてきなさい」
「いえ、しかし――」
「松尾」
「は、はい! ただいま」
青年は松尾というらしい。馬車の女には逆らえない立場のようだった。
松尾は俺の襟首を猫でも摘み上げるように軽々と持ち上げると、馬車の前で乱暴に降ろした。服が延びる。反発したいが怖いので止めておく。
「くれぐれも粗相をするなよ」
開かれた扉から一人の女が出てきた。
金髪を縦ロールにした、凄まじい美女。絹の様な肌、勝気な口元、細い眉。見るからに高慢でプライドの塊だった。
美人度:96
また数字だ。好みではないが、なんとなく納得できる。って、これは何なんだよ。
「オーッホッホッホ! この竜安寺貴子の美貌に声も出ないようね」
数字に困惑する俺をよそに、美女は自画自賛とともに高笑いをあげた。
こうして俺は、後に異世界人と知る一行とのファーストコンタクトを果たしたのだった。




