俺と数字と異世界の悪役令嬢
目が覚めたら異世界だった。そこが異世界だというのは後に知ったのだが、なぜ異世界にいたかというと理由はとんとわからない。
高校受験に失敗し、まさかの高校浪人の憂き目に遭っていた俺が目を覚ました場所は原っぱだった。
初めは家族にこっそりと捨てられたのかと思った。心当たりは腐るほどにある。
浪人直後は来年こそはと、真面目に勉強していた。だが、そのうちに腐ってしまいダラダラと引き籠ってしまっていたのだ。
中学時代の友人には彼らが新しい環境に馴染むとともに切り捨てられ、次第に疎遠となった。
親も初めのうちは同情していたが、やがては腫れ物に触れる様になった。そして最後には露骨に疎ましがるようになっていった。その理由は優秀すぎる弟と世間体だったとのだと思う。
その日は例の戦闘力とかが出てくる国民的漫画を読んでいた。階下の居間では両親と弟が時折大笑いを起こして談笑している。弟が模試で全国一位を取ったから両親は上機嫌だったのだろう。
一方で俺はそんなことに構わず自室のベッドの上で漫画のページをめくる。俺が行っては折角の明るい空気が台無しになるのは目に見えていたのだ。
相変わらずのスカウターへの信頼の無さだ。その漫画を読みながら毎度の感想を持つ。まぁ、数値で表すこと自体に無理があるのだ。
俺は机の上の模試結果が書かれた紙に目をやった。あれには弟と違う、惨憺たる結果が書かれている。
「数字なんてあてになるかよ」
一人負け惜しみを言った俺は、漫画を読む気が失せて単行本を放り投げるとふて寝をすることにした。
そして目が覚めると原っぱにいたのだ。恰好は寝た時と同じく、中学時代のジャージに何故か履いていた靴下のみで、財布がないのはもとより靴すら履いていない。
勉強もせずに家でゴロゴロしてる俺を両親が迷惑がっていたのは知っていた。それでも流石にいきなり捨てられるとは思ってもいなかった。
「参ったな」
誰に言うともなく呟いた。
ここはどこだろうか。辺り一面は草原であった。雲一つない空は青く澄みどこまでも続く高さを感じた。まるで映画に出てくる北海道の牧場であった。しかし北海道は俺が住んでいるところからは遠すぎる。近所にこんな場所があったのかと、感心した。
いつまでも草原に佇んでいても仕方がないので、道路でも探そうと歩いてみることにした。北海道には車よりも熊の利用の方が多い道路なんてのもあるらしいから、そのうち道の一本は見つかるだろう。
軽い気持ちで散策を始めて三十分、家どころか道一つ見つからない。家族が俺を担いでそんなに歩いたとも思えない。方向が逆だったかと後悔した。
一旦戻ろうかと思ったが、目印も何もなく戻れる自信はない。それに真っ直ぐに歩けているかも不安である。そもそも、久しぶりに歩いて足がだるい。この状態でさらに三十分も歩いて戻るなど論外であった。
仕方がなく、さらに十分ほど歩き限界を感じた頃に、ようやく道らしきものを見つけた。
ただ、それは舗装がされていなかった。草が生えておらず、土が剥きだしとなっているだけである。そしてそこには二本の筋が刻まれていた。
地平線まで続く一本の茶色い線のどちらに向かおうか迷ったが、どちらに進んでも何かはあるだろう。家に帰っても勉強なんてしないのだから、時間はたっぷりとある。道を見つけ気力が湧いてきた。足に疲労を感じつつものんびりと右の方へと進んで行った。
暫く歩いたものの、地平線は変わらない。景色は少し違うので同じ場所ではないだろう。靴下が水分を吸い冷たくなってきた。そろそろ休もうかと足を止める。その時後ろの方から音がした。
ラッパの音がけたたましく近づいてきたのだ。ようやくの人である。安心すると今度は疲労感が一気に押し寄せる。そしてゆっくりと振り返った。
見ると四頭の馬に曳かれた馬車が近づいてきていた。初めて馬車を見た。そんな感動と共に、道に刻まれていた二本の筋は轍なのだと、ようやく理解できた。
道の外に出て、馬車に手を振ってみる。ここがどこなのか、どっちにいけば良いか教えてもらおう。あわよくば乗せてもらおうなんて考えもあった。そして思惑通り馬車は俺の目の前で止まった。
馬の肩は俺の目線と同じ高さであり、そこから太い首が延び、さらには俺の太ももよりもデカい顔である。馬の大きさに感心していると、御者の横に座っていたタキシード姿の馬にも負けない大柄な青年が飛び降りた。
青年は俺を睨みつけながら、真っ直ぐに向かってくる。正直に言ってかなり怖い。で、そんな俺に構わずに青年は俺の真ん前で止まった。いや、止まってくれないと突き飛ばされてしまう。
「貴様ここで何をやっている!」
上から怒鳴り声がする。俺を見下ろしている青年の身長は二メートル程度だった。その上にタキシードをピチピチに着こなす程に筋骨隆々であった。
「えっと……気が付いたらここに----」
「嘘をつけ! どうやって入ってきた! 仲間はどこだ!」
俺の言い分も聞かずに青年が怒鳴り散らす。チビりそうになった。いや、少し出たかもしれない。
このプロレスラー……と言っても通用しそうな青年はどれくらい強いのだろうか。そんな興味が湧くと同時に、青年から変な数字が出てきた。
武力:80
なんだこれ? 例の漫画を読み過ぎたのか?
「おい! 聞いているのか」
俺の疑問は青年に胸ぐらを掴まれて霧散した。
「い、いや……本当なんですって。ここがどこかも知らないんです」
ビビりながらも何とか答える。
「ここがどこか知らない⁉ そんな----」
「オーッホッホッホ」
俺の釈明を遮る様に馬車から漫画かアニメでしか聞いたことがないような甲高い笑い声が聞こえた。それを合図に青年が黙る。
「松尾。連れてきなさい」
女の声は馬車の中から発せられた。
「いえ、しかし----」
「松尾」
「は、はい! ただいま」
青年は松尾というらしい。そして馬車の女に逆らえない立場の様だった。
松尾は俺の襟首を掴むと猫でも摘み上げる様に軽々と持ち上げる。服が延びると反発したいが怖いので止めておいた。
「くれぐれも粗相をするなよ」
松尾はそう言うと馬車の扉の前で俺を乱暴に降ろした。
すると開かれた扉から一人の女が出てきた。
金髪を縦ロールにした目鼻立ちの整った美女である。いや、絹の様な肌、勝気な口元、細く美しい眉、むしろ凄まじい美女と言うべきであろう。ただ、見るからに高慢でプライドが高そうであった。
美人度:96
突然に例の数字が出てきた。好みではないが、なんとなく納得できる数値である。って、これは何だよ。
「オーッホッホッホ! この竜安寺貴子の美貌に声も出ないようね」
俺が数字に困惑していると、馬車から出てきた美女が自画自賛とともに高笑いをあげた。
こうして俺は後に異世界人と知る一行とのファーストコンタクトを果たしたのだった。