第12話:俺だけなら別
「……あそこか!」
木々の隙間から、激しい水しぶきが立ち上るのが見えた。
間違いない。あの場所で何かが起きている。
「急ぐぞ、ヨマ!」
「分かってる」
俺たちはさらに速度を上げ、木々の間を駆け抜けていく。
枝葉をかき分け、斜面を駆け下りる。
そして――
「見つけた!」
木々が途切れた先に、二人の姿が見えた。
ルナとレイル先輩。
その二人は、黒い仮面をつけた男と交戦していた。
「おお……!」
思わず声が漏れる。
レイル先輩は男の攻撃を軽やかにかわし、ルナは少し離れた場所から魔法を放っている。
二人の連携は見事なものだった。
しかし、男も相当な実力者らしい。
二人から攻撃を受けても、まるで余裕を失っていない。
「加勢するぞ!」
俺はヨマとともに、戦闘の場へと飛び出した。
「おや? フェクトくんじゃないか」
俺たちに気づいたレイル先輩が、軽く手を振る。
「お待たせしました!」
「助かったよ。ちょっと手こずっていてね」
レイル先輩は笑いながら答えた。
一方、ルナはというと――
こちらに目を向けることすらなかった。
俺たちが合流したことなど、最初から気にも留めていないらしい。
……まあ、予想通りといえば予想通りか。
「それで、状況は?」
「どうやら、あの男の魔法が厄介でね。攻撃を吸収して、そのまま反射してくるんだ」
「攻撃を吸収して反射……?」
なるほど。
つまり、普通に魔法を撃ち込んでも、こちらに返されてしまうわけか。
「厄介ですね」
「だろう? しかも、攻撃を吸収して反射するだけじゃない。吸収した魔法を蓄えておいて、任意のタイミングで撃ち出すこともできるらしい」
レイル先輩は敵を警戒しながら、さらに続けた。
「つまり、一度攻撃を吸収されれば、いつ、どこから撃ち返されるか分からないってことだ」」
レイル先輩は苦笑する。
確かに、どんな技でも吸収されてしまうのなら、勝ち目などないように思える。
「……でも、俺の魔法ならべつだな」
「ん?」
「ここからは俺に任せてください」
俺は男へと視線を向けた。
攻撃を吸収して反射する魔法。
確かに、普通の魔法使いなら相性が悪い能力だろう。
しかし、俺の幻創魔法なら話は別だ。
「ヨマ、少し下がっていてくれ」
「もしかして、一人でやるつもり?」
「ああ。試したいことがあるんだ」
俺がそう言うと、ヨマは短く頷き、戦闘の邪魔にならない位置まで下がった。
レイル先輩も、俺の意図を察したのか口を挟まない。
よし、それじゃあ、始めるとしよう。
【幻創魔法:フレイム・バレット】
俺の周囲に、いくつもの炎の火球が出現する。
それらは一斉に男へと襲いかかった。
「……!」
男はすぐに手をかざす。
次の瞬間、火球が吸い込まれるように消え、別の方向へと放たれた。
「やっぱりな」
俺は笑みを浮かべた。
どうやら、見た目だけで魔法を判断しているらしい。
なら、攻略法は簡単だ。
俺は再び炎の火球を作り出す。
今度は数を増やし、男の周囲から一斉に放った。
男は次々と火球を吸収し、反射していく。
しかし、そのすべてが幻だ。
どれだけ反射したところで、俺には何の影響もない。
(そろそろだな)
俺は男の意識が火球に向いている隙を狙い、土魔法を発動させた。
【土魔法:創造】
男の足元から土が盛り上がり、両足を覆う。
「なっ!?」
「残念。それは本物だ」
男が反応するよりも早く、土がさらに盛り上がり、身動きを封じていく。
だが、遅い。
俺が放っていた幻の攻撃に意識を向けすぎていたせいで、足元への反応が遅れている。
さらに、地面から土の壁を生み出し、男の左右を塞ぐ。
逃げ道はない。
「これで――」
そう思った瞬間、男の身体が淡く光った。
次の瞬間、足元を覆っていた土が弾け飛ぶ。
「おっと!」
男は拘束を振りほどき、後方へと飛び退いた。
なるほど。
反射するだけじゃなく、自分の周囲に魔力を放つこともできるらしい。
思ったより面倒な相手だ。
だが、攻略できないほどではない。
俺は再び幻を展開する。
今度は、男の視界を覆い尽くすほどの土煙。
さらに、その中から無数の槍が飛び出すように見せかけた。
男は反射の魔法を発動させる。
しかし、幻の槍は何度反射されても消えることなく、次々と男へ向かっていく。
「くそっ……!」
男が後退する。
その足元には、先ほど仕掛けた土魔法によって小さな段差ができていた。
男の動きが一瞬止まる。
その隙を、俺は見逃さなかった。
【土魔法:創造】
地面から土の腕を生み出し、男の両足を掴む。
「しまっ――!」
「はい、捕まえた」
さらに土を盛り上げ、男の身体を腰まで覆う。
これで身動きは取れない。
「……どうだ?」
そう言いながら、俺は男を見下ろした。
「すごいね、フェクトくん」
後ろからレイル先輩の声が聞こえた。
「いやあ、幻と土魔法の組み合わせですよ。こういう相手には結構有効みたいですね」
「なるほど。面白い戦い方をするね」
よし。
あとは拘束したまま、レイル先輩たちに引き渡せば――。
そう思った、そのときだった。
男が突然、俺の方へ手を向けた。
「……!」
次の瞬間、男の身体から魔力が放たれる。
俺はその攻撃を見て、すぐに判断した。
これは、さっきまで俺が見せていた幻の攻撃だ。
当然、実体はない。
なら、慌てる必要は——。
「危ないっ!」
そう思った瞬間、突然ルナの声が響いた。
直後、彼女が俺の前に飛び出し、勢いよく体を押しのけた。
「なっ!?」
体勢を崩した俺の目の前を、無数の槍が通り抜けていく。
……いや、正確にはルナの体を通り抜けていった。
もちろん、ルナの体から血が吹き出ることはなかった。
「……え?」
俺は何事もなかったかのように立ち上がる。
一方、ルナは俺の方を振り返り、わずかに目を見開いていた。
「……どうして?」
ルナが困惑した、その直後だった。
「隙ありだ」
男が一気に距離を詰めてくる。
「っ!」
ルナが反応する。
だが、先ほど俺を押しのけたことで、わずかに体勢が崩れて降り、攻撃を避けきれそうにない。
男の攻撃が彼女を捉える。
「ルナちゃん!」
レイル先輩の声が響く。
ルナの体が大きく揺らぎ、そのまま後方へと吹き飛ばされ
——その先にあったのは、崖だった。
「っ……!」
彼女は足場を失い、そのまま崖の向こうへと姿を消した。
「ルナ!!」
俺はすぐさま駆け出した。
崖の端にたどり着き、下を覗き込む。
かなりの高さだ。
その下には木々が生い茂り、地面の様子もよく見えない。
「フェクト君! 待つんだ!」
レイル先輩の声が聞こえた。
だが、俺は立ち止まらなかった。
あの高さから落ちたんだ。
放っておくわけにはいかない。
「すぐ戻ります!」
そう叫び、俺は崖下へと飛び込んだ。
◇
風が身体を吹き抜ける。
俺は落下しながら、すぐさま魔法を発動させた。
【土魔法:創造】
崖の側面から土を盛り上げ、足場を作る。
その足場を利用して、そうして、段々と崖下へと下っていく。
そして――
ドサッ。
何とか地面へと着地した。
「……よし」
俺はすぐに周囲を見渡す。
「ルナ! どこだ!」
返事はない。
そうして、なんとか辺りを探索すると、少し離れた場所に、金色の髪が見えた。
「ルナ!」
駆け寄ると、彼女は地面に座り込んでいた。
「大丈夫か!?」
「……問題ありません」
ルナは短く答えた。
どうやら、意識ははっきりしているようだ。
「そっか。よかった」
「なぜ、あなたまで降りてきたんですか」
「いや、そりゃ助けに来たんだよ」
「必要ありませんでした」
……本当に、相変わらず冷たい奴だな。
助けに来た人間に対して、普通そんなことを言うか?
「まあまあ。無事だったんだからいいだろ」
「よくありません」
「え?」
「あなたまで危険を冒す必要はありませんでした」
淡々とした声だった。
そこに怒りや心配といった感情は見えない。
ただ、事実を述べているだけ。
「……それより、ここからどうするつもりですか」
「えっと、そうだな……。まずは上に戻る方法を探さないと」
俺は崖を見上げた。
かなりの高さがある。
土魔法を使えば登れないこともないだろうが、ルナを連れて安全に戻るには少し工夫が必要そうだ。
「とりあえず、周囲を確認しよう。どこかに登れそうな場所があるかもしれない」
「私は一人で行動します」
「……え?」
「あなたと行動する必要はありませんので」
そう言って、ルナは立ち上がった。
そして、俺の返事を待つこともなく歩き始める。
……本当に徹底しているな。
ここまで来ても、俺と一緒に行動する気はないらしい。
「おいおい、待ってくれよ」
俺は彼女の後を追う。
仲間と分断された以上、今は協力したほうがいい。
「少なくとも、今は一緒に行動したほうがいいと思うぞ」
「必要ありません」
「……はあ」
どうやら、説得するのは難しそうだ。
俺は小さく息を吐き、ルナの背中を見つめた。
本当に、どうしてここまで他人を避けるんだろうな。
ただ人付き合いが苦手というだけには見えない。
大罪団の名前を聞いたときも、明らかに様子がおかしかった。
何か事情があるのは間違いないのだろうが。
……まあ、今は考えても仕方ないか。
まずは、この場所から脱出する方法を探さないとな。
そうして俺はルナの後を追い、崖下に広がる森の奥へと足を踏み入れた。




