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第1話 十五歳の誕生日、旅立ちの時

2026/5/2 所持属性数の価値について微修正

第1話:十五歳の誕生日、絶望の宣告


 その日は、僕の十五回目の誕生日だった。

 本来ならば、名門魔法貴族であるルミナス家の長男として、王都中の貴族や有力者が集う盛大な祝宴が開かれるはずの日。由緒正しきルミナス一族の正当なる跡取りが正式に成人として認められ、輝かしい未来へとその第一歩を踏み出す・・・そんな、誰もが羨む祝福に満ちた朝になるはずだった。


 しかし、今の僕が立たされているのは、シャンデリアが煌めく華やかな宴席などではない。窓から差し込む朝日さえも拒絶するような、冷え切った空気の立ち込める薄暗い執務室だった。


 重厚なマホガニーのデスク。壁一面を隙間なく埋め尽くす、革表紙の膨大な魔導書の数々。そこから漏れ出す古びた魔力の残滓が、室内の温度を実温以上に低く感じさせている。


「――シオン。お前は今日をもって我が家から追放する。勘当だ。さっさと荷物をまとめて、この屋敷から出ていけ」


 デスクの向こう側に深く腰掛けた男――僕の父親であり現ルミナス家当主、ゼノス・ルミナスが放った言葉は、まるで使い古して役に立たなくなった道具をゴミ箱へ捨てるような、ひどく事務的な響きを伴っていた。


 彼が僕に向けてくる視線には、十五年間育ててきた息子への愛情や未練など、微塵も存在しない。そこにあるのは、名門の血筋に消えない泥を塗った「不良品」をようやく法的に処分できるという、どす黒い安督と冷酷な軽蔑、および深い嫌悪だけだった。


「・・・はい。父上」


 僕が返した言葉は、自分でも驚くほど乾ききっていた。

 怒り狂って叫び声を上げる気も、涙を流して足元に縋り付く気も起きない。ただ、心のどこかで「ああ、ようやくこの宣告が下されたんだな」という、ひどく冷めた納得だけが、僕の胸を支配していた。


 この世界において、人の価値は残酷なほど明確な、たった一つの基準で推し量られる。

 それは「魔法の適性」と、「実戦で使用できる属性魔法の数」だ。


 火、水、土、風、光、闇。この六つの属性のうち、いくつを己の魔力で顕現させられるかが、その人間の社会的な格を決定づける。

 なお、この属性適性の数は生まれ持った才能であり、後天的に増減することはない不変の真理とされている。

 一つ持っていれば、誰もが持っている最低限の素養。

 二つ持っていれば、ちょっと優秀な魔法使い。

 三つ持っていれば優秀とされ

 四つ以上なら国が喉から手が出るほど欲しがる至宝として重宝される。


 その後、僕は、十五年前のあの日。出生直後に行われる鑑定の儀において、前代未聞の「全六属性適性」を宣告された。

 全属性。それは、数百年前に実在し、たった一人で軍隊を焼き尽くし、天災すらも杖の一振りで鎮めたとされる伝説の『大賢者』と同じ素質。


 父上はこの結果に驚愕し、同時にこれを「ルミナス家の絶対的な切り札」とするため、家族間のみの極秘事項とした。

 外部の親戚や使用人たち、ましてや王都の住民たちには、具体的な適性の内容は一切伏せられ、ただ「ルミナス家史上最高の天才」という噂だけが一人歩きを始めた。


 それでも、その断片的な期待だけで、僕はルミナス家の希望となった。

 父上と母上は狂喜乱舞し、僕を「神童」と呼び、事情を知らない使用人たちは僕の将来の権勢を恐れて跪き、誰もが僕の輝かしい未来を疑わなかった。僕は、一族の栄光を永遠のものにする絶対的な象徴だったのだ。


 けれど、その過剰すぎる期待は、僕が本格的に魔法の訓練を開始した五歳の春に、音を立てて崩れ去った。


 実戦に耐えうる「属性魔法」が、何一つとして発現しなかったのだ。


「・・・属性攻撃魔法を一つも扱えぬ不利益者が、何が全属性適性ですか。一族の恥以外の何物でもありませんわ」


 部屋の隅、豪華なドレスの裾を揺らしながら立っていた母親が、豪奢な扇子で口元を隠し、忌々しそうに吐き捨てた。

 彼女の瞳もまた、父親と同じ氷の輝きを宿し、僕を射抜いている。


「お前にできることと言えば、生活魔法が全属性分使えるだけ。あんなものは、平民が日々の家事や泥落としに使う程度の惨めな代物です。実戦において何の役にも立ちませんわ。ルミナス家の家名を汚し続ける無能は、一刻も早く視界から消えていただくのが一族の平穏のためですわ」


 母親の言葉に、僕は静かに目を伏せた。


「兄さん、安心してくださいよ。兄さんがいなくなっても、この輝かしいルミナス家は僕が立派に継いでみせますから。火、水、および風の三属性を完璧に使いこなす、真の天才である僕がね」


 両親の傍らに立ち、勝ち誇ったような歪んだ笑みを浮かべているのは、三歳下の弟――カインだった。

 十二歳にしてすでに三属性を自在に操る彼は、今や両親の寵愛をその一身に受け、次期当主としての英才教育を受けている。僕という史上最大の「期待外れ」の代わりに、彼が一族の新たな希望、絶対的な正義となったのだ。


「ああ、カイン。お前だけが私の誇りであり、ルミナス家の未来だ。・・・シオン、まだいたのか。話は終わりだ。今日中に屋敷を出ろ。お前のような敗北者に割く時間は、もうこの家には一秒たりとも残っていない」


 父親はカインの肩を抱き、慈しむように目を細めた。その親子睦まじい光景と、僕への冷徹な態度の対比があまりに鮮明で、僕は静かに一礼すると、一度も振り返ることなく執務室を後にした。


 廊下に出ると、そこで待機していた使用人たちの視線が一斉に僕を突き刺した。

 昨日まで、僕に表面上の敬意を払っていた者たちが、今はあからさまな嘲笑を浮かべ、わざと聞こえるような声で陰口を叩いている。


「ついに追い出されたか」「最高の天才なんて、とんだお笑い草だったな」「魔法のゴミ箱がようやく片付いて、この屋敷も綺麗になるぜ」「マジックアローしか撃てないんじゃ、外に出ればすぐにモンスターの餌食だろうな」


 容赦のない言葉の刃が四方八方から飛んでくるが、不思議と僕の心は静止した湖面のように凪いでいた。

 悲しみや憤りがないわけではない。自分を不当に貶める者たちへの怒りだって、心の底には燻っている。けれど、それ以上に「これで、ようやく終わったんだ」という、毒が抜けていくような解放感が、全身を満たしていた。


 自室に戻り、僕は最低限の私物を鞄に詰め込んだ。

 数着の着替えと身を守るための小さな短剣、水筒。および、落ちこぼれと判明してから与えられることがなくなった豪華な調度品の代わりに、自室の隅に隠し持っていた僅かな路銀。名門貴族の長男が屋敷を去るにしては、あまりにも寂しく、質素な荷造りだった。


「シオン様・・・!」


 荷物を抱え、慣れ親しんだはずの冷たい部屋を出ようとしたその時、背後から震える、今にも泣き出しそうな声がした。

 振り返ると、そこにはメイド服を握りしめた一人の少女――リアが立っていた。


「リア。そんな顔をしないで」


「嫌です・・・! 本当に、本当に行かれてしまうのですか? 私を置いて、一人で・・・!」


 リアは、僕が「無能」だと蔑まれるようになってからも、ただ一人、決して態度を変えずに接してくれた大切な存在だった。

 彼女には火、水、風の三属性適性がある。本来ならば僕のような落ちこぼれではなく、父上のような強力な魔法使いの専属になるべき才能だ。けれど彼女はいつも「シオン様は誰よりもお優しい方です。私にとっては、あなた様こそが世界で最高のご主人様なのです」と言って、僕の側に居続けてくれた。


「僕は今日からただの平民だ。君を養うどころか、自分の明日の食事さえ危うい。リア、君には素晴らしい才能がある。この屋敷に残って訓練を積めば、いずれは一流の魔法騎士にだってなれるはずだ。僕みたいな無能についてきても、君の将来を無駄にするだけだよ」


「そんなの、どうでもいいです! 私、シオン様のためなら、どんな苦労だって厭いません! お願いです、私も連れて行ってください! 私がシオン様をお守りしますから!」


 彼女は大粒の涙を零しながら、僕の服の裾を強く、引きちぎらんばかりの勢いで掴んだ。

 その必死で、純粋な想いに、僕の決意が激しく揺らぐ。

 世界中のすべてから拒絶された中で、たった一人、僕を必要としてくれる存在。それがどれほど心の救いになるか。


 けれど、だからこそ。僕は彼女をこのドロドロとしたルミナス家の騒動に巻き込みたくなかった。彼女には、泥沼ではない、光り輝く未来を歩んでほしかったのだ。


「ダメだよ、リア。君をこれ以上の危険や困窮に合わせるわけにはいかない。・・・君が淹れてくれる紅茶は、いつだって世界で一番美味しかったよ。今まで、本当にありがとう」


「シオン様・・・シオン様ぁ!!」


 背後で泣き崩れる彼女の絶叫を無理やり振り切り、僕は部屋を飛び出した。

 一度でも振り返れば、きっと決心が完全に鈍ってしまう。僕は彼女の未来を奪う権利など持っていないのだ。


 屋敷の巨大な鉄門をくぐり、僕は外の世界へと踏み出した。

 王都を囲む高い壁の向こう側、どこまでも広がる自由な空。

 十五年間過ごした、広大で冷淡な檻。そこからようやく放たれた一羽の鳥になったような、そんな清々しい気分だった。


「さて・・・まずは王都を離れて、冒険者たちが集まる大きな街、エルムを目指そうか」


 僕は鞄を担ぎ直し、一歩一歩、力強く地面を踏みしめて歩き出した。

 使える攻撃魔法は、最低ランクのマジックアローだけ。世間からは最弱、落ちこぼれと蔑まれる不完全な魔法使い。

 けれど僕には十年間、嘲笑の嵐の中で誰にも負けないほどに練り上げてきた、魔力の精密な制御技術と、自分でも底が見えないほどの魔力量がある。


 胸の奥に小さな、けれど決して消えることのない決意の火を灯し、僕は一歩を踏み出した。


 この時の僕は、まだ何も知らなかった。

 僕を慕ってくれた唯一の味方であるリアが、この後、僕を捨てた実家によって残酷で理不尽な運命へと追い込まれようとしていることを。

 および、僕が「最弱の証」だと信じて疑わなかった全属性の適性と、異常なまでの魔力制御が、実は失われた禁忌の「古代魔法」を解き放つための、世界で唯一無二の鍵であったということを。


 最弱と蔑まれた魔法使いが、最強の運命へと至る物語。

 その壮大な幕は、今、静かに、および力強く上がった。


はじめまして、もりもりと言います

小説投稿は初めてなので色々とつたないところもあると思いますが、よろしくお願いします。

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