夜⑬ 地獄の沙汰も神次第
戦い前に1話挟みます。
「グオオオアアアアアアアッッ!!!!」
完全な魔王と化した海藤咲夜の咆哮が鳴り響く。その悪魔の叫びと同時に、不可視の闇が広がっていく。見えない闇を浴びた森の木々が枯れていく。大地は渇き、やがて砂へと変わっていく。
生命力に満ち溢れていた森と大地は、瞬く間に死の砂漠へと変わり果てた。
「クハハハッ! 負ける気がしねェ!」
鮮血の如し赤き眼を不気味に輝かせ、巨大な魔王が嗤う。
「オイオイ! まさか死んじゃいねェよなァ、勇者カイン! 完全体になったオレサマの本気はこんなもんじゃねェぞォ! クハハハハァッ!!」
暗雲に包まれた空が雷を放ち始め、海藤の周囲で砂嵐が巻き起こる。
まさに天変地異。完全体と化した海藤の別次元の力が、全てを地獄絵図へと塗り替えていく……
「……って感じすかね? どうすか女神センパイ、今のポエマーな感じ!」
「どうもこうもありませんよ邪神さん。随分と楽しそうじゃありませんか」
海藤が起こした破壊現象を遥か上空で見守りながら、女神と邪神はそんな呑気な会話をしていた。この地獄絵図を見ながら顔色一つ変えず、まるでピクニックにでも来ているかのようだ。
「まぁ基本、神が人間やら魔族やら下界の存在に肩入れする事はないすけど、やっぱりレイトは別っすわ。私がこれまで送り出してきた異世界転生者の中でも別格。あんな悪意を生まれ持った人間がいるんすねー。ほーんと、惚れ惚れしますわ」
「そのせいで史上最悪の異世界転生者なんて呼ばれてますけどね、彼。というか、貴方の代わりに私が女神になってから500年以上経っていますが、彼より酷いのは未だに見たことありませんよ。あんな人を面白半分で転生させる神なんて、貴方くらいでしょうね」
「まぁでも、センパイが今回肩入れしてる奴も中々じゃないすか? ほら、あれ……こかんがりゅうき? でしたっけ」
「あぁ、小間さんですか」
2人の神の脳裏に、目つきの悪い黒髪の男の顔が浮かぶ。
「そうそうそれ、小間っす。あいつキモいすけど……な~んか似てるんすよね、レイトに。あの奥がどす黒くて光の無い感じ? あいつ何者なんすか?」
「さぁ」
微塵も興味が無いといった様子で、まるで溜息でもつくかのように無気力に答える女神。
「……センパイって私より女神向いてないっすよね」
「そうですか?」
「うん。だって、下界に興味なさすぎでしょ」
「邪神さんが珍しいんじゃないですか? 大体の神は下界に興味ないですから。まして下界の人間を面白半分で事故死させて楽しんでいる神なんて、貴方くらいですよ」
「あら、バレてたんすね」
邪神はあっけらかんと笑う。
「貴方が女神をクビになったのは、何も蟻道の件だけじゃない。そういった事の積み重ねなんですよ」
「えーだって女神って暇じゃないすか。遊びたくもなるっすよー」
「確かに」
機械的に答える女神。あまりにも淡々としているせいか、肯定の言葉を口にしているにも関わらず、その真意は邪神にも分からなかった。そんな邪神に目もくれず、女神はマイペースに話題を変える。
「そういえば、さっき砂肝汐里が死霊術で呼んだ元異世界転生者……あの方も邪神さんが送り出した人なんですか?」
「あ~零寿の事すか? そうっすね。それがどうかしたんすか?」
「どうなんですか、彼」
「強いっすよ。間違いなく」
女神の雑な質問にアバウトに即答する邪神。
「強力な異能もさることながら、零寿本人にとにかく隙が無いんすよ。人間離れした技量と精神力……ある意味、レイトよりも異世界転生者としては完成形に近いと言っていいっす。もしかしたら小間の奴、レイトに辿り着く前に零寿に殺されちゃうかもしれないっすね~! はは!」
「えぇ。そうかもしれないですね」
淡々とそう言った女神の表情を見て、邪神は背筋が凍るような恐怖を感じた。
上がり切っていない口角、無機質な瞳……福笑いで作ったような、均整の取れていないぐちゃっとした笑顔。
女神の感情は、同じ神である邪神にすら読み取れなかった。
「……きもちわり」
下で起きている地獄絵図よりも、理解不能な女神の笑顔に恐怖を感じる邪神なのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回こそ、小間&龍彦VS零寿!




