魔王キルの目論見
魔王キルの回想です。
見渡す限り真っ白で虚無な空間。
私はそこで目を覚ました。
この場所に見覚えは無いけれど、私は目覚める前の事を全て覚えていた。
まさか、あの男と同じ末路を辿る事になるとは。とはいえ、こうして目覚められたという事は転生魔法の実行には成功したみたいね。
まぁ、この魔術に関してだけはあの男よりも扱いに長けているのだから、成功してもらわないと困るけど。
しばしそこで立ち尽くしていると、女神と名乗る女に話しかけられ、いくつかの説明を受けた。
……なるほど。それで他にも人がたくさんいる訳ね。ここにいる人たちは私と同じ死後の人間たちだと。
ただひとつ気になったのは、女神が私に話しかけてきた時、全く別の名前で呼んできたのよね。
私は、魔眼を使って自分の姿を確認する。
そこには、かつての自分とは全く別人の女性が映っていた。
……なるほどね。どうやら名前も姿も全くの別人に生まれ変わっちゃったみたい。
幸い、魔術の方は相変わらず使えるみたいだけど、まだ完全じゃないわね。これも全て、転生魔法の弊害なのかしら?
私が原因を考えていると、何やら金髪で端正な顔立ちをした少年が私に声を掛けてきた。
「こんにちは。顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」
しかしまぁこの子。なんてお人形さんの様に綺麗な顔立ちなんでしょう。
今すぐ殺して、私のコレクションに加えたいくらいだわ。
私が少年の顔を凝視していると、少年は優しく微笑んだ。
おとぎ話に出てくる王子様のような微笑みに、私は一瞬心を持っていかれそうになったが、直後に妙な違和感を感じた。
その少年の微笑みには感情が無かった。ただ貼り付けられただけの、薄っぺらい笑顔。
私は不気味に思い、すぐに魔眼でその少年の本質を覗き見る。
そして私は、その少年の正体に驚愕した。
「……ふふ」
「えっと。どうかされましたか?」
「そんなぺらっぺらな敬語使わなくて大丈夫よ。蟻道冷人」
「……なんだ。気が付いてやがったのか」
宝石の様な美しさを持っていた少年の瞳が一変して、まるで狂犬の様な鋭い目つきへと変わった。纏っている空気もまるで別物。でも、私にとってはむしろこっちの方が心地よい。いえ、懐かしいと言うべきかしら。
「久しぶりね。貴方の方から話しかけてくるなんて、少し意外」
「てっきり記憶が戻っていないのかと思ったが、思い出させる手間が省けてよかったぜ」
掌を軽く握り、拳をボキボキと鳴らす蟻道。
もし記憶が戻ってなかったら、私何されてたのかしら。考えただけで興奮しちゃう。
「……で、オレが死んだ後どうなった?」
「ざっくりとした質問ね。いいわ教えてあげる。あれから……」
私は、蟻道冷人の死後の世界について、掻い摘んで説明した。
「そうか。あれからそんなに時間が経っていたとはな。しかもオマエがオレの後釜とは、笑えねェ冗談だ」
「あらそう? 一応、魔王軍の4大幹部の一角を担ってた訳だし、順当だと思うのだけれど」
「ククッ。オマエは信用ならねェからな」
「面白い事を言うのね。最初から誰も信用なんてしてない癖に」
「オマエは特にだ」
蟻道冷人……いえ、今は海藤咲夜か。海藤はそう言うと、私の元から去っていった。
……しかし、これは嬉しい誤算だわ。
私は笑みを抑えるので必死だった。
「私の計画の大成には、貴方の存在が必要不可欠だったのよ、海藤咲夜。本当は転生魔法を使って死ぬなんて私の計画外の出来事だったけれど、これは怪我の功名だったわね」
これからこの場所で何が行われるのかは知らない。
けれど不安は一切無い。むしろ気分がいい。
一度おしゃかになって大幅に軌道修正した計画を、もう一度成就させるチャンスに巡り合えたのだから。
今度こそ、私の楽園を築き上げてみせる。
誰も不幸にならない、全ての種族が幸せになれる、そんな世界を。
お読みいただきありがとうございました。
次回、ついに3回戦開始です!




