第42話 秋の調べ(その11)
咲の作業がひと段落したところで、咲が僕ら三人が腰かけている隅っこの方のテーブルに、米田さきさんを連れてやってきた。
「こんにちは」
米田さんが、満面の笑顔、という表情で僕ら三人に挨拶する。咲がそれぞれを紹介し、僕らも米田さんに挨拶する。
「咲ちゃんがいつもお世話になってます」
笑顔を崩さないまま、僕たちに冗談ぽく言う。
咲と米田さんが並んで立っている様子を間近で見ると、本当に、凸凹コンビだ。
しかも、米田さんの顔は、近くで見れば見るほど整った芸術品のような作りだ。そして明るい。咲がその挙動のどこかに少し影のような控え目さを持つのとは反対に、米田さんの表情・言葉・立ち居振舞いは、日なたの中のものだ。そして、その明るさと、極端な小柄さが、‘可憐’という言葉の意味を定義づけているようにすら思える。
5人で紙パックの濃縮還元ジュースを飲みながら、向き合った。咲が突然に口を開いた。
「さきちゃんも、わたしたちと同じ」
「え?同じって?」
武藤の疑問に屈託ない笑顔で米田さん本人が話し始めた。
「ひどいんですよ、小学校5年の時の話なんですけど」
何か軽い失敗談でも話すような口ぶりで米田さんが言葉を続ける。
「ある日突然、齧った給食のパンを牛乳に浸したやつが何個も鞄の中に入ってて。
家に帰るまで気が付かなくて、父兄への‘お知らせ’を渡そうって、母の前で開いたら、その汚くて臭いパンが出て来て。
母は‘何これ?’って訊くんですけど、‘知らない’ってわたしが言うと、‘あ・そう’って、2人して、まあ、こんなこともあるんだね、って、笑ってたんです」
内容の嫌な感じと裏腹に、米田さんのあまりにも軽やかなあっけらかんとした話しぶりに感心してしまう。
「そしたら次の日からはスープにつけたパンとか食べ残しの竜田揚げとかが鞄の中に入ってたんです。教科書もべしょべしょに汚れるし匂いもつくし、困ったなあ、って思ってたら、それを見てくすくす笑っている女子がいたんで、あ、この子だな、って思って。
‘なんでこんなことするの!’って、結構怖い声で言ったんです。そしたら、その子、‘知るか!’ってわたしに怒鳴り返してきて。
それで、その子のグループの子何人かにいきなり腕をつかまれてトイレに連れ込まれたんです。それで、‘茶巾絞り’って知ってますか?あの、スカートをめくりあげて頭のてっぺんでひもで縛るやつです。それ、やられて。随分古いマンガなんかで読んだことあったんですけど、あ、こんなこと本当にする人がいるんだな、って感心しちゃって。あ、わたし、マンガとかアニメとか大好きで、結構昔のやつもチェックしてるんです」
米田さんは、じゅーっ、と紙パックがへこむくらいに音を立ててジュースを飲みながら、話し続けた。
「それで、トイレの外に、どん、て蹴りだされて。そのグループが大笑いしてるんで、声のする方に突進して行って、誰か分からないけど体当たりしたら、‘てめー、この野郎’って、女の子なのにそんな怖い声で誰かが言って。そのまままたトイレに逆戻りです。‘殴る蹴るの暴行’って、ああ、こういうことなんだな、ってのを身をもって経験しました。
でも、わたし腹が立ったんで、鞄の中の残飯を教科書ごとそのグループの前にぶちまけて走って家に帰ったり。多分、そういうのでもっと怒らせちゃったんだと思うんですけど」
咲はなぜか嬉しそうににこにこと聞いている。僕ら男三人はどう反応していいやら分からず、目を丸くして聞いていた。
「中学も最低でした。わたし、東中だったんですけど、あそこって、単に小学校のメンバーがそのままスライドして中学になるだけなんです。だから、そのグループともずっと同じ感じで。わたしも進歩ないですけど、中学になってもその子ら全く同じやり方の繰り返しでバリエーションも増えないし。進歩ないな、って。
とりあえずは、まあ、嫌なんで、高校は何が何でも鷹井高校に受かりたかったんです。本当は鷹井第一高校が一番安全そうと思ったんですけど。そのグループの子らは逆立ちしたって入れない、って分かってましたから」
「一番安全そう・・・・まあ、確かに」
当の鷹井第一校生である武藤がぼそっと呟く。
「まあ、わたしの頭では鷹井第一まではちょっと無理だ、ってことで諦めて。それでなんとか鷹井高校に頑張って合格できたんです。結局、グループの子どころか、東中は私以外全員鷹井を落っこちたんで・・・神様やるな、って合格発表の掲示板の前で飛び上がって喜びました」
米田さんなら文字通り、本当に飛び上がって喜んだのだろう、と想像する。
「それに、咲ちゃんみたいな素敵な子とも友達になれたし。
わたしって、本当にラッキーです!雨降って地固まる、ってこういうことですかね?」
長い演説がようやく終わった。咲がまるで米田さんのことを僕ら3人に自慢するようにふふっ、と笑っている。中一で咲と会った時も生まれて初めて見るタイプの人種だ、と思ったが、この米田さんはそれに輪をかけた、見たこともない人種だ。咲は容姿と性格が一致している部分もあるが、米田さんはその可憐な容姿と徹底しきったあっけらかんさがどこまでもアンバランスだ。
「さきちゃんといると、自分の悩みが馬鹿らしくなる・・・さきちゃんが羨ましい・・・」
咲は笑顔で呟く。
「えー、そんなことないよー、咲ちゃんの方が羨ましいよー。
背、高くて絶世の美女だし、ピアノだって凄いしさー。
それよりも、室田さんって、すっごいんですね?」
「え?」
同学年に‘室田さん’と呼ばれたことも奇妙な感じがするが、何が凄いのか、更に気にかかる。
「だって、わたしはグループの子だけやっつけようとしたけど、室田さんは無差別に学校全員やっつけようとしたんでしょ?」
「ええ?何のこと?」
咲が申し訳なさそうに僕の方を見ている。
「ごめん、中一の‘轟音’のこと、話した・・・」
ああ、そういうことか。
「でも、怖くなかったですか?わたしもヤケになったら結構向こう見ずですけど、ほんとに皆難聴になったら、って思うと少し尻込みしませんでしたか?」
僕は、何も言わず黙っていようとも思ったが、このままだと米田さんのおしゃべりが止まらないだろうと思い、渋々口を開いた。
「いや・・・中一でまだ何も深く考えてなかったから。今にして思えば、馬鹿だったな、って・・・」
ふーん、と米田さんはこんな他愛もない説明で本気で納得してしまったようだ。
「あ、それから、武藤さんはアニメとかアニソンとか好きなんですよね?」
「そんなことまで・・・・」
武藤は嫌そうな顔を米田さんではなく咲の方にちらちらと向ける。
「いえいえ、恥ずかしがることないですよ。わたしもアニソン大好きですし。ああ、このアニメにはこんな曲の方がいいのにな、って、勝手に作曲してピアノでだーって弾いたりしてますもん」
「前、音楽室で弾いて貰ったけど、ほんとに凄かった・・・・」
咲が解説を付け加える。
ほー、と僕らも感心する。さっきの演奏を見ているだけに本気で聴いてみたい、とも思う。ただ、‘このキャラをイメージしたんです’とか言われても分からないが。
でも、咲がこんなに長い時間、笑顔でい続けるのは見たことがなかった。この凸凹コンビは学校で間違いなく目立っているはずだ。それも、きっと、「咲とさきとどっちがいい?」とかいう感じで男子生徒の間では常に話題になっているに違いない、と思う。
このコンビが出会ったことで、2人の人生は好循環に入りつつあるのだろう。もし、この間、僕に唾をかけたことを突然言い出してくるような輩がこの2人の前に現れたとしたら。
僕たちは‘殴る側’に回ってでも、そいつらを阻止してやろうと思う。
「じゃあ、4LIVEの5人目のメンバーになる、ってのはどう?」
武藤が突然提案する。おそらく、武藤は米田さんという初めて見るタイプの子に対して、この子ならもしかしたら自分でも?と思い始めているに違いない。
「いえいえ、それはダメですって」
え、どうして?と武藤は食い下がる。
「だって、バンドの紅一点は咲ちゃんですから。美少女ベーシストに3人のバンドマンが密かに想いを寄せ合う、っていう設定のままにしといた方が絶対アニメ的にもいいですから」
僕は米田さんの話しぶりをどこかで聞いたようなデジャヴにとらわれていたが、杉谷に本当によく似ている、と気づいた。しかも、やや高いトーンの声に段々と眩暈がしてきた。




