第17話 かげろう(その11)
マスターが土手脇の道路から、うねうねとワゴンを走らせて河川敷の砂利の所へと降りていく。車を停めたのは、芝生と雑草が半々の広場の横だ。すぐ目の前には川が流れている。
以前、何度か自転車でこのポイントには来たことがある。夕方、向こう岸に見える夕陽が美しい場所だ、と記憶している。
広場の向こうの方では、サッカーの練習をしている、高校生なのか、中学生なのか分からない男が何人かいる。土手を見上げると、散歩をしている老人、と、ウォーキングをしている主婦っぽい人がいる。
芝生と雑草の上に機材をみんなで降ろしてみたが、見事なまでに日蔭がない。マスターはワゴンのハッチを開けてわずかな日陰を作り、そこに折り畳み椅子を置いて腰かけ、足を組んだ。
「さ、やってみようか」
僕たちの様子を、散歩・ウォーキングする人やサッカー男子たちが、ちらちらと見ているのが分かる。ちょっとだけ、恥ずかしい感じがした。
「PVの撮影みたいで、気分いいだろ?」
マスターはあくまでも僕たちの青春の演出者であろうとしているようだ。
じっとしていると余計に暑いような気がしたので、とにかく練習を始めることにした。
ドラムはある程度の音量は出るが、普段武藤が使っているドラムに比べたら、「静かでしょうがない」という感じの音だ。そのドラムに合わせてアンプの音量を小さい設定にする。
少し、風が吹き始めたので、日蔭はないが、体がやや冷やされる。
普段の感覚でギターを弾き、歌い始める。皆の出す音を聴いて、瞬間にマスターが苦笑いをするのが見えた。しかし、僕も、「ありゃ?」という感じで、自分達の音に違和感を感じる。
音が、バラバラだ。
1曲終わって、マスターが‘講評’した。
「分かったろ?」
「・・・はい・・・」
僕はそう答えざるを得なかった。普段の僕たちの音は、エコーや大音量のお蔭で、何となく微妙な音の時間のズレを誤魔化していただけだったのだ。
小音量で、アンプの音以外に、弦やドラムの皮の直接の音すら聞こえるような状態では、ズレやもたつきが残酷なまでに突きつけられる。その中で唯一、正確なリズムを刻み、丁寧なピッキングをしていたのは、咲のベースだけだった。咲のベースがなかったら、「ボロボロ」としか言いようのない演奏になるだろう。
さあ、どうしたものか。
「実は、酒場で演奏するのが一番大変なんだぞ」
マスターの言う意味がちょっと、分からなかった。え、なんで?と加藤が訊く。
「酔っ払いだから音が分からん、と思ったら大間違いだぞ・・・
大人の内の何人かはな、酒場に泣きに来るんだよ。
ほんとに泣かなくても、腹の中で泣きながら酒を飲むんだよ。
そんな時に、ふざけた感じの音を聴いたら、本気で腹が立つと思わんか?
ブルースを演奏するようなバーなんかまさしくそうだろう」
言い返す言葉もない。
「でも、心配するな」
マスターのこの言葉には、何か、根拠があって欲しい、と願うばかりだ。
「お前らは下手くそな訳じゃない。ほとんどスタジオでの演奏ばっかりだったんで、感覚が慣れてないだけだ。ここで今日、明日ぐらい演奏すれば、微妙なタイミングのズレは合ってくる。演奏に少し、タイトさが持たせられるはずだ。
それに、タイミングやピッキングを完璧にする必要もそこまではない。なんの歪もズレもない音が相手の心に響く、とも限らん。室田の好きなekだって、そうだろう」
確かに、ekには、チューニングすらしているのか、というアルバムもあったし、ボーカルが歌いながら弾くギターはピッキングがとても甘い。それでも、なぜか、僕の心には響き渡ってくる。
「観客に失礼のない音、にするための作業だと思ってくれ。
その上でのお前らの‘上手くなささ’は、まあ、いいんじゃないか。
お前らはそれなりに練習量も積み重ねてきたぞ。自分らじゃ意識はないかもしれんけど。大体、お前らが学校で浮きまくった挙句にポピーに来た時点で、その辺のバンドよりよほど根性入ってたぞ。外見は根性なしにしか見えないけどな・・・」
僕らは、途中でスポーツドリンクを飲みながら、繰り返し演奏した。
たしかに、自分の耳と、直接伝わる楽器の繊細な振動、空気の震え、それから加藤・武藤・咲が今、どんな状態で演奏しているのかに気を配ると、一瞬にして音が‘結集’するような感じになった。おそらく、他の3人も、同じように対応したのだろう。そして、何よりも、僕は、気持ちよく声が出せた。タイトでまとまった音に自然と声が出る。普段、絞り出すようにしていた高音パートも、するっ、という感じで頭頂部やや前方から声が突き抜けるような、初めての感覚があった。もっと、声を出したい、という欲望に駆られる。すると、武藤のドラムが、加藤のギターが、咲のベースが、僕のその欲求を助けに来てくれるような、錯覚があった。
武藤のドラムの躍動感に自分の声もシンクロさせたい。加藤のギターの乾いたリフに自分の声を乗せ切りたい。咲のクールな、でも、甘酸っぱい感情がこみ上げるようなベースラインに自分の歌を絡め合わせたい。そして、これらに引きずられるように、自分のギターを弾く指も勝手に動く。これならば、自分のギターに意識を取られずに、歌い上げることができる、と感じた。
ただ、暑い。しかし、その‘暑さ’が次第に、‘熱さ’に変わってくるのがなぜだか、分かる。着ているTシャツは汗でべっとりと濡れ、履いているジーンズが太腿にペタッと張り付いていて、気持ち悪い。けれども、炎天下を振り下りた風が、芝生と雑草の上5cmすれすれを吹き抜け、川から僕たちの演奏している場所に届くまでに急激に冷やされる。その温度差で涼風と感じる風が僕たちの背中に当たり、ベトベトペッタリと気持ち悪い感触が、その瞬間に、‘ああ、涼しい!’と却って‘熱さ’と‘昂揚感’をあおる。
僕の、床屋で、「普通でお願いします」と頼んでいる、何型とも呼び難い髪型の、その前髪が、汗でびしょびしょになって、額に張り付いた。僕は、前髪を掻き揚げた。
「髪を掻き揚げるな!室田」
マスターが鋭く叫ぶ。
「お前のそのかっこ悪い前髪が、かっこ悪くおでこに張り付いてるのが、かっこいいんだ!」
僕は、マスターのその言葉で、体の芯が熱くなるのが、分かった。この、演奏したい、という高揚感を抑えることができない。体の表面のTシャツとジーンズと汗の被膜は瞬間の涼風で空冷で冷えるが、背中の背骨というか、脊髄の辺りが、いいようもなく、熱い!
僕は、前髪がおでこに張り付いてカッパのようになろうが、武藤はドラムのスティックが汗で色が変わるくらいにシミがついてこようが、加藤は汗が目にとめどもなく流れ込んで塩気でしみようが、咲は普段、決して汗をかかないのに、さすがにこの環境でかいた大汗の匂いがどんなに気になろうが、咲の作った、そして、この10代の僕らが演奏する、キャッチーで甘酸っぱく、でも、きっと酒場で泣くような‘大人’にもこの‘青春の匂い、感覚’が確実に伝わるような曲を今、はっきりと知り、自覚し、疾走感を持続させながら、最後まで演奏し切った。
確かに、これは、まるで、運動部の練習のようなものなのだろう、と感じた。僕が言うと自分ながら変な感じがするが、演奏し終わった後の出し切ったような感覚が、不思議でしょうがなかった。今までの人生の気だるさの中に、突如強烈なミントの刺激が注入され、頭の中の、脳みそと頭蓋骨の隙間にかかっていた薄膜がぺりぺりときれいに剥がされて、取り除かれたような、クリアな感覚。あの、咲の曲を土手でウォークマンで聴いた時に感じかけた、ぺりぺりと剥がれる感覚を事実・現実、知った。
単に、暑さにやられたのだろうか、と、一瞬思ったが、他のメンバーの涼やかな表情を見ると、どうやらそうではなさそうだと思い直す。急速に‘熱’せられた体と心が、涼やかな風に当てられて、急激に体温を返していく、その涼しさなのだ、と感じる。
咲が2,3口ごくごくと飲んだスポーツドリンクのペットボトルを軽く握った右手首を、体育座りをした膝の上に乗せて、ときたま、ごうっ、と芝生と雑草の上を滑ってくる涼風に長い後ろ髪を、ばっ、と吹き上げられながら、それを楽しむようにして土手の上の方を見ている。
‘青春’なんていう言葉は自分達には一滴も縁の無い清涼飲料のようなものだろうとずっと思い続けて来たけれども、咲の作った曲は青春そのものだ。それも、今までまったく誰も触れたことの無い、新しい、新種の、限りなく爽やかで涼やかな、青春。
言葉でも態度でも恋愛でも友情でも表現し尽すことが決してできないような、メロディーが直接人間に訴えかけてくるような、涼風であり清涼飲料であり胸がくすぐったくなり、脊髄の辺りが熱くなるような、そんな、曲。単に楽しさだけではない、恥辱や屈辱・屈折・自暴自棄・倦怠・・・そういうものに蹴散らされたりやり過ごしたり火箸のように突きつけられたり放り投げようとしたりして生きて来た十数年間の、それを一気にクリアにするような、美しく・軽やかで・でも、切なくて・青い海が深度を増すごとに青さが濃くなるような深さを持つ曲。
この曲に詩を載せて歌うことが、僕自身の青春にとっては、この上ない気持ちよさがあったが、果たして、僕の歌が却って曲を邪魔していないか、というのが唯一の心配だ。




