第13話 かげろう(その7)
それにしても、軽く朝食、のはずが、結構長い時間話している。いつの間にかモーニングのトーストや目玉焼きの皿は下げられ、それぞれの前にはお代わりしたコーヒーだけが置かれている。まだまだ話は続いた。今日は土曜なので、マスター以外の人たちは仕事は休みなのだろう。僕は、何だか仕事について訊いてみたいと思ったちょうどそのタイミングで加藤が訊いてくれた。
「仕事やりながら、バンド、って、時間、取れるんですか?」
マスターが、Acid Voiceのボーカル・ギターの最年長、神谷さんに、‘神谷はどうだ?’と訊く。神谷さんは
「職場が東京だからね。週末に帰省した時にしか残りのメンバーと会えないから、割り切って土日だけで練習してるけどね」
と、低い声で教えてくれた。
「神谷さんはKey TECHNOSの本社営業部長だからね」
枯井戸のボーカルがそう解説してくれたのを聞いて、僕たちはびっくりした。Key TECHNOSは音響機器メーカーの中では国内最大手の企業だ。僕の父親が勤める会社の親企業でもある。その本社営業部長、しかも、おそらくは40代前半というこの若さで。
枯井戸のボーカルは更に続ける。
「マスターは昔、key TECHNOSの技術課長だったんだよ」
それを聞いてさらにまた僕たちはびっくりした。マスターの前歴を聞いたことは確かに無かったが、サラリーマンで、しかも超一流企業の管理職だったとは。
「近藤さんは僕の上司だったんだよ」
Acid Voiceの神谷さんがマスターのことをそう言うと、僕たちはまた一旦びっくりして、それから、成程、と種明かしを聞いたような気分になった。
「昔々の物語だよ」
マスターはなんだか照れているようだ。僕は話の続きが是非聞きたい、と思っていたところへ、武藤がタイムリーに、
「その物語を聞かせてください」
と頼んでくれた。




