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4live  作者: @naka-motoo
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第12話 かげろう(その6)

 3組のバンドはマスターに率いられて、イベント広場に面する老舗喫茶店「チェリッシュ」の店内中央にある大テーブルを取り囲んで陣取った。チェリッシュも今回のイベントに軽食等を提供する協賛店だ。大テーブルの中央には、小ぶりの向日葵と夏草を思わせる可愛らしい花が活けられた卓上タイプのプランターが飾られている。

 全員40歳前後と言っていた3ピースバンドの「Acid Voice」、30代前半で全員既婚者だと言っていた4ピースバンドの「枯井戸」と僕たち「4LIVE」のバンド3組が、お誕生会の席上のように皆で顔を突き合わせている。マスターはその中央、というよりは、端っこでプロデューサーか何かのような顔をして座っている。

 まずは皆で自己紹介をする。それぞれのバンドのフロントマンが各バンドのメンバー紹介をすると言った体で、紹介されたメンバーは「ども」とか、「よろしく」と軽く挨拶する。

 僕たち以外の2組はさすがにこういった遣り取りには慣れているようで、まるでステージ上のMCを観るようなスマートさだ。僕が苦手とする遣り取りだ。

 僕は、自分のことを4LIVEのフロントマンだと思ったことは一度もない。単にボーカルだからマイクスタンドがバンドの中央のポジショニングだというだけで、許されるものならば、ドラムの後ろで歌ってもいいぐらいだと思っていた。けれども、先輩バンドを前にして、ぐだぐだと迷っている暇などあるはずもない。

「4LIVE、ボーカル・ギターの室田です、よろしくお願いします・・・」

 そう言った後、何か気の利いたことを言おうと思うが、本当に頭の中が白紙で、仕方なく残り3人の方を振り返って、棒読みで紹介する。

「こっちは、ギターの加藤です・・・」

 僕の抑揚の無い紹介を受けて、普段はそこそこクールなイメージのあるはずの加藤が「おがいしゃーっ」と意味の分からないしどろもどろの音声を発して、頭を下げる。

「・・・ドラムの武藤です・・・」

 こんにちは、と武藤は長閑な挨拶をして場を和ませる。

「彼女は、ベースの咲・・・」

と言って、あ、余所行きの挨拶なら「咲」でなく、「白木」と紹介すべきだったかな、と僕がどうでもいいことを考え始める間もなく、

「白木 咲です・・・よろしくお願いします」

と、咲は男どもとは比べ物にならない落ち着いた声で、素都なく社交性の片鱗を見せた。

 咲の挨拶の時、そこに居合わせた残り2組の先輩方の反応は、男3人に対してとは明らかに異なり、軽く、「ほおー」と声を出す人さえいた。

「紅一点だね」

 テーブルを取り囲んだ男11人と、女1人。ちょっとだけ異様な感じがするが、テーブル上の向日葵と夏草っぽい花がその雰囲気を中和している。花は、咲のためだけに用意されたもののような気がして、自分でも何となく納得した。そして、咲の身長を含むルックスと、それ以外の3人のメンバーのバランスの落差が先輩方の驚きの理由だということは、容易に想像できた。

 それから、しばらく、全員で音楽談義をする。といっても、4LIVEのメンバーは、ほとんど、「はい」と「いいえ」と「へえー」以外の言葉を口にすることが無い。

 マスターは苦笑いしながら、僕たちに助け船を出す。

「こいつは、「キャッシュ」が嫌いなんだよ」

 マスターが僕の肩をぽんぽん叩きながら、あの‘おめでたいバンド’の名前を出した。

 すると、枯井戸のボーカルが、鋭く反応する。

「えっ、なんで?」

 この人はおそらく「キャッシュ」が好きなのだろう。マスターはそれを知って話題を‘提供’したのだ。僕は、何か答えないと、余計気まずくなると考え、自分の思っていることをできるだけ柔らかな言葉で表現しようと、言葉を探り始めた。

「いや・・・‘前向き’すぎるから、何か‘本当’じゃない気がして・・・」

 言葉は選んだが、内容は十分に無礼で直接的なものになってしまい、枯井戸のボーカルの反応を恐る恐る待っていた。

「そうか・・・確かに捻りも工夫も無いような歌ばかりだからな・・・」

 彼は真顔で僕に向かって呟くように言った。

「ところで、室田はキャッシュの昔の歌は聴いたことあるの?」

 枯井戸のボーカルの切返しのような問いに、僕は、えっ、と一瞬言葉に詰まった。

「いえ、ないです・・・」

 そう答えると、彼は、そうだろうそうだろう、という感じの満面の笑みを浮かべ、雄弁

に語り始めた。

「キャッシュはデビューしたての頃は、‘鬱バンド’とか‘性根曲がり’とか言われてたんだよ」

 へえー、と、加藤が条件反射のように、僕の代わりに相槌を打ってくれた。

「大体、バンド名が‘現金’だぞ。それだけで単なるポジティブバンドじゃないだろう?」

 彼はコーヒーを立て続けに啜り、カップを小気味良く、タン、とテーブルに置いた。

「20年ほど前、キャッシュがデビューしたての頃、ラジオで曲を聴いてさ。凄いバンドだ、ってびっくりして、わざわざ東京までライブを観に行ったんだ」

 僕は、キャッシュのことより、おそらく当時中学生だったであろう彼が、東京にバンドのライブを観に行くことを親が許す、ということに異世界の物を観るような気がした。

「プロデビューしてるとは言っても、鳴かず飛ばずで、ライブ会場はポピーよりもしょぼいライブハウスだったんだよね」

 やかましい!、とマスターが合いの手を入れて、皆笑った。

「客がたった20人ほどでさ。俺、段々危ないところに来たんじゃないかなって怖くなって。

 8曲演ったんだけど、6曲は期待通りの、殺伐とした気だるい感じの超後ろ向きの曲で。

 おおー、やっぱりこいつら違うよな、凄いよな、って感激したんだけど。

 ラスト2曲がさ、え、何これ、って感じなんだよ」

 「お、それ、俺も初めて聞く話だな」、と枯井戸のベースも面白そうにコーヒーを啜って興味を示している。

「ラスト2曲が始まる前に、3人のバンドメンバーの後ろから、キーボードのスタンドをガラガラ押して、何だか可愛らしい背の低い女の子がちょこん、とベースの脇辺りの位置に突っ立ったんだよ。

 何する気だ?って思う間もなく、いきなり演奏が始まって。

 ギターの音もベース、ドラムもいつもの殺伐・轟音なんだけど、そこに、やたら切なくてキャッチーなキーボードが割り込んでくるんだ」

 彼はそこで、大げさに皆の顔を見まわして、続ける。

「その子がまた凄いんだ。鍵盤を叩く指が見えないぐらいの速弾きで。

 でも、その速弾き・複雑なメロディーが、一度聴いたら忘れられないぐらいキャッチーで」

 珍しく咲が反応している。もっとも、4LIVEのメンバー以外が見たら気付かないぐらいの微かな視線の動きなんだが。

「それで、もっと驚いたのが、水谷キャッシュのボーカル・ギターの歌がさ・・・

 まるで別人の声みたいに、きれいな声なんだよ。その前の6曲のしゃがれた声じゃなくて。歌詞は全部は聞き取れなかったけど・・・

 でも、俺は、こんなのキャッシュじゃない、って思って。これは、他のバンドにやらせときゃいいだろ、って感じて。

 その7曲目が終わって、水谷が突然MCを始めて。

 「次は、最後の曲。何か質問は?」

って。

 俺は、つい、反射で、何、今の?みたいな感じでステージに向かって大声で‘質問’して。

 「これも、キャッシュだよ」って、俺の腹の中を見透かしたように水谷が答えて。

 そしたら、他の客が、誰、それ?って、キーボードの女の子のことを訊いたんだ。

 「こいつも、キャッシュ」って、水谷が言った瞬間、ドラムがリズムを叩きだして。

 音は馬鹿でかいんだけど、それまでの単音・割れた音、みたいな感じと明らかに違うドラミングなんだよ。‘柑橘系’なんて上手い表現をした音楽雑誌の記者がいたけど、スネアとスネアの間隔を極力詰めた、流れるような疾走感があって。

 そこにキーボードの超速弾きと、ベースも隙間の無いドラミングを埋めるように手数の多い速弾きで。それで、水谷もガーンとギターの最初の音を鳴らした後は手の動きは見えないくらい速くて。でも、メロディーは、複雑だけれども、はっきりした、一度聴いたら忘れられないメロディーなんだよ」

 そこで、枯井戸のボーカルは一旦コーヒーを飲む。珍しく、咲も、はっ、としたような表情になり、慌ててコーヒーを飲んでいた。別に、話を聞きながら飲めばいいだけなのに、と思うが。でも、そういう自分も、つい反射でコーヒーカップを急いで持ち上げて一口飲んだ。

「ラストの曲が終わって、観客は拍手も忘れて呆けてる、って感じだった。そのまま水谷を先頭に、キャッシュのメンバーはみんなさっさとステージ袖に引っ込んだけどね。三人の後を追って、その女の子がちょこちょこと後をくっついて行くのが、なんだか可愛らしかったな」

「その女の子は誰だったんですか・・・」

 僕は、咲が声を出して質問したことに驚き、一瞬、体をびくっ、とさせた。

 枯井戸のボーカルは咲の方を見て、おっ、さすがに興味あるみたいだね、と言い、解答を言った。

「水谷の妹だよ。その時は中学二年生だったらしい。

 今は結婚して姓が変わって、‘葛西 ゆうき’。ピアニスト。クレジットには出ないけれども、キャッシュのレコーディングでは今でもキーボードを弾いてるよ。ライブにも時折顔を見せるみたい。

 ピアニストとして、どのくらい有名なのかは俺はちょっと分からないけど」

 なんとなく、僕たち3人は、咲の方を見た。‘葛西 ゆうき’って知ってる?っていう無言の問いの意味で。

「葛西 ゆうき・・・知ってます。ピアニストとしては有名、ではないかもしれませんけれど、結構色んなバンドのレコーディングに参加してて・・・

 彼女のキーボードのパートだけを抜き出して曲にして欲しいくらい、好きです・・・

 でも、妹、って知りませんでした・・・」

 マスターが咲に訊く。

「咲が曲を作ってたのは、もしかして葛西 ゆうきの影響か?」

 咲は素直に、うん、と頷く。

 マスターは苦笑いしながら、僕の方を見る。

「結果的にキャッシュのお蔭でできた咲の曲で、キャッシュの嫌いな室田が歌う・・・

 面白いな」

 枯井戸のボーカルも、なぜか、僕の方を見て笑いかけ、そして、僕に訊いた。

「室田の好きなバンドは?」

 僕は、恐る恐る答える。

「・・・ekです・・」

 僕は、「フン」、とでも言われるのかと思ったが、枯井戸のボーカルは、明るく笑って答えてくれた。

「ekか・・・いいバンドだよな。俺も大好きだよ。

 自分の感性で好き・嫌いを選ぶのは、とても大事なことだ。

 ただ、バンドが全てを賭けて作った曲を‘駄目だ’と言うのなら、言う側もきちんとした覚悟で言わないとな」

 僕は、何も言い返せなかった。


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