↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
交易都市アルカムの古物商【第1章完結】  作者: 山ノ上商会


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
43/43

第43話 護衛としての真価


路地の入口が、巨大な氷の壁によって完全に閉ざされた。

司達が立つ路地の行き止まり付近からは、十五メートルほど離れている。それでも、氷壁から流れてくる冷気が司の頬を撫で、周囲の空気が急激に冷え込んだことを感じさせた。

そして、その現象を引き起こしたであろうクロエは、まるで当然のことをしたかのように平然としており、武器を構えたまま背後の氷壁を呆然と見つめる三人組に、今なお冷たい視線を向けていた。


「……クロエさん。いつの間にあんな魔法を……」


司が驚きを隠せないまま尋ねると、クロエはようやくこちらを振り返った。


「トリーナから帰ってきてから、毎晩魔法の練習をしていたんです。おかげで、これくらいなら簡単にできるようになりました!」


先程までの冷たい表情から一転して、クロエは少し照れくさそうに微笑んだ。

その様子は、いつもの明るい彼女そのものだった。


「……なんだ!? 他に仲間でもいるのか!?」


ようやく我に返った三人組の一人が、周囲を見回しながら声を荒らげた。


「安心してください。他に仲間なんていませんから」


クロエが再び男達へ顔を向ける。

その声からは、先程の柔らかさがすっかり消えていた。


「だったら、あれは何だよ!」


男が背後の氷壁を指差す。


「何と言われても……魔法以外にありますか?」


クロエは相手の質問が理解できないとでもいうように、わざとらしく首を傾げてみせた。


「嘘つくんじゃねぇ! 第一、杖も持ってねぇお前らに、あんなことできるはずがねぇだろうが!」


「そう思うのはそちらの勝手ですが……」


クロエはそこで一度言葉を切り、男達を順番に見据えた。


「どちらにしても、あなた達にはここで少し痛い目に遭ってもらいます。私の雇い主に過去に手を出しただけじゃなく、また襲おうとしたんですから」


そう言うと、クロエは再び右手を持ち上げた。その手のひらは、男達の方へ向けられている。

司は隣に立つクロエの横顔を見た。

イレーネの記憶を体験した司には、彼女の動作が必ずしも魔法の発動に必要なものではないことが分かっていた。

イレーネは杖も詠唱も使わずに魔法を操っていたし、魔法を発動する際に手をかざす必要さえなかったのだ。

同じように杖なしで魔法を使えるようになったクロエにも、本来ならその動作は必要ないはずだった。

司は、クロエがあえて手をかざしているのは、男達に魔法を使うことを意識させるためではないかと考えた。それが相手の恐怖心を煽るための行動だとすれば、クロエは司が想像している以上に、この三人組に対して怒りを抱いていることになる。


「おい。やるしかねぇぞ」


三人の中央に立つ大柄な男が、両脇の仲間へ声を掛けた。

男達は、クロエが本当に杖なしで魔法を使ったのか、未だに判断できていない様子だった。

しかし、目の前の女が自分達にとって脅威となる存在だということだけは理解したらしく、三人が揃って剣を構え直した。

魔法使いは接近戦に弱い。

それはこの世界でも広く知られている常識だった。

三人組とクロエとの距離は、わずか五メートルほどしか離れていない。

仮にクロエが本物の魔法使いだったとしても、この距離で三人が同時に襲い掛かれば、魔法を使う暇など与えずに取り押さえられる。男達はそう考えるのもこの世界の常識に当てはめれば、当然のことといえた。


「ヒャッハーッ!」


最初に飛び出したのは、クロエから見て一番右側にいた男だった。

前回、司に直接暴力を振るった男でもある。

剣を構えたまま勢いよく駆け出し、その僅かに後ろから残る二人も地面を蹴った。時間差による波状攻撃。さすがに向こうも戦うことには慣れている。

迫り来る男達の姿に、司は思わず身体を強張らせた。

しかし、クロエの反応は対照的だった。


「……はぁ」


短くため息を吐く。

その直後、クロエがかざした右手の先に、バレーボールほどの大きさの水球が突如として現れた。

《ウォーターボール》。司もトリーナへ向かう道中で見たことのある魔法だった。

だが、以前とは発動までの速さがまるで違っていた。


シュッ!


空気を切り裂く短い音と共に、水球が撃ち出される。

既にクロエの目前まで迫っていた男は、その攻撃に反応することさえできなかった。


「ぐはっ!」


水球が男の腹部を正面から捉えた。

次の瞬間、男の身体が後方へと吹き飛ぶ。

地面から両足が離れ、そのまま十メートル近く後方にあった氷壁の手前まで飛ばされると、石畳の上に激しく叩きつけられた。

その光景を目の当たりにした残りの二人が、思わず足を止める。

クロエはその僅かな隙を見逃さなかった。

今度は右手を持ち上げることさえしない。

二人の男のすぐそばに、先程と同じ大きさの水球がそれぞれ現れた。

しかも、その距離は一メートルにも満たない。


「なっ!?」


男達が驚きの声を上げる。

しかし、それ以上の反応を見せる時間は与えられなかった。


シュッ!!


二つの水球が、ほぼ同時に撃ち出された。


「ぐあっ!」


「がはっ!」


鈍い衝撃音と共に、二人の身体が後方へ弾き飛ばされる。

一人はそのまま氷壁に激突し、力なく地面へ崩れ落ちた。

もう一人は氷壁の五メートルほど手前に落下したものの、勢いは止まらず、石畳の上を転がっていく。

やがて、先に吹き飛ばされていた男にぶつかる形で、ようやく動きを止めた。


路地に静寂が戻った。


先程まで威勢よく剣を振りかざしていた三人組は、今や誰一人として立ち上がることができずにいた。


「……ふぅ。思ったよりあっけなかったですね」


クロエは小さく息を吐くと、何事もなかったかのように司の方を振り返った。


「……ハハハハ」


その姿を見た司は、乾いた笑い声を漏らすことしかできなかった。

あれほど恐ろしかった三人組が、僅か数秒で倒されてしまったのだから司が驚くのも無理はなかった。

しかも、クロエはその場から一歩も動いていない。


「ちょっと確認してきますね」


クロエは倒れている男達へ近づくと、一人ずつ意識がないことを確かめた。

そして、三人の足元に手をかざす。

すると石畳の上に薄い霜が広がり、男達の足首から太腿にかけて氷が形成されていった。

氷は地面と繋がるように固まり、三人の下半身をしっかりと拘束している。


「これで、しばらくは動けないと思います。帰りに警備隊へ知らせておきましょう」


「……うん。そうだね」


司が頷くと、クロエは路地の入口へ顔を向けた。

次の瞬間、道を塞いでいた巨大な氷壁が、跡形もなく消え去った。

再び馬車道の街灯が路地へ差し込み、薄暗かった石畳を照らす。

クロエは何事もなかったかのように通りへ向かって歩き始めた。

司も地面に倒れた三人組を一瞥してから、その後に続いた。


「それにしても、まさかあんなに杖なしで魔法を使えるようになっていたなんてね」


馬車道へ戻ったところで、司が口を開いた。


「コツみたいなものを掴んだんですよ!」


クロエが嬉しそうに答える。


「トリーナから帰ってきてから、毎晩練習していたんです。いつかツカサさんにお披露目しようと思っていたんですけど、思いのほか早くチャンスが巡ってきてラッキーでした!」


「ラッキーって……」


「それに、敵討ちもできましたし!」


そう言って、クロエは満足そうに微笑んだ。


「そうだね。おかげで、これからも安心してあの通りを歩けるよ」


司も笑みを返した。

トリーナから帰ってきて、まだ数日しか経っていない。

その僅かな期間で、クロエの魔法は司の想像を遥かに超えるほど上達していた。

杖なしで魔法を発動できるようになっただけでなく、あれほどの速度と精度で操れるようになるとは司としても完全に想定外だった。

司は隣を歩くクロエを見ながら、いつか本当にイレーネを超える日が来るのではないかと考えた。

もっとも、祖母を超える魔法使いになることは、クロエ自身が掲げている目標でもある。

司はその目標を軽々しく口にすることはせず、今は彼女の成長を喜ぶだけに留めた。


その後、二人は馬車道を少し進んだ先にある警備隊の詰め所を訪れた。

夜間ということもあり、詰め所には数人の警備兵しかいなかったが、司が以前襲われた事件について説明すると、すぐに話を聞いてくれた。

さらに、犯人と思われる三人組が近くの路地で倒れていると伝えると、警備兵達の表情が変わった。


「その三人は、現在こちらでも捜索している連中の可能性があります。すぐに確認へ向かいます」


警備兵の一人がそう言い、他の者へ指示を出す。

司とクロエは現場の場所や事件の経緯について簡単に説明し、必要があれば後日改めて話を聞くということで、その場を離れることができた。

司としては、それからも手続きや状況説明やらで時間を取られることも覚悟していた。

明日は大事な店の開店日である。

準備は既に済ませているものの、できれば早めに帰宅して身体を休めておきたかった。

そのため、今夜のところは帰宅を許されたことに、司はほっと胸を撫で下ろした。

詰め所を出ると、二人はそれぞれの宿と自宅へ向かって歩き始めた。


「今日は本当にありがとう」


別れ道まで来たところで、司が足を止めた。


「昼間の挨拶回りもそうだけど、さっきは本当に助かったよ」


司が頭を下げると、クロエは慌てたように両手を振った。


「そんな! 頭を上げてください!」


「いや、でも……」


「私こそ、お役に立ててよかったです!」


クロエはそう言うと、少しだけ胸を張った。


「ツカサさんが前に襲われたって聞いた時から、いつかあの人達をぎゃふんと言わせてやりたいと思っていたんです!」


その表情は、長い間胸につかえていたものがようやく取れたかのように晴れやかだった。

司もそんなクロエの姿に、改めて頼もしさを感じていた。

これまでも従業員としてのクロエの有能さは十分に実感していたが、今回の一件で、護衛としても非常に頼りになることが分かった。

司は面接の時のクロエを思い出した。

あの時は緊張のあまり、まともに返事をすることさえ難しそうにしていた。

そんな彼女が、今では司一人ではどうすることもできなかった三人組を、あっという間に退治してしまったのだ。

さらに、明日からの接客についても司はクロエに期待していた。

今日一日、クロエは行く先々で自分のワンピースを褒められ、その度に嬉しそうに服の説明をしていた。

服が好きだからこそ、自然と言葉にも熱がこもるのだろう。

感情の乗った言葉は相手に響く。

司は日本で古着屋を営んでいた頃の経験から、そういった言葉が接客には必要だということを理解していた。

クロエなら、きっと店でも良い接客をしてくれる。司はそう確信していた。


「それじゃあ、明日からが本番だから。よろしくね」


「はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」


クロエが元気よく頭を下げる。

司も笑顔で頷き、二人はそれぞれの帰路についた。

明日は、いよいよ店の開店日。

先程の騒動ですっかり酔いも冷めてしまった司だったが、その足取りは軽かった。

以前の事件に対する不安が一つ解消され、頼もしい従業員と共に明日を迎えられることが、何よりも嬉しかったのだ。

司は夜の街並みを眺めながら、残り少ない帰り道を歩いていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。