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【改稿中】猫系女子は俺にだけ当たりが強い、たまに優しい。  作者: うにパスタ
第一章 トイレから始まる青春ラブコメ
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26話 三振と発見

 赤坂は小さな肩掛け鞄をぶら下げ、足早に歩を進めていた。


「おーい、赤坂!」

 声を出して手を振ると、結わえた二つのテールをびくっと揺らして俺を見る。

 近所で猫を見かけたら向こうも気づいた時みたいな微妙な間。

 手を更に振ってみると赤坂は嫌そうな顔を一瞬浮かばせた後にこっちにやってきた。


「なに」

 俺にだけ聞こえる声量で、静かに激しく恫喝する。

 どうやら、同じクラスの連中にこのやり取りを見られるのが嫌らしい。


「ごめん。もしかして他に用事あった?」

「さっきも言ったじゃん。この先に河原があるんだって」

 そう言って指さした草地の外れの雑木林。

 鬱蒼とした木々の合間には舗装された遊歩道が敷設されていて奥まで続いているようだった。


「ああ、言ってたな。サワガニでも取るのか?」

「ほんと一之瀬って子供なんだから……」

 赤坂はやれやれという風にわざとらしく嘆息する。


「せっかく遠足に来たんだから、皆で何かすればいいのに。案外楽しいよ?」

「一之瀬はそれで良いけど」

 不意に赤坂はそんな事を言う。

 そして、どこか寂しげな笑顔を浮かべた。


「でも、私は一人になれる所がいいんだよね」

「江崎さん達とは遊んだりしないの?」

 そう尋ねると、赤坂は気まずそうな顔。


「江崎さん達は良い人だけど、一緒にいるのってやっぱ気を遣う。なんとなくわかんない?」

 もう一度俺を見る目は、これまでの冗談じみた気配はすっかり消えていた。


「……まあ、分かるよ」

「え」

「皆とは仲良くしたい。でも、一人になれる空間は欲しい。そうだろ?」

 こうやって皆で野球を見ているのは気分が盛り上がるし楽しい。教室でぼっちや特定のグループに属さないやつらもこの場では加わって楽しんでる。

 それでも赤坂は一人がいいんだ。この自然の中で本当に一人になれる場所を探していたって事なんだろう。


「こういう時だからこそ一人で静かに過ごしたい、そういう楽しみ方か?

「へえ」

 赤坂は驚いたように眉を上げる。


「ところで一之瀬、なんで野球してるの? そういうキャラじゃなくない?」

「いきなりそっちかよ」

 赤坂が今更のように聞いてくる。


「俺、一応野球経験者だよ?」

「え、嘘……信じられない」

 口を手に当てわざとらしく驚いた顔。


「全く信用してないなお前。これでも小学校の頃はピッチャーやってたんだぞ」

 何故か意地になってしまう。

 とっくに辞めた野球部の記憶を掘り起こして、何故こうも張り合っているんだろうと言いながら思った。

 そんな俺を赤坂はしばらく観察していた。


「そうなんだ。意外――」

「おい一之瀬!」

 そこに須山が戻ってきた。プラスチック製の軽いバットをブンブン振り回している。


「もう終わったの?」

「三振三振! 駄目だ、まるで打てねえ。川村の野郎ひでえ魔球投げやがる」

 大げさに悔しがる須山だが、


「お? 赤坂ちゃん」

 すぐに赤坂がいることに気づく。

 そして俺と見比べながら、面白い物を見つけたような顔に変貌しやがった。

 嫌な予感。


「よし一之瀬! 彼女に良いとこみせてやれ。おーい、一之瀬打つってよ!!!」

 みんなに聞こえるようなバカみたいな大声。遠くのバッターボックスに集まっていた連中にまで聞こえるだろうがやめてくれ。


「俺と赤坂はそんなんじゃない」

 渡されたプラスチック製の玩具のバットをぶんぶんしながら反論。

 しかし、須山はその言葉を謙遜と受け取っているらしい。


「またまたぁー」

 他の生徒達もちらほらと視線を向けてくる。

 すごく恥ずかしくなってきた。

 きっと隣の赤坂はもっと嫌な気分だろうな。そう思って隣を窺ったのだが……


「打ってきなよ、一之瀬」

 ぽん、と赤坂が俺の肩を優しく押してくれた。


「いいヤツじゃん、あれ」

「あれって……」

 まだ遠くで仲間同士バカをやっている須山。それを見ながら赤坂は微笑を浮かべていた。

 そっと髪に手を通しながら、赤坂はもう一度俺を見る。


「じゃ、私は川原に行くから」

「わかった」

 赤坂は満足したように口の端で笑みを作った。


「三球見逃し三振なんて駄目だよ?」

 そして、プレッシャーを一言添えると遊歩道の方へと歩き出す。


「え、赤坂ちゃん見ていてくんないの?」

 皆の所に戻ると須山がきょとんとした顔で俺を出迎える。


「河原にいくんだと」

 揺れる深紅のツーサイドテール。その背中を見返しながら俺は言った。


「ところで、さっきの約束なんだけど」

 首を傾げる須山を見上げ、俺は切り出した。


「俺が打ったら、何か奢れよ?」

「一之瀬、根に持つタイプか!」

 そう言って頭を抱える須山。

 須山は既に三振しているからとにかく塁に出たら俺の勝ちだ。


「くっそー、野球経験者なの忘れてたぜ!」

 落胆する須山の慟哭を背中に感じながら打席に向かった。


「お、一之瀬」

 打席に入るとキャッチャー役の生徒が俺を迎える。快く迎え入れてくれているといった感じだった。

 空けられたスペースに俺は足を踏み入れる。そして、バットで構えを取った。


 ――数年ぶりだけど、とりあえずやってみるか。

 そんな気概でピッチャー役を見据えた。

 今までの、誰にでも遠慮していて負い目を感じていた俺だったら考えられなかった事だ。


「さあ来い。ホームラン狙ってやる」

 ここは須山の真似をして大口を叩いてみる。それを見ていたピッチャー役もニカッと白い歯を見せる。


「よっし。じゃあ、行くぞー」

 長い腕を真上に伸ばし、大きく振りかぶるピッチャー役。俺はその初球を思いきり見据えた。


 ――そして、三球三振を喫したのだった。






「一之瀬よお。お前、まるで駄目だな!」

 三振した俺を出迎える須山は笑っていた。

 あれだけ赤坂に見逃し三振はするなと言われたのだ。

 俺はバッティングの感覚を呼び起こしながらフルスイング。結果、綺麗に三球とも空ぶって呆気なく終わった。


「須山だって三球三振だったじゃないか」

「ガハハ。そうだったっけ? 忘れちまったよ。じゃあ、攻守交替だな!」

 須山は自分の失敗を全く気にしていない。いつものように笑い飛ばし守備に向かって駆け出す。

 一方の俺は流れに逆らうように一人踵を返す。


「何、守備入ってくれないの?」

「ごめんな。ちょっと腹痛くって」

 引き留めようとする須山に一言謝る。

 実は、先ほどから腹に違和感を覚えていたのだ。食後すぐに動いたせいかもしれない。


「おう、じゃあ仕方ないな! わがった!」

 須山は快く承諾。俺もその場を離れられた。

 鬱蒼と並び立つ雑木林に入る。

 案内板によれば、この中を通る遊歩道の中腹にトイレがあったと思う。


「……あれ?」

 誰もいない道を振り返りながら声が漏れた。

 遠く見える太陽の下では、野球をしている須山達が小さく見えていた。


 ――俺さっき何て言った?

 それは、須山や諌矢みたいな連中からすれば当たり前すぎて下らない事なのかもしれない。

 でも、違う。

 当たり前の話でも、俺にとっては恐ろしく輝かしい進歩だと思った。

 草野球から去る時、無意識に放った一言。


『ちょっと腹痛くて』


 だから、トイレに行ってくる。そういう意味の言葉を俺は自然に放っていた。

 事情を知っている赤坂や諌矢は別として、今までの学校内の俺だったら有り得ない台詞だった。

 もしかしたら、それは単純で裏表のない須山相手だったから言えただけなのかもしれない。


 だが、しかし――

 それでも、俺は自身がトイレに行くことをはっきりと誰かに告げる事が出来たんだ。

 まるで、以前から自然にしてきた行為のように。

 赤坂の助言をそのままに、俺は無意識のうちにそれを実践していた。


「すげえな……俺」

 心が震えるのを覚えつつ、しかし――こうも思う。

 くだらない事で喜び過ぎだろ。



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