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5-8 兆し

 ――三日間に渡って開催された文化祭も終わり、土曜を迎えた。


 本来なら休みの曜日。しかし一、二年生は後片付けという名目で登校日になっていたのだ。

 だが、時が経つのはあっという間だ。片づけは正午には終わり、短めのHRも済ませた教室はいつもより早い放課後の時を迎えていた。


「やっと終わったねー!」

 竹浪さんが大きく伸びをしながら声を上げる。

 祭もいよいよ終わりだという事を現実として受け入れ始めているこの空気感。

 もしかしたら、まだ終わらせたくない。そういう考えが教室を出る皆の足を鈍らせているのだろうか。

 そんな空気感は竹浪さんだけでなくクラス全体に浸透している。


「来週からまた授業かぁ。だるいねー」

 竹浪さんの席に同じグループの女子、山吹美由や野宮紫穂が集まってきた。

 それを周囲のクラスメートも気にしているようだ。


「どうせなら皆で打ち上げやらない!?」

「お、いいな。カラオケとか?」

 普段一緒に絡まない他のグループの女子、男子まで。その会話の流れは竹浪さん達の席周辺から徐々に広がっていく。


「いいね、皆で行こうよ」

「じゃあ私達も」

 その波は徐々に離れた席の連中にまで。

 それらを見届けながら、竹浪さんが満面の笑みで頷く。


「じゃあ皆でいこっか!」

 そう言ってスマホで店の予約を探し始める。


「ねえ、山吹さん。私達も行っていいかな?」

 そう尋ねたのは北見さん、それに江崎さんだ。


「千冬ちゃんも来るの? おっけー! 他に来たい人いる?」

 傍らで電話を掛けながら竹浪さんが問いかける。

 この文化祭という非日常感が普段話さないクラスメートとの会話のハードルも下げているんだろうか。


「どうしたの?」

 その騒ぎっぷりが気になったのか、外から戻ってきた桜川さんが不思議そうな顔で尋ねる。職員室に用事で行っていた彼女にとって、教室のこの変わりようは驚きの一言だろう。

 近くに居た女子の説明を聞くにつれ、不思議そうだった表情は柔らかな笑顔に変わる。


「竹浪さん、私も行っていいかな?」

「もちろん! いーよー!」

 竹浪さんたちは疲れも吹っ飛ぶような笑顔で歓迎。

 何やら大人数のカラオケの部屋を取るらしい。福井や成田と言った男子も参加するようで、これもうクラス全員が来るんじゃないかって勢いだ。


「……」

 次第に広がっていくクラスメートの輪。俺はそれを遠く見ながら帰り支度を始めた。

 幸い、皆が竹浪さんの周りに集まっているので俺の事なんか誰も注目していないのが救いだった。

 これならぼっちが一人退却、なんて思われる前に気づかれずに去れる。

 しかし、一人向かった教室のドアで俺は思わぬ人物と出くわした。


「あっ」

 トイレからでも戻ってきたんだろうか。鉢合わせになったのは諫矢だった。

 身長差から自然と見下ろされるような形になる。


「……おう」

 どこか威圧感がある――いや、勝手に俺がそう感じているだけなのかもしれないが、諫矢に対して言葉が浮かばない。

 結局、文化祭の間も諫矢との間にまともな会話はなかった。

 あの出来事以前の俺だったら。今こんな風に仲違いするなんて考えた事があっただろうか。

 文化祭は諫矢と適当に模擬店をぶらぶらしたり、そんな事を当たり前のように考えて疑わなかった自分が如何に能天気だったか思い知る。


「「…………」」


 何も言わず互いにだんまり対峙するだけ。そんな今の俺達。

 現実は非情だ。春から続いていた奇妙な友人関係のような繋がりはとうに消え、完全に他人のような間柄になってしまった。

 敵対こそしないものの互いに関心を持たない。目を合わせても会話に発展することは無く、今みたいに挨拶程度の言葉が一つ出るだけだ。

 これまで仲良くしてきたからこそ、この距離感はつらい。

 心臓が無数の針でちくちくつつかれるような違和感。

 その中で俺は意を決し、口を開いた。


「諫矢は」

 その声に諫矢が少し反応する。


「打ち上げ、行くのか?」

「――ああ」

 だけど、それも束の間だった。


「それな」

 諫矢は淡々とした口調に戻り、興味を示すように開かれていた瞳もいつもの大きさに戻る。

 しかし、それは俺への敵対心でない事はすぐに分かった。


「丁度その事を話してたんだ――あいつと」

 諫矢は――気前悪そうな顔で視線を逸らす。


「え」

 そして顎先を向けた教室外の廊下を見る。


「……」

 西崎瑛璃奈は廊下の窓に背中を預け、くるくると髪をいじっていた。

 もしかしたら、あの打ち上げは西崎が発案者だったんだろうか。そんな事を思う。


「そうか、西崎が」

 もう一度西崎を見るが、露骨に顔を背けたまま。

 それでも諫矢が打ち上げに参加してくれるのはあいつにとっては嬉しい事なんだろうな。 


「楽しんできなよ」

 俺の声が小さすぎたのか、タイミングが悪かったのか。はたまた意図的な物か。

 諫矢は何も答えず教室に戻っていった。


 ――やっぱりこんなもんか。


 声を掛けた時は友好的な態度で返してくれたけど、それ以上歩み寄る気配は無い。

 もう昔とは違うんだ。そんな落胆が一挙に胸に押し寄せた。

 分かってはいたけど辛いな。

 だけど、それでも。俺は覚悟してこの道を選んだんだ。こうなる事が分かって諫矢に反論を唱えたんだ。心の自分にそう言い聞かせ、廊下を歩き出そうとした。

 その矢先、


「夏生」

 ふと、背中越しに諫矢に声を掛けられた。

 振り返ると諫矢は少し離れたところで立ち止まったままだった。

 教室に一歩足を踏み入れた状態のまま、何も言わない長身の背中。

 けど、あいつなりに気遣ってくれているような、そんな穏やかさを感じた。


「諫矢」

 そして、自然と口から出てきた言葉は自分でも意外な物だった。


「俺はもう少し自分の中でいろんな整理がしたい」

 しばしの沈黙。


「そうか」

 諫矢は穏やかな口調で言ってそのまま歩き出す。

 俺も廊下へと向かう。


「あ、諫矢……!」

 入れ違いになるように西崎が諫矢の背中を追いかける。

 そして、俺の横を通り過ぎる一瞬、本当に一瞬だけ。

 西崎の歩が緩み、その言葉ははっきり耳元に届いた。


「――ごめん」

 女王の口からついて出たのは思いもしない一言だった。


「あと、あんがと」

 西崎はただそれだけ言って教室に入っていった。


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