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5-5 後夜祭

 時刻は夕方の五時を過ぎようとしていた。

 校舎の影が裏庭に暗く伸び、廊下に差し込んでいた夕陽も鳴りを潜め、やがて日没に至る時間。

 授業がある平日ならば部活に所属する生徒以外は下校している時刻だが、今日だけは特別だ。 


 郊外に位置する冬青高校のグラウンドからは遠く聳えるのは奥羽の山々。その輪郭にうっすら滲むように残っていたオレンジ色が吸い込まれるように沈んでいく。

 辺りはすっかり夜の薄闇に包まれる。


「「……」」

 最終日の後夜祭。外部から訪れていた来賓も帰り、出店も全て撤収したグラウンド。

 多くの生徒がひしめいているが辺りはすっかり暗くなっていて向こう側まで見ることができない。

 宵闇の中、息遣いとざわめきだけがはっきり五感で感じられる。

 中央部に組まれたキャンプファイアーの大台。

 その前に一人の女子生徒が歩を進めマイクを持ち上げた。


『それでは冬青高校文化祭、後夜祭を開始します!』


 わああっという歓声がグラウンド中から湧き、スピーカーからは賑やかなBGMが流れ出した。


『点火!』

「おおおおっ!」

 火がくべられたキャンプファイアーの台はあっという間に大きな炎となる。

 それと同時に単調だった時間稼ぎのBGMが小気味よいフォークダンスのものへと差し替えられる。

 去年や一昨年を知っている上級生たちは誰に指示をされるまでもなく、自然に炎を囲む輪を形成していく。その様子を俺達一年は外縁から見るだけだ。

 戸惑い半分、これから何が始まるのかという好奇心を弾ませながら見ている無数の背中。

 俺はその様子を更に後ろ、殆ど芝生となったグラウンドの外れで眺めていた。


「一之瀬。なんだよこれ」

 がらんどうの芝生エリアでわざわざ俺の横に来たのは成田大河だった。


「なあって」

 眼鏡を直しながらあからさまに不機嫌さをアピールしてくる。

 成田は最終的に赤坂主導の壁画制作に参加していたみたいだけど、こうやってまともに会話するのは久しぶりだ。


「この雰囲気だと踊るんじゃない?」

「フォークダンスを?」

 失笑混じりの成田。周りのこの雰囲気に辟易しているようだった。


『ほら、そこ!』

「!?」

 思わず身体をびくつかせ目を合わせる俺達。


『さっきも先生が言ってたでしょう! さっさと輪を作る!』

 しかし、それは俺達に向けられた声ではないようだ。

 上級生の男子たちを叱咤する大声がスピーカーから響く。


『あんた達が一年生に手本見せてやんないとだめなのに。先生も言ってたでしょ? 学生の今しかこういう事はできないんだって!』

 笑い声が前方から起きる。

 マイクで煽っている進行役は二年生の先輩だ。

 あの副生徒会長だ。昼下がりに行われた閉会式に続いて、ここでもメインの進行を務めているらしい。

 三年生の生徒会はこの祭りの終わりと共に実質引退扱いなので、後夜祭は残った彼女を始めとする二年生メンバーと有志で運営されているらしい。


『あんたらも去年やってたから分かるよね? さっさと輪を作る! 恥ずかしがらない!』

 しぶしぶ従う上級生男子たち。それに対して女子が笑い声と共に歓迎しているのが見えた。恥ずかしがっている男子と違い、女子の先輩は誰もノリがいい。まるでライブみたいな騒ぎが前方で繰り広げられていた。


『ほら、これで何となくやりやすくなったでしょ!? 一年生も踊って踊って』 

 今のは俺達へのフリか。

 副生徒会長の声に、一年生の中でもちらほらとフォークソングの輪が形成され始める。

 上級生たちで七割くらい出来上がっていた輪があっという間に完成し、そこからはもう完全にダンス開始って感じだ。

 声にならない歓声、黄色い声を上げて踊り出す面々。


「なんだよこれ」

 苦笑いしながら成田が俺に目配せしてきた。

 俺もこういうのは苦手なので、同じような表情で答えるしかない。


『いいね! 今年の一年生はノリがいいっ!』

「去年の俺らがまるで足引っ張ってたような言い方だなあ!?」

『そういう意味なんだけど!?』

 上級生男子たちの大笑いが遠くから沸き起こり、後夜祭のヴォルテージが上がっていく。


「それにしてもあの人が一番楽しんでるな」

 今もマイクで何か言って皆のテンションを上げている副生徒会長の女子。見るからにスクールカースト最上位のリア充って空気を醸し出している。

 桜川さんの欠席が続いていた頃、うちのクラスの文化祭実行委員は実質空白だった。

 そんな時に教室に顔を出し、赤坂と今後のやり取りを話していた先輩があの人だ。あの時はいかにも生徒会所属の優等生って雰囲気だったけど。


「副生徒会長ね。すげえなあの立ち振る舞い方」

 真似しろって言われても絶対無理だ。到底抗う事の出来ない高嶺の存在に同じ高校生なのかと疑いたくなる。


「……」

 半分僻みと負け惜しみでそんなことをぼやいていたら、隣にいた成田が何故か俺を睨んでいる事に気づいた。


「な、なに……?」

 たじろぎながら問いかけると成田は眼鏡の奥ですっと瞼を閉じた。

 そして、もう一度開いた瞳がまっすぐに俺を見る。


()()さ、俺の姉貴なんだ」

「へ?」

 成田はこちらに向き直って真面目くさった顔で続けた。


「だからあのマイクで馬鹿やってる女。俺の姉貴なんだって」

「マジか」

 無言で頷き返される。冗談ではなく、本当にあの超カースト上位っぽいリア充の女子先輩が実姉らしい。俄かには信じられない。全然雰囲気似てねえ……しかし、それを本人の前では言えなかった。

 押し黙る俺に対し、成田は気まずそうに事情を話し始める。


「成田那由他(なゆた)。中学の頃……いや、小学校からあんな感じなんだぜ。人の前に出るのも何も気にしないで仕切ってさ。本当嫌だよ」

「小学校の頃からか」

 生徒会所属とか学級委員とか。子ども同士でも分かりやすくポジションの違い、もっと極端な言い方をすれば優劣を思い知らされるのがこういう肩書や学校の成績だ。

 よりはっきりと分かりやすいテストの順位とかで自覚し始めるのは大体は中学からだろう。

 でも、成田はきっともっと幼い頃から叩き込まれるように思い知らされてきたのだ。

 そんな事を思った。

 成田は今も渋い顔でずっと遠くの姉を見ていた。憎悪とも劣等感とも取れる複雑な表情だ。

 もしかして、完璧な姉の存在が彼の卑屈な性格を形成させたのだろうか。


 俺は桜川さんが言っていた諫矢へのコンプレックスを思い出す。

 いくら追いかけてもその差は縮まらない。桜川さんも成田も幼い頃からそういう存在と向き合ってきたのだ。俺にはあまり縁の無かった幼き日々の苦悩。

 成田は自分と似たタイプだと思っていた。

 でも、似ているけど多分、根本的に異なるんだ。目の前でそんな様子を見せられた俺は何も言えない。


「俺、姉貴に何一つ勝ててないんだ。いっつも比べられて……ほんとあんなやついなけりゃ」

 姉を始めとする冬青高校の皆がこの文化祭を最後まで楽しみ尽くそうとしている。

 その流れを見せられてコンプレックスが爆発してしまったんだろうか。

 石みたいに押し黙っている成田。

 俺も一緒になって遠く、キャンプファイアーの炎を見る。

 けど、温かなオレンジと赤い灯りが今はどこか虚しい。


「成田」

 俺は大きく息を吐いて立ち上がった。目を大きく開いた成田が俺を見ていた。


「俺、諫矢と喧嘩したんだ」

「は?」

 一瞬の間を置いて、成田の驚いた瞳が眼鏡越しに大きくなる。


「あいつの人間関係に口出しした」

「いや、なにをいきなり……」

 突然の俺の言葉に流石に成田も反応に困っている。


「つーか、何でそれを俺に言うんだよ!」

 拗ねたように視線を逸らしされる。

 自虐風自慢と思われたかもしれない。でも構うもんか。


「成田が愚痴ってるから俺も言いたくなった」

「はあ?」

「ここで誰かに言っといた方が俺のモヤモヤが少しましになるから」

「なんだそれ」

 嘲笑する成田。しかしその表情は先ほどまでとは違う。

 どこか晴れ晴れとしたものに溢れている。


「馬鹿じゃねえ。あいつがキレたのか? あの風晴が?」

「疑ってんのか?」

 話を盛っている、そう言いたいんだろう。


「ここで嘘をつく必要ないし。お前があんまり愚痴ってるからこの流れなら俺も人に言えない悩みを打ち明けようと思ったんだよ」

「ちっ」

 言い返すと成田はうずくまる。

 遠くには相変わらずキャンプファイアー煌々と燃えていた。ノイズ混じりのスピーカーからはローテンションの俺達とは真逆の明るい舞踏曲がこれでもかと流れている。

 その流れに、空気感に乗っている皆。

 軽やかに踊る人の輪が時折キャンプファイアーを遮って影を作る。

 何とも幻想的な風景だけど、俺達二人の気は重い。



「信じないね」

 ぼそっと成田が言った。相変わらず挑発的だ。


「俺の方からブチギレさせたんだ。いきなり胸倉のつかみ合いになった」

「マジかよ」

「――誰にも言うなよ」

 成田はおもむろに眼鏡を直す。そして、じっと見つめる俺から再び目を逸らした。


「言わねえし」

 そして、虚勢を張るように俺を睨み直す。


「だいいち俺が周りに言ったところでどうする。まるで俺が言いふらしたみたいになるじゃねえか」

 まだ信じきれない。そんな意図が見え隠れしていた。

 俺がここまでやるやつだとは本気で思っていない顔だ。


「ち、わかったよ」

 でも、じっと視線を合わせていたら根負けするように成田は俯く。


「でも、一之瀬がそんな風に喧嘩するって意外だな」

「そうか?」

「いつも言われっぱなしっていうか。あいつらのグループに入ってもいいなりじゃねえか」

 やっぱりそう見えるんだ。

 俺は少し現実を突きつけられて落胆する。


「まあ、でも……」

「?」

 成田が少し考えたように唸る。

 俺は言葉の続きを待った。


「いいんじゃね。そういうのも」

 そして俺を見上げながら、


「俺にはそういう事できねえし。一之瀬よくやったよ」

 何故かへっと笑う成田は俺をまるで褒めているかのようだった。


「はあ?」

 ――なんだそれ。

 釣られて俺も笑ってしまう。


「ま、そんな事があったから俺は諫矢とはしばらく距離を置いてるんだ。もう前みたいになるのは無理かもな」

「お前もいろいろあるんだな」

 成田が俺の肩をぽんと叩く。

 妙に軽い雰囲気。

 野郎二人でしばらくキャンプファイアーを眺めた後、俺はその場を後にした。



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