15話 名案
俺は購買と校舎を繋ぐ屋外通路のベンチに腰掛けていた。
この時間は混雑のピークも過ぎていて人の数もまばらだ。
購買で買った値引きシールのついた塩おにぎりをもしゃもしゃと頬張っていたら、見慣れた人影が俺の前で立ち止まる。
「一之瀬。ぼっち飯してんの?」
「げ」
恐ろしいエンカウント率に俺は絶句した。
夢の国のマスコット並みに赤坂が校内に何人もいるんじゃないかと思えてくる。
「なにが『げ』よ。ていうか、いつも細かい事を気にする割にぼっち飯はいいんだね」
「別にいいだろ」
赤坂は頬を緩ませている。なんでこの女は俺を追い詰める時は楽しそうなんだ。
「この渡り廊下ってクラスの皆も通るし、少しは人目気にした方良いよ?」
「それは忠告のつもりかな? 単に教室で食べるタイミングなかっただけだっての」
「本当に?」
意地悪く俺を見下ろす赤坂。
教室では西崎に席を占拠されていて食べられなかったんだ。しかし、こいつにそんな事を打ち明けるわけにはいかない。
ぐぬぬと唸っていたら、俺はある事に気づく。
「昼はいつもパンなのか?」
「えっ」
赤坂が手にしていたパンの袋。ちょうどこの辺のゴミ箱に捨てに来たのか綺麗に畳まれて結んである。
「いつも会う時はパン食べてるなって思ったから」
「だから何?」
そして、赤坂は空袋をゴミ箱にねじ込む。
「いつもパンばかりだと栄養偏るよ。もっと米食べろ」
「トイレに行くのが嫌で飯を抜く男に言われたくないんだけど」
うんざりしたように見下ろす赤坂。人をおちょくるのは好きな癖にその逆は嫌いなようだ。
「私は一人で食べるのがいいからそうしてるの。わかる?」
赤坂はこちらを睨みつけるように言った。
「学食とかは行かないのか?」
「え?」
不思議がる赤坂に俺は向こうの学食入り口を指さした。
既に人の姿は殆どなく、全身白の調理服姿のおばちゃんたりが後片付けに奔走しているのが見える。
「ああいう場所って苦手」
「パンならどこでも一人で食べられるし?」
「別にそういうんじゃないけど。喧嘩売ってる?」
今度は赤坂の攻勢が来る。
「一之瀬こそ、ぼっち飯めっちゃ気にする方でしょ? 一人で学食とか無理なんじゃない? でも、私は平気なの。むしろ一人の方が落ち着く」
「まじか。賑やかなグループばっかのあの中で一人で食べた事あんの?」
「いや、それはないけど……」
赤坂が急に口ごもった。流石のこいつでも一人学食はまだ経験していないらしい。
「でも、できるっていう話。北見さん達がああいうとこ行かないから結果的に今迄行った事がないだけ、余裕よ」
「じゃあ行くか」
「は?」
驚いた顔の赤坂。
「せっかくあんな立派な食堂があるのに食べないまま卒業するなんてもったいないなって今更思った」
「大げさな。まだ二年半以上あるのに」
赤坂はそんな事を言うけど、俺は本気でそう思っている。
いつも須山や諫矢、西崎達が楽しそうに学食から帰ってくる。その時に口々に言っているあのメニューがおいしかった。今日のあれは良かった。
そういう一言一言が俺の胸にささる。
「俺は腹の事ばかり気にして何も食えないのに、俺だってカレーライス腹いっぱい食いたい。赤坂は違うのか?」
「え? ええ、それは――私だってめちゃくちゃ食べてみたいけど」
何故か二人の呼吸があった、そんな気がした。
「じゃあ、一之瀬は学食行ってみたいんだ?」
「なんだよ。その言い方」
赤坂の表情が途端にゆるむ。
「私と一之瀬が二人で行くのは噂が余計勘違いされそうだから嫌。でも、江崎さんとか北見さん誘ったら来てもいいよ?」
「そ、それは……」
赤坂が提案してくれた内容は俺にとっては到底許容できないものだった。
「男一人が女子と一緒に学食……? はずかしすぎる」
「まあ、一之瀬だとそうなっちゃうよね……」
俺の残念ぷりを赤坂は一瞬で察知したらしく、言った瞬間しまったという顔をした。
「ごめんな。せっかく提案してくれたのに」
「別に。私はただ言われてみれば学食で食べたことないからそういえばそうだなあぐらいの気持ちだし」
赤坂が目を逸らしながら言った。多分、学食行きたいのはほんとなんだろうな。
「赤坂って根っこの性格はお人好しだよな」
「なにをいきなり」
赤坂が面食らった顔でもう一度俺を見た。
「こうやって俺に協力してくれたりするじゃないか。悪いやつじゃないんだなって」
「今更いう?」
苦笑いしながら赤坂が肩を揺らした。午後の日差しが柔らかく彼女の肩先から髪を照らしていた。
それを見ながら俺は思った。こんなたわいない話、くだらない話をしているこの瞬間こそがもしかして青春ってやつなんだろうか。
赤坂と昼休みベンチで二人、こんな熱に浮かれたような会話をしている――発端はどうであれ。
「そうだ。諫矢ならどうだ?」
「え?」
きょとんとした赤坂の顔に俺は続けた。
「俺は諫矢とそれから須山も誘う。それならいいだろ。赤坂も北見さんとか呼べよ」
赤坂はなるほどという顔をする。
「いいわね。それなら違和感ないって? でもそれやったら須山と一緒にいる人たちも多分来るよね?」
「それは西崎とか竹浪さんの事を言ってる?」
赤坂が首の動き一つだけで返事した。
「あの人たち、学食で迷惑行為してそうだし一緒に見られたくない」
「うえ」
はっきり言うな。西崎たち相手には遠慮しない赤坂のメンタルの強さに恐れ入った。
「でも、それってお前にもメリットがあると思うぞ」
訝しがる赤坂に俺は続ける。
「直接あいつらがいる中で俺達の関係がなんでもない事を思い知らせてやるんだよ」
言った瞬間、赤坂がはっとした顔をした。
「つまり、学食に行くという目的も完遂しながら私と一之瀬の面倒臭すぎる誤解も解けると?」
「ああ。どうだ?」
「学食、気になってたのは本当だけど」
まだ迷っているようだった。
ちらりと俺を気にする赤坂。
「それに、一之瀬一人じゃ多分食券も買えなさそうだし」
「うるせえよ」
「だから一回だけ付き合う」
赤坂はベンチに座る足を組みかえた。なんか嫌味を言われた気もするけど納得はしてくれたようだ。
「決まりか?」
「ええ、一気にカタをつけましょう」
決まった。俺は心の中でガッツポーズしながら、ふと売店横の時計に目が行った。
そして、もう一つのある事に気づいた。
「あ、忘れてた」
「何? まだ何かあるの?」
急いで西崎からもらった百円玉を取り出し、自販機に灯ったカフェオレのボタンを小突く。
更に他のジュースも購入。ガシャンと音がしてパック飲料が次々と落ちてくる。それを見ていた赤坂は怪訝そうに首をかしげている。
「何をしているの? それに一之瀬って乳飲料嫌いじゃなかったっけ?」
「西崎に頼まれたんだよ。ほら……あいつ、良く俺の席の周りにくるじゃん」
「ああ、頼まれたんだ」
「まあな」
答えると赤坂は小さく息をつく。
「ていうか、一之瀬ってしょっちゅう西崎さんに席取られてるじゃない? それで今度は使い走りにされてるの?」
どうやら、相当に人間観察されているようだ。アイデンティティを解析されてる感まである。
こいつがAI開発の権威なら、俺のコピーが何人も世に放たれていそうだ。
「赤坂。お前の方こそ、何で俺が乳飲料飲まないのを知ってんだよ」
「そ、それは……フツーに考えてそうじゃない!? だって、あんたお腹弱いし」
咄嗟に話題を逸らそうとすると、赤坂はカウンターでも喰らったように表情を一変させる。
「もういいわ。とにかく学食の件は分かったから……じゃあね!」
そう言って、赤坂は足早に去っていった。
赤坂に遅れる事数分。俺は教室に戻る。
まだ予鈴前だが俺の席は相変わらず西崎が占領していた。
「西崎。ほら、これ」
俺が飲み物を買いに行った事すら忘れていそうな西崎の眼前に、カフェオレを突き出した。
「サンキュ」
意外なことに西崎はすんなり受け取る。
俺は即座に窓辺へと退避。
それはまるで、道具を演者に渡すと同時に舞台袖に消え去る黒子みたいな動きだった。
「遅かったじゃん。どっか行ってたの?」
と、竹浪さんが今度は俺に興味を持ったのか話しかけてくる。
西崎に比べると飴とムチみたいな対応の違いだ。距離感も近くて危うく勘違いしそうになる。
そのタイミングで、コーンと予鈴が重なった。
「次古文じゃん。だるー」
西崎が気だるげに立ち上がる。そこでようやく、俺は自分の席に座る事を許された。
「なんなんだよ、あいつ」
「まあまあ。西崎もカフェオレには感謝してる筈だから」
なだめようとする諌矢。その背中越しに、丁度教室に戻ってきた赤坂が見えた。
席に着くと同時に隣の女子に話しかけられ、それに気さくに答える。
こうしてみていると普通に良い奴そうなんだけどな。
さっき一人で食べるのが好きとか言っていたのは強がりなんじゃないかと思えてしまう。
「もう少し素直になればいいのに」
俺が呟いた言葉。前席に座ろうとした諫矢はそれを怪訝そうに聞いていた。




