4-24 約束の場所
コンビニで休憩を終え、俺達は再出発する。
国道に出ると、開けた平野がどこまでも広がっていた。
「あの山見えるか? マジすげー!」
彼方に聳える巨大な山。それを指さして須山がはしゃいでいる。
ピラミッドのようにきれいな円錐形が地平線に沿って生えていた。それは、この地方で津軽富士と呼ばれている有名な山だ。
どこまでも広がる田野と林檎の木の果樹園。実った赤い果実に陽ざしが当たってあちこち金色に反射している。
緑の大地を一本道のアスファルトの灰色が続き、その果てには空の青が見える。市街地育ちの俺には新鮮な光景。
そよぐ風も日を浴びて温か。自分がその風景の一部になったような気分だ。
そうしていたら、徐々に民家の数も増えてきて――
「おおお、ようやく到着だー!」
須山が歓喜の雄たけびを上げる。
道路の青い看板には目指していた場所『大前市』の名前。
目的の街へととうとう踏み入れたのだ。
流石の須山も息が上がりかけていた。肩が上下左右に動いている。
そこは肩の上げ下げじゃないのか、須山の動きは見ていて非常に気になる。
「三時間ちょいか。結構走ったね」
一方の白鳥はそこまで疲れていなさそうだ。いい汗かいたとか言い出しそうな笑顔で余裕そう。こいつも大概チートだな。
「桜川さんは――」
あっ。
「大丈夫?」
完全にバテていて、俺の言葉をスルーするくらい余裕がないらしい。
あとはそっとしておこう。
「須山。これからどうするの? 昼飯?」
軽い食事は道中のコンビニで済ませたが、どこかでガッツリしたちゃんとした食事を摂りたい。
「あーそれな……よし、大丈夫っぽいな」
須山は俺の提案をやんわりと流す。
そして、おもむろにスマホの画面を向けてくる。
「えっ……なにこれ」
そこに表示されていたのはアプリのトーク画面。そのメッセージに唖然とする。
差出人は竹浪さんらしい。自撮りしている画像があって、背後に見える駅の看板に目が行った。
「これって……」
俺達が今いる街と同じ名前、『大前駅』とある。
「竹浪達もついたって。早く合流しようぜ」
「いや、ちょっと待ってよ。どういうことだよ」
「飯食いに行くんだよ。わかんだろ? もう昼だぜ。あー腹減った」
須山は腹をぐうぐうさせながら言うけど、問題はそこじゃない。
「飯食いに行くのは分かった。でも竹浪さん達も来るなんて聞いてなかったぞ」
「あれぇ? ナッツに言ってなかったっけ?」
小首を傾げる須山。ナッツってのは俺の新しい呼び名か。安定しないな。
でも、今はそんな事に気を取られている場合じゃない。
「なあ、白鳥――」
今の聞いたか?
そう言いかけて恐る恐る振り返ると、白鳥も同じような顔をしていた。
「え。竹浪さん達は電車で来るんでしょ? 一之瀬君聞いて無かったの?」
きょとんと小首を傾げていた。
「私もさっき白鳥君から聞いて知ってたけど、一之瀬君だけ知らなかったの?
「は?」
桜川さんの言葉に俺は呆然とした。
「皆でご飯食べに行くんでしょ?」
どうやら皆今日の詳しい段取りを知っていたらしい。
「どうして俺だけいっつもこうなんだ……」
♦ ♦ ♦
合流地点の駅は市街地の中心にあるとのことで、徐々に近づくにつれて活気も溢れてきた。
元は城下町の界隈を通ると武家屋敷に欧風建築の教会が並んでいて歴史を感じる。
「あはは。本当に自転車で来てるよー!」
そんな街並みのを抜けた広いロータリー。駅のすぐ傍にあるコンビニに竹浪さんはいた。
隣にはもう一人の女子もいて笑顔で手を振っていた。確か、山吹美由と言ったっけ。
竹浪さんに負けず劣らずのギャル系女子だ。
「うるせえなあ! お前らも来ればよかったじゃねえか」
須山は二人にからかわれながら、でも満更でもなさそうだった。
「お疲れー。なっちゃんも大変だねー!」
少し離れた場所に自転車を停めると竹浪さんが挨拶をかます。もっさもっさとボリューミーなポニテを揺らしてご機嫌だ。
「ほんとコイツうるさかったっしょー?」
「それなりに」
「あっはは!」
終始笑顔の竹浪さんに言ってやると、もう一度白い歯を見せて大笑いする。
「途中からは流石に疲れたのか大人しくなってたんだけど。でも竹浪さん達に会ってまた元気出てきたっぽい」
「うわ、やだそれ」
「おい竹浪、どういう意味だそれは!?」
「つか一之瀬毒舌だな」
山吹も便乗してくる。どことなく竹浪さんよりも口調が荒い。見た目は綺麗目な感じのギャルだけど口調は微妙にオラオラ系だ。怖い。
「お? 委員長も来てるじゃん。風邪治ったー?」
そうしていたら竹浪さんが桜川さんに気づく。
「何とか……心配かけちゃってごめんね。週明けはもう大丈夫だから」
「ううん。いい、いい!」
竹浪さんと桜川さんは普段は接点ないけど女子同士普通に仲良くやり取りしていた。
しかし、こうしてみると女子三人に野郎三人か。俺としては一緒にいる男子が須山と白鳥で心底良かった。
「なっちゃん、どした?」
竹浪さんがこっちを向くと山吹まで俺に注目する。
そんなにガン見するのは止めてくれ。
反応に困って口ごもっていたら、竹浪さんが『あー!』と相槌を打つ。
「あ、瑛璃奈も紫穂も今日はいないよ!?」
「そんなに西崎や野宮を恐れているように見える?」
「「うん」」
口を揃えてギャル二人が頷く。
傍らでは桜川さんが笑いをこらえるように口元を抑えていた。
「失礼だな」
「あはは!」
気分が悪い。そう意思表示すると思いきり山吹に笑われた……
「うちらしか来てないよ。安心した?」
「別に俺は西崎の事怖くもなんともないんだけど」
「何で強がってんの!? ウケる」
そう言って竹浪さんが俺の肩をバシバシ叩く。痛い。やめて。
ちらちら脇が見える丈の短いシャツでそういう風にボディタッチするのはやめてほしい。
「何、一之瀬って瑛璃奈と仲いいんだ?興 味あるなあ。聞かせて聞かせて」
しかも、同じ話題が続くせいで山吹まで俺をいじってくる。めんどくさいことになってきた。
「山吹さんも何か勘違いしてる……」
ようやく発言した俺に山吹はくいと小首を傾げた。
山吹は西崎の次くらいに派手な見た目をしている。脱色されたサラサラストレートのロングヘアは多分縮毛矯正だろう。すごいサラサラ。背も高く大人びた印象があって苦手意識を抱く。
物腰こそ穏やかだけど、妙に大人びていて常に主導権を握られてる感がやばい。怖い。
「それは――とにかく違う」
「言ってから理由考えてない?」
「うっ」
まるで年下の子供でもあやすような言い方だ。
竹浪さんはともかく、普段話さない女子にこうも一方的なコミュニケーションを繰り出されたらどう返したらいいか迷う。本当に困った。
「そういえば、なっちゃんって文化祭で瑛璃奈と紫穂達と一緒に作業してるよね!?」
俺のそんな内心を見て助け船を出そうと思ったのか。
竹浪さんが唐突に話題を変える。しかも、文化祭の話に。
「え、一之瀬君そうなの?」
この話に興味を持ったのはこれまで休んでいて文化祭準備の様子を全く知らない桜川さんだ。
「普段、西崎さん達とはあまり関わらないよね。意外」
「そう?」
「大変そうにしてるけど頑張ってるよ。ね? なっちゃん?」
竹浪さんが片目を瞑って俺を見るけど、それどころじゃない。
「あれ? なっちゃん?」
「大丈夫?」
桜川さんが俺を覗き込むように見ていた。目と目が合い俺はようやく自我を取り戻す。
「なんとか!」
「なんとかって……話きいてたのかー?」
山吹さんが茶化すように笑っていた。
この空間いろいろな意味でプレッシャーが強すぎる。
「そうだ。文化祭の出し物なんだけど」
「え? 竹浪さん何?」
竹浪さんが思い出したように声を上げた。それに反応した桜川さんが顔を離す。
「ほら個人でエントリーして体育館でやるやつ。バンドとか――」
「うちのクラスでも誰かやるの?」
「うんうん。女子でもバンド組んでやる人たちいるみたい」
「誰がやるの? ちょっと気になるかも」
竹浪さん達と早くも意気投合する桜川さん。流石は女子、恐ろしい適応力。
「そういえばさ。桜川って楽器とかできるって聞いたんだけどマジ?」
「一応これでもピアノを少し」
「わお! お嬢様じゃん!」
山吹が声でかめのリアクションで応える。
「あはは。そんな事ないよ」
楽しそうな声で答える桜川さん。そのまま女子三人で向こうに行ってしまった。
「終わった……のか?」
俺はその時初めて自分の身体にのしかかっている恐ろしい疲労感に気づいた。
よく考えたら女子だらけの空間にいたのだ、仕方ないね。
しかも内二人は超が付く陽キャのギャル。残り一人も腹黒い委員長。ほんと油断ならないな。
「なあ、白鳥。今日は一緒に来てくれてありがとな」
「え、どうしたの急に」
駐輪場で白鳥に話しかけるとびっくりしたような反応をされた。
自転車のサイドスタンドを立てる動作のまま、硬直した瞳がじっとこちらを見据えている。
「白鳥がいなかったら俺、この後どうなってたか分かんなかったよ」
「ええ……どういう事!?」
さしもの腹黒頭脳派キャッチャーも困惑を隠しきれていないようだった。