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4-22 街を越えて

 四車線のバイパス道を自動車がかっ飛ばしていく。俺達はその横をゆっくり自転車で走る。

 郊外に続く道路沿いにはカー用品店やホームセンターといった店舗が建ち並んでいた。

 だが、休日のそれも早朝という時間帯もあってか広い駐車場はがら空きだ。


「この辺なんだよね、僕ん家。あの通りを曲がった先にあるんだ」

 すぐ後ろをついてくる白鳥が話しかけてきた。 


「そうだったのか。この辺で集合にすれば良かったな」

 つまり、白鳥はわざわざ俺達と待ち合わせる為に進行方向とは逆の所にまで来てくれたという事になる。


「須山がもうちょい頭を利かせてればな。集合場所を変えられたのに」

「大丈夫大丈夫。自主トレのついでにもなったし」

 快く答える白鳥。その表情は本当に楽しそうだった。その後ろをからは桜川さんがついてきている。しかし、白鳥とは違い少し疲れた顔だ。

 桜川さんは運動部でもないし女子にはきついんじゃないだろうか。そんな懸念が顔に出ていたのだろうか。


「私は大丈夫だからっ」

 そんな風に言われてしまう。

 ついていけないなら休憩や最悪撤退も考えていた。だが、あの意思の強さを蔑ろにしたら恨みを買いそうだ。


「一応休憩も取るから遠慮なく言ってよ?」

「……」

 返事はない。黙々とペダルを漕いでついてくる。

 もし、本当にきつそうになったら俺達の提案という事にして休憩を取ろう。



 ♢ ♢ ♢



 広い道路の彼方にうっすらと山並みが見える。

 住宅もまばらになって店舗も減っていく。そこから先にあるのはダンプカーが往来している謎の施設やトラックの物流拠点を通り過ぎる。木々の緑も目に見えて増えまさに山の中って感じになってきた。


「おー! 緑がうめえ!」

 須山はそんな事を先頭で言いながらシャカシャカ走っていた。サッカー部らしい無尽蔵のスタミナだ。


「普段は自転車でこういうところには来ないからね。何か新鮮な気がする」

 白鳥も楽しんでいるようで何よりだ。


「桜川さん大丈夫?」

 俺は若干ペースを落としてこのメンバー唯一の女子を気遣う。


「本当に大丈夫だから!」

 気温が高くなってきたのもあって顔には汗が浮いている。


「ペース落とそうって須山に言おうか?」

「いいっ!」

 頑なに拒否するように声を上げる。


「これでも昔スイミングしてたし。別に体力ないわけじゃないもん!」

 梃子でも動かない。こういうところで妙に意地を張るのが桜川清華という女子なのだと思い知る。

 その後も俺達は山中を通るバイパスを走り続けた。

 道路も二車線に減り、周囲から注ぐ朝日の木漏れ日がびしびし瞼を刺す。眩しいったらない。


「暑いな……」

 坂の勾配もきつくなってきた。横を抜いていく車は苦もなく上っていくけど俺達は自転車なのだ。

 六月の球技大会前に行った赤坂の住む郊外もチャリでは結構きつい行程だったが、あの時とは違う。今回は市町村を越えた先まで。しかも行って戻って来なければならない。


「そろそろ休憩を――」

 無理に体力を消耗する事は無い。どこか開けた所を見つけたら一休みしよう。

 そう思い皆に声をかけようとしたのだが、


「っしゃあ! 一気に追い込み行くぞ!」

 須山が割り込んできて俺の提案を封殺した。


「見てろよおおお!」

 自転車漫画の登場キャラのような勢いで猛烈に加速し始めた。


「桜川さんも来てるから張りきってるね、須山君」

「ああ。女子がいるからあのテンションね」

 白鳥は言うけれど、残念な事に桜川さんは全然それどころじゃないんだよな。

 後ろの桜川さんは息を切らしながら必死に立ち漕ぎしている。

 やばい目が合ったぞ。


「一之瀬君ッ! 須山君はもう勝手に行かせていいんじゃない!?」

「ええ……」

 切羽詰まった時に人間の本性は見えると言うけれど……


「須山かわいそうに」

「いいんじゃないかな」

 だが、隣の白鳥も桜川さんに同意のようだ。


 ――こいつら人の心とかないのか?





 ようやくの思いで坂を上った後は緩やかなカーブが続くようになってきた。

 さっきよりはちょっと楽だ。

 ふと、道路沿いに気になるものを見つけた。


「なんなんだろなこれ」

「さあ?」

 俺達はそんな呑気なやり取りを交わす。

「滑り止めなのかな?」

 カーブを超える度、道路脇に謎の箱が置かれていた。何やら滑り止めの砂袋が入っているらしい。


「車の中から何となく眺めてたけど、実際こうやって近くで見るのは初めてだ……」

 有料なのか、普通のドライバーが使ってもいいものなのか。そもそもあれはどうやって使うのかという根本的な疑問など。謎はより具体的になって俺の中を巡る。

 でも考えてもしょうがない。すっかり日も上ってきたし。


「考えるだけ無駄か、急ごう」

 終わりかけた夏の悪あがきみたいな熱に耐えて俺達は進む。

 そして、緑が徐々にまばらになっていきついに山を越えたのか。開けた平野に出る。


「おおおコンビニだ! 助かったー!」

 全然疲れてる風じゃない須山が一番に喜ぶ。田畑が広がる道路の彼方に聳えるのは見慣れたカラーリングのコンビニの看板だった。


「休憩休憩!」

 ママチャリを降りた須山がそのまま店内に入っていく。


「なあ、白鳥。最後にこういう店見たのいつだっけ?」

「山を越える前だね」

 なるほど、よくここまで走ってきたもんだ。

 俺は自分を自分で褒めたくなった。


「はあはあ……ついたの?」

「まだ半分くらいかな?」

「そっか……」

 少し遅れてやってきた桜川さん。自転車から降りるなり膝に手をつき肩で息をしている。相当お疲れのようだ。


「本当に大丈夫? 休み多めに取ろうか?」

「……ありがとう。助かるわ」

 素直に頷く委員長は学校で見るみたいに礼儀正しい。

 流石に限界なのか。限界を超えて本性を更に超えた何かが出ているのだろうか。先ほどまでの我儘な小悪魔キャラはどこいった。


「一之瀬君は飲み物とか大丈夫なの?」

「さっき飲んじゃったよ。ここで補給した方がいいかもな」

 一応、飯も食っていくか。そんな流れになる。

 ふと、俺はこれまで走って来た道を振り返った。

 どこまでも青空が広く感じられる平野。遠くに緑や民家は見えるけれど、市街地よりも空の低さが目についた。


「もう隣町か」

 アプリを開くと山を越える前とは打って変わった地図が広がっている。

 三人に少し遅れて俺も自動ドアをくぐった。店内はトラック運転手ぽいおっさんと俺達くらいしかいない。田舎町の休日の午前。何とも間延びするような空気感だ。

 飲料売り場でお茶を選んでいたら白鳥と鉢合わせになる。


「白鳥。今日は来てくれてありがとな。野球部も忙しいだろうに」

「ううん、大丈夫だよ。それに前も言ったでしょ? 今ってちょうど時間が空いてるんだ」

 白鳥が選んでいるのは麦茶だ。

 野球部やってる時はやかんから直飲みしてるんだろうかとか、そんな想像をしてしまう。


「よく考えたら一之瀬君とこうやって遊びに出た事ってないね」

「確かに。夏休みの時に皆で遊んだけど、あの時はいなかったっけ」

 運動部グループの男子は数人見たけどその中に白鳥はいなかった。


「前にも言ったでしょ? 僕、知らない人が多いのは苦手なんだ」

 飲料コーナーのガラス戸をそっとしめながら歩き出す。あとは適当におにぎりと腹の足しになりそうな物を選ぶか。

 俺は小さなカップに入ったカニサラダ。白鳥はトルティーヤとカップに入ったチキンナゲットだ。レンチンすると絶対美味い。


「朝っぱらからよくそんなに食えるな」

「早く起きたからね。あまり食べてないんだ」

「確かに」

 間違いなく俺も腹は減っている。あれだけの距離を自転車で走ってきたのだ。


「でも今日は来て良かった。須山君も面白いし」

 白鳥は屈託のない笑みを浮かべた。その表情のまま両手に品物を抱え歩き出す。


「まあ、あいつがいて退屈するやつはいないな」

「分かる」

 一足先にレジに並んでいる須山の背中。それを見て二人で笑い合った。


「なあ白鳥。野球部楽しいか?」

 本当に唐突に、俺は問いかけていた。

 球技大会以降の事を思い出して何となく確かめたくなったのだ。


「うん、とっても!」

 振り返った白鳥の、心から楽しそうな声が印象的だった。

 広いコンビニの駐車スペースにはトラックが一台停まっているきりだった。

 俺達はそれを見ながらコンビニ入り口前のスペースで手早く食事を済ませた。


「あーくそ。こんなんじゃ食い足りねぇよ。からあげ買ってくるー!」

 須山はあっという間に昼食のコンビニ弁当を平らげるとまた店に入っていく。


「俺もちょっとトイレ行ってくる」

 それに乗じるように俺も須山の後に続いた。

 よく考えたら学校のトイレに入る事をあれほど嫌がっていた俺。そこから大分マシになったものだ。

 まあ、今日はよく話す友達が一緒だからな。気にしなくてもいいって脳が判断してくれているのかも。


「友達……か」

 綺麗なトイレの個室内。一人呟いた俺は知らず頬が緩んでいる事に気づく。

 自然とそんな風に言えてしまった自分に驚いた。そう自覚したら自然と笑みが零れたのだ。


「おかしいなあ」

 高校に入った頃、こんな風にクラスメートの事を気軽に友達とは呼べなかった。

 向こうはどう思っているか分からないし、そんな不確定な関係を友達と呼んでいいものなのか?

 かつての俺ならそんな風に勝手に悩んで壁を作っていた気がする。

 しかし、今はそんな彼らと一緒に自転車で街を越えて遊びに出ているのだ。これが友達じゃなくて何なんだと言いたくなる。


「こういうとこなのかなあ……」

 俺はいちいち気にし過ぎる。こんな事を一瞬でも考えたのを赤坂に知られたら絶対馬鹿にされる。

 ここが個室トイレで本当に良かった。


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