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4-21 秋なのに

 台風明けの連休初日は穏やかな晴天だった。

 風を肌で感じるとまだ温かみがある。今の時期はまだ、夏の面影が色濃く残った季節なんだ。

 しかし、それもあと少しで終わりだ。

 どこか寂しげな気持ちにさせる全盛期を過ぎた温かな風。逆らうように自転車を漕いだ。

 向かう先は市内の博物館。須山や白鳥と待ち合わせる予定になっている場所だった。

 まだ早朝のせいか入り口は移動柵で閉め切られていた。しかし、その閉ざされた門前に見慣れた白鳥の姿がある。


「一之瀬君。おはよう」

「おはよ。もう来てるとは思わなかったよ」

 白鳥は白のパーカーに動きやすそうなパンツスタイル。アスリートが朝の河川敷沿いを走ってそう。その一方でどこかストリートとかスケボーやってそうなカッコよさも備わっている。

 要は白鳥の着こなしはそういう服でも野暮ったさを感じさせずお洒落に決まっているということ!

 一方の俺は暗色系のシャツとジーンズ。まあ、いつものスタイル。

 出歩いて他の人と関わるようになったせいでバリエーションの無さがそろそろバレそうだ。最近は割と本気で『いつも同じ服だなあいつ』とか思われてそうな気がしてきたぜ。


「朝練終わってそのまま来ちゃったんだ。気にしなくていいよ」

 俺は余程難しい顔をしていたのだろうか。白鳥はこちらを気遣うような声をかけてきた。


「あとは、須山か」

「だね」

「言い出しっぺが寝坊だったら笑えないな」

 コンクリートの門柱に背中を預け、向こうの欧風建物を見た。


「いいなあ。ああいう建物って。大正浪漫を感じるなあ。いや、明治ロマン?」

 緑の屋根が空の青と優しげなコントラストを演出している。

 明治大正期を彷彿とさせる欧風の木造建築はかつてこの街の重要な庁舎だったらしい。だがその役目も既に終え、現在は博物館に改修して使っているとの事だ。


「函館の公会堂もあんな感じだったよね」

「なに、白鳥の小学校も修学旅行は函館?」

「うん。函館とあとは――」

「「熊牧場」」

 どっと笑いが同時に出る。


「まあ、同じ県内だしな。修学旅行先なんて似たようなものか」

「そうそう。一之瀬君のとこは洞爺湖とかも行った?」

 パーカーの紐を手できゅっと引っ張りながら、何やら可愛いらしい動作なのが印象に残る。


「行った行った。マジで被ってるな」

 函館から大平原地帯を移動しての熊牧場、そして洞爺湖。聞いたら殆ど同じコースだった。

 そして、札幌までは行かなかったというところまで同じだった。

 県内の小学校の修学旅行は殆ど一泊二日なので札幌までは行かない。

 一度は行ってみたいなあ。そんなやり取りをしながら時間を潰す。


「まだ六時か」

 休日なのもあって、車はおろか人通りすら皆無だ。

 だから、人の姿でも見えるものなら自然と視線が吸い寄せられるわけで――


「あれ?」

 ふと、朝霧の中、こちらに向かってくる影が見えた。


「あれは自転車か?」

 だが、サドルに跨っているのは巨漢の須山では無い。

 でも、よく見知った顔だった。


「おはよ」

「は、何で……?」

 俺は思わず指を差したまま固まっていた。

 何故ならば現れたのは桜川清華だったからだ。


「だって時間と集合場所教えてくれたじゃない? だから来たの」

 桜川さんは黒髪にしきりに指を通して気にしている。風で乱れたせいだ。

 その格好は白鳥と同じようなラフな着こなし。薄手のパーカーにスキニーのズボン。肌はあまり出ていないのに華奢なボディラインが浮き出ていて女子なんだと思い知る。


「一之瀬君……これってどういう?」

 不思議そうな顔をする白鳥だけど、俺にはよく分かっていた。


「何気なく言っただけなのに」

 しかし、桜川さんはしっかり覚えていた。

 だから、連絡先なんて交換しなくてもこうやって落ち合う事が出来たのだ。


「この前図書館で会ってさ。その時に今日の話をしたんだ。でもまさか桜川さんも一緒に行きたいだなんて――」

「ダメ?」

 白鳥に説明していると、桜川さんが不安げな声音で聞いてくる。

 その表情は儚げで清楚で可愛らしい。彼女の腹黒さを知らない普通の男子なら全員ひっかかってしまうだろう。


「う……」

「ねえ、一之瀬君?」

 だめ押しだ。それに本人が行くと言っている以上、断る理由がない。


「あれー、いいんちょじゃねえ!?」

 そこに須山が悠々とチャリを漕いで現れた。俺達のシティサイクルとは違う前後に籠のついたママチャリ。

「おうおう、どうしたどうした!?」

 筋骨隆々のラガーマンみたいな腕でママチャリを牽きながらこちらに歩いてくる絵面は威圧感がある。

 考え得る限り、最大限にややこしい状況だ。


「桜川さん。身体の方は大丈夫なの?」 

 啞然とする俺を余所に白鳥が尋ねた。

 どこか遠慮がちな聞き方なのは桜川さんを気遣ってだろうか。

 事情があって何日も休んでいたのは白鳥も分かっている筈だ。


「ああ、うん。一応もう大丈夫だよ。ね? 一之瀬君」

「えっ」

「えっ」

 思わず聞き返してしまう。俺と桜川さん、それから白鳥の間で微妙な間が訪れた。

 その横で須山はバカみたいに口を開けて様子を見ている。


「えーと」

 こちらをガン見する桜川さんの目力が凄まじい。これはもう話を合わせろと言う事なんだろう。


「そうだな。桜川さんの体調が良いなら大丈夫なんじゃない? 無理そうなら途中で帰るのもアリだよね?」

 その時は俺も一緒に引き返すしかないか。今回の一件を彼女に打ち明けた立場としてそれなりに面倒は見てやらないといけないからな。

 そんな風に二人に伝える。


「いいじゃん。それならいいんちょも行こうぜ!」

 大笑いしながら須山はチャリに跨って走り出す。


「女子もいるなんてな! おもしれえ事になりそうだ!」

 何か張り切っている。朝っぱらの街中に響く大音量は絶対近所迷惑だ。

 俺は自転車に跨ろうとしたところで傍らの桜川さんをもう一度見た。

 何か一つ決意をしたような、そんな視線がこちらに向く。


「女子にはきっついよ、多分?」

「大丈夫、もう大丈夫だから」

 絶対についてくるという意志を感じる。

 どこか痛々しささえ宿るその瞳。俺は逸らすことが出来ない


「そうか。じゃあ、良いけど――」

 サイドスタンドを蹴倒すと、桜川さんも自分の自転車に跨った。


「ありがとう。一之瀬君っ」

 シャンプーか制汗剤だろう。隣を走る彼女の黒髪から桜の華の香りがした。


 ――もう秋がやってくるのに。

 俺は自転車を漕ぎながらそう思った。



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