13話 新しい景色
中間テストが終わって初めてロングホームルーム。
弛緩した空気を活気づけるためか、担任の口から入学後初めての席替えが発表された。
「よっしゃー!」
どっと沸く教室。
「学級委員、あとは任せたぞ」
めんどくさそうに言い放つ担任と入れ替わりに前に出たのは見るからに優等生っぽい委員長の女子と副委員長を務める諌矢(こんな軽薄な男でも学級委員なのだ)だった。
くじで決めねーか? そんなやり取りが諫矢や教卓前の連中の間でかわされて決定する。
ルールはいたってシンプルだ。くじを一人ずつ引いていって書かれた番号を黒板の座席表に書いていく。
おおかたの番号が分かったところで新しい席への移動が始まった。
「私達近くの席だね。良かった~」
「お前が隣だと成績落ちそうだなー」
椅子や机を動かす音や愉しそうな会話で教室は雑然としていた。新たなクラス模様が構築されていく。
ちなみに俺の席は窓際の一番後ろ。教室廊下側の前から二番目だったので移動距離は一番長い。
ようやく席を移動したところで見知った顔が声を掛けてきた。
「よろしくな。夏生」
諫矢はちょうど俺の前か。赤坂とは違って気軽に話しやすそうでほっとする。
「廊下側と違って窓際も良いな」
「昼寝しやすいしな」
そんな軽口を叩く。
クラスで最も打ち解けている諌矢がすぐ前にいる。席替えガチャ大当たりだ。
この幸運と引き換えにとんでもない対価をどこかで支払わねばならなくなるのでは?
そんな杞憂すら感じる。
――そして、その杞憂は本物となる。
「おお窓側~! サボれるじゃんっ」
女の声。
俺の隣に現れたのは、いかにも陽キャって感じのギャル系の女子だった。
短いスカートから伸びた脚は健康的な小麦色。てっぺん近くで結われたポニーテールはパーマがかけられていて重量感がある。
動く度、南国の派手な鳥の尾羽みたいにわさわさ揺れている。
「わあ、風晴だー」
「愛理じゃん。よろしくな」
慣れた口調で挨拶をかわす諫矢。
それもそのはず。いつもこの女子は教室後ろで集まっているグループの一人。諫矢とも仲がいい。
確か名前は竹浪愛理
窓際から注ぐ陽の光を浴びてエメラルドのように輝く髪。竹浪は俺に気づいてにこっと人懐っこそうな笑顔を浮かべた。
「一之瀬だっけ? 風晴と仲良しなんだよね? よろしくっ」
「よろ――」
言いながら机の上に教科書の山を無造作に積み上げる。
「あー疲れたー。何でこの学校こんなに参考書とか多いん」
「一応進学校だから……?」
うんざりした様子で俺に同意を促すような視線を向ける。俺は答えるもののこういう返しって果たしてどうなんだと自分で考えてしまった。ほんと女子相手だと会話につまる。
「他の学校もこんなあんの!? 置き勉しきれないくらいあるんだもん……ね!」
「ああ、うん」
「愛理。お前ほんと距離感バグってるな。夏生が困ってる」
諌矢が俺の心境をトレースするかのように代弁した。
こいつは読心術の使い手か。
「え、そうなの!? ごめんね?」
少し困っている俺に気づいて竹浪は手を合わせて謝ってくる。なんかこういう切り替えほんと陽キャって感じがする。
「愛理。あんまうるさくしてたら俺もとばっちりで当てられるなこれ」
「は? 風晴それどういう意味それ」
諫矢とはしゃぐ竹浪さん。俺は早速会話から置いてけぼりの状態になった。
――そういえば、赤坂の席は。
ふと視線を巡らすとすぐに見つかった。最前列の教卓前、左に二つ分動いただけだ。くじの意味が殆ど無いよ。
赤坂は隣の女子に話しかけられて答えているようだった。俺を言葉責めする時の超強気な本性はこれっぽっちも見せない。
「あれー風晴じゃん」
その様子を眺めていたらもう一人、女子生徒がやってきた。
視界で目に付く異彩。指定外のキャメルのカーディガンと彼女自身の髪の色のせいだ。
ハチミツみたいな濃い金色の髪は毛先に向かって薄茶に透けていくようなグラデーションがかけられている。
西崎瑛璃奈このクラスの恐るべき女王だ。
諫矢に竹浪に更に西崎か。周囲を陽キャに囲まれた……あれ?
しかし、俺は手ぶらの西崎を見て違和感を覚えた。
「なに?」
「いや」
マスカラで盛られた睫毛をぱちくりしながら、キツそうな目が俺を睥睨した。
この一瞬のやり取りで俺と西崎の中での格付けが決まったようだった。
「西崎は席どこ?」
俺とほぼ同時に気づいた諫矢が尋ねると、
「私なんて一番廊下側なんだけどー。マジ無いから」
そう言って、だるそうに顔を反対側に向けて見せた。
その先は廊下側の列。空席の場所が西崎の席らしい。
「そういや、一之瀬だっけ? 席交換しない?」
「ええ……」
俺の反応を見て西崎は露骨に不機嫌そうに口元を結んだ。
というか、初対面の俺に当たり前のように席の交換を持ち掛けてくる所が怖すぎる。
「いいっしょ。席替え後の交渉とか禁止されてないし」
女王のあからさまな不機嫌アピールに周囲も気まずげな視線を向けて来る。
「あれ西崎。前に言ってなかった? 廊下側は授業中で寝れるから良いって」
「まあ、そう言ったけど……」
諫矢が言うと西崎は表情を軟化させる。俺を相手にする時とは全く違う態度。
そうこうしているうちに皆の席移動は終わったようだった。
「ほらほら。皆、席に着け。次の話するから」
担任が手を叩き、このまま確定ランプが灯る。歩き回っていた西崎達は席に戻ると、恨めしげに俺を一瞥した気がするが気づかないふりだ。
ここは進学校だし、入学すれば不良なんていないだろう――そう考えていた時期が僕にもありました。
しかし、竹浪さんや西崎みたいなギャル系女子も試験を堂々と通過してきている。
ギリギリ受かった上にこの前の試験でもボロボロだった俺の立場がないよ。
「瑛璃奈の周りって仲良い人いないじゃん? めっちゃイラついてる」
隣の席の竹浪さんは面白半分な声音で諌矢に話しかけていた。
「え!? あいつと仲いい奴なんてそもそもいるの?」
「こら風晴、声でかすぎっ!」
竹浪さんはあたふた動きながらふざける。おでこから分けられた長い前髪の束やボリューミーなポニーテールが揺れまくっている。
見た目の派手さは西崎と同じようなもんだけど、こっちは人がよさそうだ。
――そういう意味じゃまだマシなのかもな。
窓から注ぐ春の日差しはひたすら眩しくて、俺は思わず目を細める。
学ランの肩を焼く太陽の熱。窓越しに風が運ぶ生ぬるい草の香り。
廊下側の席のひんやりした空気とは違う。
「それじゃあ、次だ。来週末の炊事遠足なんだが――」
担任はロングホームルームの次の議題に入る。
それを聞いているのかいないのか、隣同士で私語を続ける女子二人組。興味なさそうに欠伸をして俯く男子。
この教室後方からは今まで見られなかった様々な人間関係が見ることができるようだった。
俺はこの時間をどこか新鮮な気持ちで過ごす事が出来た。




