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3-43 お人好しの二人

 午前の授業を無事終える。

 半日勉強したとなれば、この日常も戻ってきた感がある。

 朝は絶望しかなかったけれど、昼休みを迎えると案外慣れたものだ。

 一学期と同じように一人でメシを済ませた俺は教室を出た。

 午後のチャイムが鳴るまではまだ早いし、行きたい場所があったのだ。

 徐々に人の気配の消える校舎。埃の匂い。

 何故か落ち着く古びた廊下を越えて階段を上がると、屋上へと続く鉄の扉が見える。


「あ、いた」

 閉ざされた扉の横に赤坂が座り込んでいた。その隣には積まれた机と段ボール。こんな日陰の狭い所でよくくつろいでいる。


「昼飯ここで食ってたんだ」

 そう言って、赤坂をよく見ると校外で買ってきたっぽいパンの包みもあった。


「人を近所の野良猫みたいな目で見るのやめてくんない?」

 赤坂は相変わらずの強気な口調で俺を睨み返す。

 でも、そこに拒絶の意志はない。それはこの半年近くの腐れ縁で互いに分かりきっている。

 一人分のスペースを作ってくれる彼女の横に、俺も腰かける。


「ここ、埃臭くない?」

「誰も来ないから気楽なの。わかんない?」

 はむ、とホイップたっぷりの菓子パンを頬張りながら赤坂が俺の方を見る。


「いや、分かるけど――」

 それにしたって赤坂はいつもやり方が極端すぎる。

 しかし、理解を示す姿勢を見せる俺に、赤坂は何故か機嫌よさげ。にこりとこちらを見て唇をきゅっと引き締める。


「そりゃあ、仲の良いクラスの子達といたら楽しいよ? でも、ここにいるのもそれはそれで落ち着くし。それに――」

 そう言って、見ている方向は古びた階段の踊り場。


「好きなんだよね。ここから見る景色」

 窓から陽光指すこの場所はほとんどの時間日陰なのに、今この昼休みの間だけは日なたに溢れている。


「ああ。そうだね……でも」

俺は背を預ける鉄の扉をこつんと叩きながら、


「屋上で言えよ、そういう台詞」

「だって鍵、直されちゃったし」

 そう言うと、赤坂はこちらをじっと上目で見ながら即答してくる。


「そうなんだよなあ」

 はあ、と二人同時に溜息が漏れた。

 よく学校のドラマや漫画だと昼休みに綺麗な青空広がる屋上でランチを満喫する。そんなシーンがあるけど、俺達にはどうやらそういう青春的な一ページをめくる権利はないらしい。


「ま、私はここでも全然平気。人がどうであれ自分は自分」

「人と合わせるのが苦手だからな、赤坂は」

「人に合わせてばかりの一之瀬に言われたくないよ」

 悪態をつきながらも、俺達は互いに笑顔だった。

 こうは言うけれど、赤坂は大分クラスに打ち解けたと思う。

 そして、赤坂から見た俺も同じように、少しは入学当初よりもマシになったって事なんだろうか。

 暫くの間、階段の中腹から注ぐ光を眺めていた。

 きらきら舞う埃はダイヤモンドダストみたいにゆっくりと宙を漂い続けていた。

 どこか心が弛緩する昼の校舎の空気。ここにいる間はずっと、永遠にこの時間が続くように思えてくる。


「つーか、何笑ってんの? きもい」

「えっ!?」

 驚いた俺は思わず声を上げてしまった。


「一之瀬。二学期も相変わらずパッとしない顔ね」

 赤坂の着るブラウスの白に、俺は目を眇める。


「そういう赤坂は機嫌良さそうだな」

「そう見える?」

 赤坂は相も変わらずキツい言い方だけど、口元は微妙に微笑んでいる。

 赤坂とこんな風に二人で話していると落ち着く俺がいた。

 まるで、学校でくだらない事であれこれ悩んでいたモヤモヤが赤坂といると知らないうちに無くなっていくような。

 それはきっと、赤坂がいつか言っていた『学校が楽しくなればストレスで腹が痛くなるなんて事もなくなる』に繋がる第一歩なのかもしれないな。


「……」

「何、どうしたの……一之瀬」

 しかし、そんな風に一人で心の中で分析していた俺はよほど変な顔でもしていたのだろうか。赤坂は俺を見て不可解そうに首を傾げている。


「二学期、始まったな」

「なにそれ」

 俺が言い改めると、赤坂は露骨に噴き出す。


「いきなり改まった口調で。本当一之瀬意味わかんない」

「一学期はいろいろと助けてもらったなあって思ったんだよ」

「私は私の為にやってるだけだったんだけど?」

 そのまま食べ終えたパンの包み紙を手早く片付ける赤坂。相変わらずテキパキしている。


「それに私、別に一之瀬を助けるつもりで手を貸した訳じゃないんだからね」

 そんな、ツンデレのテンプレみたいな口上を言った後で恥ずかしそうに頬を赤くする。

 何口ごもってるんだよ。照れてるの丸わかりなんだよ。

 ――でも、言わないでおく。

 俺は赤坂のおかげで今の自分自身があると本気でそう思っている。

 ――それも言わないでおく。


「……何か言ってよ」

 黙っていたら、赤坂がじっと俺のことを観察しているのに気付いた。


「ありがとな、赤坂」

「えー」

 不満げな赤坂が俺を催促するのでそのまんま今の気持ちを答えたのだが、余計に混乱させてしまったようだ。

 でも、今まで殆ど他人と関わろうとしなかった人間が、それなりに色々な人間と関わるようになった。

 今までは学校内では隠し通していた素の自分も、赤坂相手になら出せている。これって結構凄い事だよな。


「一之瀬。さっきからおかしいよ? お腹でも痛くなっちゃったわけ?」

 さっきまでの強気な口調とは一転、赤坂は俺を窺うように顔を俯かせる。

 俺に終始強く当たっていた事を後悔でもしているのだろうか。


「これからは多分、もう大丈夫だよ」

「本当かしら……」

 俺の体質改善に関しては、赤坂は未だ懐疑的らしい。


「そう言えば――」

「えっ」

 ふと、夏休み中に思い出した事があった俺は話題を変える。そろそろ休み時間も終わりだ。


「赤坂が前に勧めてくれた映画あったじゃないか。あれちゃんと借りて見たよ」

 言おうと思っていたけど機会にずっと恵まれないでいた夏休み中の出来事を赤坂に伝える。


「お、覚えてたんだ……」

 何故かしおらしい口調で目線を逸らされた。

 球技大会の折、赤坂に好きな映画の話を延々された。その時にお勧めだと言っていた古い映画。

 俺はその映画を夏休み中に借りて、初めて全編を見た。


「現代文の課題は映画の感想文にしといた」

「へえ。一之瀬も見どころあるじゃない」

「読書感想文より正直楽だったからな。映画なら見た感想そのまま書きなぐれるし」

 そう答えると、赤坂は楽しそうに笑う。


「じゃあ、また面白い映画あったら教えよっか?」

「そうだな。頼む」

 にっこりと微笑み返してくる赤坂。さらさらと流れる赤い髪が綺麗だった。


「夏休み、そんな風にずっと映画見てたんだ?」

 肩を竦めながら問いかけてくる。


「いや、見た映画は赤坂の言ってたやつ一本きりだ。後は全力でゲームしてた」

「はあ……まいね」

 わざとらしくため息をつく。その悪態にも何故か可愛らしさがある。


「そういうとこ、本当一之瀬だね」

 ちらりと見上げる赤坂と俺は笑い合った。


「そういう赤坂は桜川さん達と遊んだりした?」

「え? まあ、そうだけど」

 俺が問い返すと、赤坂は少し思案する。そして、俺を見てもう一度頷いた。


「桜川さんも江崎さんもいろいろと誘って来るのよ。女子同士のそういう付き合いって断ると悪いじゃん?」

 聞いてもいない事を説明し始める赤坂。サイドにかかった赤髪に指を引っかけてパスタみたいに巻き始める。

 口では素っ気ないけど内心いろいろと思う所はあるんだろうな。

 赤坂はこう見えて義理堅い。西崎みたいに敵対してくる相手には容赦しないけれど、友好的に接してくる相手には全力でデレる傾向がある。

 俺が人の事をとやかく言える立場じゃないのは分かっている。

 けれど、赤坂は俺とは別のベクトルで相当のお人好しだと思ったのだ。


「そろそろ昼休みも終わりね」

 懐のスマホを取り出した赤坂は小さく呟く。

 時刻を確認すると、予鈴まで残り数分を切っていた。


「戻るか」

「うん」

 赤坂は俺の提案に素直に頷いて立ち上がる。いつもは同時に教室に戻るのを嫌っていた赤坂。

 俺と二人、一緒に歩いている今の光景は結構珍しいかもしれない。


「あのさ。一之瀬」

 階段を降りようとしたその時、まだ屋上扉の前に立ったままの赤坂が声を掛けてくる。


「どうした?」

 振り返ると、赤坂はじっとこちらを見下していた。

 窓辺から降り注ぐ陽の光できらきらと輝くその姿に、球技大会のグラウンドで見た姿を思い出す。


「一之瀬がさ。その……私の事、赤坂って呼ぶの。何かうざい」

「ええ……」

 いきなり何を言うんだろうこの子は。俺は階段の中腹で、一人途方に暮れた。

 しかし、赤坂は別に怒っている訳ではないらしい。


「だから、その……」

 何故か恥ずかしそうに足をもじもじさせながら、もう一度俺の方を見下す。


「私の事は名前で呼んでほしい。これからはちゃんと『環季』って。それが私の名前だし」

「ええ!?」

「何よ」

 驚いて声を上げると、赤坂も全身の毛を逆立てて驚いていた。


「だ、だって! 竹浪さんとか、何か最近私の事名前で呼ぶじゃん? だから、一之瀬が名字で呼んでくると何かイラッとするんだよね」

 何故か饒舌になりながら、赤坂が説明する。


「どういう理屈だよ」

 俺はこいつの理論にいつも振り回されているな。

 でも、まあ……いいか。


「分かったよ。()()

「――ひぇっ!?」

 試しに呼んでみるとこれまた驚かれた。しかも、悪いことに階段を踏み外してこちらに向かって落ちてくる。


「ちょ、あぶな」

 俺は咄嗟に赤坂を支え、俺達は二人して踊り場に着地する。


「大丈夫?」

「一之瀬が……ナツがいきなり呼ぶからでしょ」

 赤坂は俺の腕をぎゅっと掴みながら、振り絞るように言った。

 これまでにない近い距離にある赤坂の横顔。


「あれ?」

「え?」

 そっと手を離し、対峙しながら俺は赤坂に向き直る。


「俺の事『ナツ』って言った?」

「ああ――」

 赤坂自身も考えていなかったんだろう。ただその事実を再確認して顔を赤くする。


「確かに言ったかも」

「絶対に確実に今この耳で聞いたよ、俺は」

「うっさい」

 文句を言いながら耳をつねられた。それでも、赤坂の顔は笑顔だ。


「でも、いいじゃん。私にはそういうあだ名ってあんまり無かったし」

「あだ名かあ……」

 俺は少しだけ赤坂のあだ名を考えるけれど、言わないでおく。

 今日は何故か、いつにも増して赤坂には言わないでおく事ばかり思いつく。

 俺は気を取り直して続けた。


「全然夏っぽくない性格なのに、ナツって呼ばれるのもそれはそれで申し訳なくなくなる」

「誰によ?」

「夏という季節に対して」

「概念にまでいちいちそんな感情を向けながら生きているの? 過酷な人生だね」

 赤坂も俺も笑っている。

 なんだよこれ、バカみたいな会話だ。


「まあ、いいよ。須山に『なっちゃん』って呼ばれるよりかはずっといい」

「須山よりマシって、それって喜んでいいことなのかな」

 本心で告げた筈なのに、赤坂は釈然としない顔。頭上に糸くずを丸めたような顔をして一人唸っている。

 その顔が何か天啓を得たように明るくなって俺を見た。


「分かった。じゃあナツって呼ぶわ。めんどくさいし」

「ええ」

 一人で納得して結論を下す。俺の意志なんて二の次だ。


「ふふっ」

 言うが早いか赤坂はぽんっと軽くジャンプ。

 階段の手摺に乗って滑り降りていく。

 鮮やかに赤い髪が旗のように棚引く。


「おい!」

 そのまま手摺から着地。振り向くと俺を見て楽しそうに笑う。


「こういうの、ナツには出来ないっしょ?」

「校則違反はしない主義なんだよ、俺は」

 あどけない笑顔に言い返しながら、俺は階段を下りる。


「屋上扉ぶっ壊しといてよくいうよ」

「あーもう。うるさいなあ」

 階段の踊り場の日なた。ここにずっと立っているとじりじり頭が熱くなってくる。


「ねえ、ナツ」

「何だよ――ていうか、その呼び方に恣意的な物を感じるんだけど」

 赤坂はぎゅっと拳を胸元まで持ってきて俺を見上げる。


「ありがと……」

 そして、小さく、本当に小さく呟いた。


「え?」

「二学期も楽しい事、たくさんあるといいね」

 赤坂はそう言って、もじもじと手を後ろに回す。


「それだけ。はい、私の話おわり!」

 そして、身を翻してぱたぱたと駆けていった。

 ひらりと舞う赤坂のツーサイドテール。炎みたいに深紅な髪先は陽の光を帯びて眩いばかりだ。


「おい、待てって」

 俺は一瞬躊躇するけれど、ふと頬から零れていた自分の笑みに気が付いた。


「待てよ――

 ()()と言いかけて、あわてて口を噤んだ。

 俺はいつもあいつに振り回されっぱなしだな――でも。

「おい、()()――待てってば」



 聞こえてるのかな。聞こえてないんだろうな。

 それでも俺は赤坂の後を追った。

              

(了)

以上で、こちらの作品は一旦完結になります。


自分自身同じ作品をここまで長く書いたことは初めてで、キャラ同士のいろいろな組み合わせでのやり取りを書くのは面白かったです。

その反面、あまり掘り下げられなかったキャラクターがいたのは力不足であり、楽しみにして頂いた方には申し訳ないです。

ここからもう一段階主人公周りで変化が起きる構想はあるのですが、いずれまとまった時にぼちぼち投稿できればと思っています。

なろうではあまり受けないタイプのラブコメかなと思いつつ投稿していましたが、多くの方にブックマーク頂けて良かったです。

好きなキャラやその他感想などありましたら気軽にコメントください。

ここまでお読み頂き、本当にありがとうございましたm(__)m

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二学期お話まってます! こういったタイプの小説すきです。
[一言] 面白いです! 続きを気長に待ってます。
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