3-32 腐れ縁四人組
赤坂と桜川さんは事前に集合場所を決めていたらしい。
駅近くの広場に向かうと、同じように待ち合わせに集まっているたくさんの人がいて、浴衣姿の桜川さんはすぐに見つかった。
「環季ちゃん。一之瀬君、こっちこっち」
白地に淡い桃色。彼女もまた涼やかな夏祭り仕様の浴衣だ。
隣には諌矢もいて、俺達を見つけるとあんぐり口を開けて驚いている。
「赤坂さん、めっちゃ様になってるじゃん」
俺が桜川さんの浴衣に息を呑んだように、諌矢も赤坂の浴衣姿に驚いている。
まあ、見慣れない格好だからな、赤坂だとしても無理はない。
「環季ちゃん。可愛いねっ」
「桜川さんこそ、似合ってる」
そんな風にはしゃぐ腹黒女子、二人。
俺と諌矢はぼけーっとしながらその様子と、辺りを見渡していた。
他の夏祭りに比べて、ねぶた祭りの屋台は圧倒的に少ないと思う。
この祭りのメインは、ねぶたを見る事そのもの。だから、遊ぶような屋台が無いのは仕方が無いのかもしれない。
焼きそば焼き鳥を取り扱う出店が数軒並ぶ以外は、あとはねぶたのグッズを販売する店くらい。
鈴とかタオルやらこれから祭りに参加するハネト向けのちょっとした小道具が売っていて、列に並ぶハネト達の帯から下がる鈴が賑やかな音を立てまくっている。
「つーか、赤坂さんって跳ねないんだな」
「えっ?」
諌矢がぼそりと呟くと、赤坂が桜川さんと手を握り合ったまま振り返る。
「いや、赤坂さんって性格的にねぶたと一緒に跳ねるイメージなんだよ。な? 夏生」
「分かる」
目配せする諌矢に同意で返した。
この祭りは大きなねぶたの山車ばかり取り上げられがちだけど、一緒に踊って跳ねまわれるのもまた醍醐味の一つだ。
赤坂は郷土愛が強いし、ねぶたをただ見るよりも跳ねるタイプだと勝手に思っていた。諌矢はそれを言いたかったのだろう。
「まさか、こんなに可愛い浴衣姿で来るなんてな。正直、意外だよ」
軽い調子で諌矢が笑うけど、赤坂はムスっとした顔。
「意味わかんない」
解せぬと言いたげに野郎二人を睨めつける。
「やっぱり、環季ちゃんって赤が似合うよね」
「そうかな?」
そこに差し込まれる桜川さんの一言。これまでの塩対応と打って変わり、赤坂は嬉しそうに振り返る。
「うん。何か見た目とか性格も赤って感じ!」
「そういう桜川さんは白地にピンクの花柄。うん、イメージ通り」
褒めちぎる桜川さんに赤坂が負けじと褒め返す。この辺、本当女子のやり取りだ。
男子同士だと馬鹿な事を言ってからかいあったり、ネットの世界だと見ず知らずの相手に終わらないマウント合戦をするのが世の常だ。
それなのに、今俺の目の前で展開されている光景は何なのか。
世界はもっと、こういう優しさで溢れるべきだと思う……別に百合属性に目覚めた訳では無いけど。
「でもさ、清華の浴衣……夏の幽霊みたいじゃね?」
そんな『いい感じ』の女子二人を尻目に、諌矢は冷やかすように両手をうらめしやーと持ち上げる。
「もう、相変わらずなんだから!」
「ってえな。清華てめ」
桜川さんが振袖から白い腕を伸ばし、諌矢を勢いよくひっぱたく。
ひっぱたくと言っても、赤坂のそれとは違ってすごく手加減した優しいタッチと言うべきか。俺が同じことやられたら間違いなく勘違いしちゃいそう。
「いこいこ、環季ちゃん」
そう言って、桜川さんは赤坂の手を引いていく。
諌矢の冗談も全く相手にしないし、気にも留めない。そう言えば、この二人は勉強会の時もこんな感じだったっけ。
お互いのメンタルが強すぎて少々のきつい冗談を言い合ったくらいでは全く動じない間柄らしい。 ちょっと考え過ぎただけで胃腸を傷める豆腐メンタルの俺としては羨ましい限りだ。
「つーか、諌矢が本当に来るとは思わなかったよ」
歩き出した女子二人の後に続きながら、俺は隣の諌矢を見上げた。
「なに。そんなに変?」
「いや、普段の諌矢って甲野とか須山とか……あと西崎とかと来てそうなイメージあるからさ」
赤坂から連絡を受けた直後、俺は諌矢にも日にちと時刻を伝えた。
毎日どこかに出かけていそうなリア充なので予定が埋まって断られるかと思っていたので、来てくれたのは意外だったのだ。
「いや、甲野達とは二日目に跳ねたし。なら、今度は観客サイドとしてどんなねぶたが出てんのか見たくなってさ」
すれ違うハネト姿のお姉さん達はノースリーブ気味に短く半袖をまくっている。諌矢はそんな彼女たちに笑顔で返しながら、飄々と続ける。
「それに、夏生が誘ったら行くって言ったろ?」
「……」
うーん、この悪友キャラみたいな頼れる返し。でもね、俺は知ってるんだよな。
「嘘つけ。江崎さんとか女子が来るから来ただけだろ」
「あは。バレた?」
悪びれもせず満面の笑顔で嘯く。
「そうそう。今日は女の子見ようって思ってきたんだ。さっきのお姉さん達とかめっちゃ綺麗だったよな? 大学生かな」
「桜川さんがいる横でよく言えるな。それ」
「聞こえてるよ」
前を歩く桜川さんが俺達の方を見返しながら、凄絶な笑みを浮かべていた。
「一之瀬君。これだけの人だし、知らないフリして足でも踏んどいてよ」
そんな事を言いながら、赤坂と笑い合う。
「あれで委員長だからね、あの人」
諌矢は大して気にもしていないように囁いてくるけど、この軽口ナンパ野郎もまた、クラスの副委員長なんだよな。
「まだ早いけど、どこかで時間潰す?」
ふと、桜川さんが俺達にそんな提案を持ち掛ける。
時刻はまだ六時前。江崎さん達の所に合流するにしても少し早い。
「ごめんね。私の準備が良すぎて早くきすぎちゃったから」
赤坂がそんな事を桜川さんと交わしながら謝っていた。
「いいって。俺達も時間余してたし。朝と違って夕方に集まるのってそわそわしちゃうんだよな」
「なら、家で待つより早めに行こうかってなったんだよね」
諌矢がフォローしつつ、桜川さんが柔和な笑みでそれに答えた。二人ともここから近い所に住んでいて、少し早めに回るかという事になったらしい。
そこに丁度良く赤坂が到着のメッセージを送ったもんで、こうやって四人で歩き回っているんだと。
「でも、まさか環季ちゃんまで早く来るとは思わなかったよね。もう着いたってメッセージ来た時は二人で笑っちゃったし」
桜川さんが下げていた巾着からスマホを取り出す。
画面を見ると、その時の赤坂のメッセージが映し出されていた。業務メール並みに形式ばった文面がシュールな笑いを誘う。
「赤坂。女子同士でもこんなやり取りしてんの?」
「うるさい……桜川さんもあんまりこういうの見せないでよっ」
「痛って!」
赤坂が俺を何度もひっぱたきながら嫌そうな顔をする。桜川さんが諌矢にやってた奴とは勢いが違う。普通に痛いからやめて。
「分かったよ。ごめんってば!」
そんな様子の俺達を見て、諌矢と桜川さんは笑いあっている。
赤坂はすっかりいつもの調子に戻っているのでよしとして……なんで、俺ばかりいつもこんな扱いなんだろう。
一人そんな事を思うのだった。




