3-18 結果発表
「このクラスは凄いですね。英語の平均点数が学年一でした」
英語の授業が始まり、ナイスミドルの教科担が答案を返し始めた。
「桜川さん、頑張りましたね。素晴らしい点数です」
「ありがとうございます」
黒髪清楚で淑女オーラを全方位に放つクラス委員長と、ロマンスグレーの髪に燕尾服っぽいスーツの英語教師。
教卓前がさながら叙勲式のような様相を醸し出している。
「何点だったの……え、これマジすごくない!?」
桜川さんが席に戻ると、周囲の女子が驚きの声を上げる。
「すごっ! えー、何これすごい」
他の何人かも目を見張る様にその答案に釘付けだ。
「何点か……言ってもいい?」
その女子は桜川さんの許可を取った上で、他の生徒にも点数を見せる。
皆に明かされた桜川さんの点数は、何と98点。
「「すげーっ!」」
どよめきが沸き、驚いて立ち上がった須山に英語教師が「sit down」とネイティブさながらの素晴らしい発音で注意する。
しゅんとなって座った須山と笑い声で包まれる教室。何だこのやり取り。
「すげえな。清華は」
椅子の背もたれに肘を掛けた諌矢も、桜川さんの方を見て感心している。
「で、本気の諌矢は何点なんだよ。手ごたえはどうだった?」
俺が尋ねても諌矢は答えない。不敵な横顔で微笑むだけだ。
「風晴諌矢君」
英語教師に呼ばれると、そのまま教卓に向かっていく。
「Excellent.貴方と桜川さんは本当に素晴らしかでしたよ」
何故か九州弁を交えながらその英語教師は答案を諌矢に返した。
そして、
「いいですか?」
「あー。別に俺は気にしませんよ」
短い言葉のやり取りで、長身の二人の間で何かが交わされる。
英語教師はコホンとジェントルマンっぽい咳払いを一つ。
「風晴君は満点でしたね。学年でも一人だけ、素晴らしい快挙です」
そう言って、諌矢にそっと肩を添え、教室中の皆に注目させるように話す。
――え。ちょっと待ってくれ。今何て言った?
瞬間、教室内が水を打ったように静まり返った。
「古賀先生。それって……」
教卓前の赤坂が皆の心の声を代弁するように尋ねると、古賀先生は針金でも入ったかのように真っすぐ屹立したまま、顎を引いて頷く。
「赤坂さんの言う通り、百点満点という事ですよ。ここ数年、私が見てきた生徒の中でも満点は久しぶりです。本当に素晴らしいッ!」
ジェントルマン全開、よく透るバリトンボイスで説明しながらぱちぱちと手を叩く。
「「うおーっ!」」
それを皮切りに、驟雨のような拍手が教室中に巻き起こった。主に須山が教室後ろで吼えている。サッカーのゴールじゃないんだからこいつは。
「先生。そういう言い方さあ。マジで恥ずかしいからやめてくださいよ」
諌矢はそんな事を言いながら、軽やかステップで席へと戻って来た。
憧憬、好奇、羨望、そして嫉妬。それら数多の情念がごちゃまぜになった粘つくような視線が俺――ではなく、前席の諌矢へと注がれる。
俺は注目されてる訳じゃないのに、席が近いと気になって来るよ! ああもう、この辺本当自意識過剰。
「ねー風晴。満点ってマジ?」
「あーはいはい。これでいいだろ!? もうやるよ、これ」
諌矢は勘弁してくれよと言いたげに声を上げ答案を見せびらかす。
掲げられた長い腕先には赤いペンで100と書かれている。
傍らには小さな花丸と、英語で何か一言添えられていた。エクセレントとかそういうのだろう、あの先生のキャラ的に。
「すげーよ。マジ風晴チート野郎!」
須山がはしゃぎ、古賀先生は「shut up!」と一喝。
その洋画さながらの迫力の一言に、再び教室が沸く。須山以外皆が笑ってる。
答案返却は再開され、クラスメート達の楽しげな会話は今もあちこちで繰り広げられている。
その中で、俺は諌矢の見せた本気に戦慄を覚えていた。
桜川さんの98でも相当凄いのに、満点だなんて。
「どうしたんだ? 夏生」
「お前をどうやったら倒せるか考えを巡らせてんだよ」
諌矢は何だそれと笑って流す。
「あっ」
そんな諌矢に向かって、桜川さんの真っすぐな視線が向けられている事に俺は気づいた。
他の皆が周りの席と答案を見せ合う中、桜川さんだけがこちらをじっと見つめている。
あれだけ諌矢とのテスト対決を望んで勝つ気も満々だった桜川さん。
まさか、満点という形で勝ち逃げされるなんて。そんな展開は俺にも思いつかなかったし、悔しいんだろうな。
「竹浪も山吹も、俺の答案そんなに気になる? 模範解答見とく?」
「風晴君。マジうざい」
それでも諌矢は全く気にせず、竹浪さんと前席の女子に答案を見せびらかしていた。
「間違ったとこ見てやるよ。ほら、答案見せな」
桜川さんだけではない。周囲の他の男子からは、あからさまな嫉妬の視線も向けられていた、
それでも諌矢はそんなの全く気にもせず、竹浪さん達に間違った箇所を教え始める。
答案はその後も着々と返却され、その日のLHRは晴れやかな雰囲気で幕を閉じた。




