3-14 実力差のホームラン
試験前日。それでも五教科以外の授業はある訳で、俺達は再び校庭で体育の授業を行っていた。
「一之瀬~」
見学という名目でサボっていたら、一人の男子生徒がこちらにやって来る。
日光の下で青光りする黒い髪。球技大会で一緒に野球をした斎藤だ。
「なあなあ! ちょっといいか?」
バドミントン部に所属する斎藤は話し方も竹を割ったようにさっぱりしている。体育会系全開の爽やかさ。
「あれ、野球は?」
「もう一試合やるのも微妙な時間だし、適当に打ったり投げたりしてんだ」
「へえ」
授業はすっかり佳境だった。試合は終わってしまったようだが、二試合目が始まる気配は見られない。
「それでさ、一之瀬。お前ピッチャーやってくんない?」
斎藤はここからが本題なのか俺の前にしゃがみ込む。
「へ、俺?」
「そうそう。できるべ?」
そう言って、斎藤は人好きのする笑みを浮かべた。白い歯がきらりと輝く。
雰囲気は諌矢によく似てるけど、こっちは快男児っていうんだろうか。諌矢と違って胡散臭さがまるでない。
「風晴の野郎が打ちまくるんだ。一之瀬ピッチャーやってたし、何とか抑えられないかなって」
「うちの連中でも投げてみたけど、駄目だったんだよな」
隣の四組の男子も一人やってきて、俺に話しかけてくる。斎藤の友人だろうか。
リア充は他クラスにも、昔馴染みやら部活繋がりで出来た友人がいるものだ。
しかし、斎藤にとっては気心の知れた仲間でも、俺にとっては得体のしれない相手。しかも、なんかリア充っぽい。
こうなると俺の警戒センサーはビンビンだ。いつもの人見知りバリアーと勝手な被害妄想が鎌首をもたげ始める。
「えーと、俺……」
すっかり萎縮してしまう俺。話している中にこういう手合いが一人でもいると、本当に駄目だ。
「行って来いよ。なっちゃん!」
と、返答に困っていたら須山まで話に割り込んできた。
「その呼び方はやめろ」
須山にどつきながら周囲を見渡すと、手の空いた他の連中も興味深げにこちらを窺っていた。
うーん何だろう、この感じ。一之瀬ピッチャーやってみろという空気だ。
思いの外、球技大会の投球を見ていた連中は多かったらしい。こうなるともうどうしようもない。
「分かったよ。でも、あんまり自信ないからな」
予防線を張った上で俺は仕方なく立ち上がる。こんなに期待されても『よっしゃ、やってやる』とか言えないのが俺の悪い癖だ。こういうとこ、直さねばまいね。
「よっしゃ。一之瀬、OKだってよ!」
斎藤がグローブ持った左手を掲げ合図を飛ばす。
俺はそれまでピッチャーをやっていたという四組の男子からグローブを受け取り、本塁前に向かった。
「何だよ、そいつにできんの?」
グローブを嵌めてやってきた俺を見て、一人の男子が煽る様に話しかける。
諌矢や須山達とよくツルんでいるバスケ部の男子生徒だ。ショートヘアで健康的なおでこに走る鋭い眉。あと、目つきが相変わらず怖い。
「甲野。おめー、球技大会の最後みてねーべ」
心ならずも萎縮してしまうと、意外なことに斎藤が前に出て反論する。
「は? 俺バスケの審判やってたし。見てねえの当たり前」
「とにかく、こいつはすげーんだよ。よし行ってこい、一之瀬!」
良く分からないフォローのされ方だ。斎藤に背中を叩かれるまま送り出される。
何かもう今更退ける雰囲気じゃない。赤坂に発破かけられる時もそうだけど、平時の俺は言われたらそのまま従順になってしまう傾向がある。
丁度、打席前の諌矢と目が合った。
「何だ。次は夏生か?」
同じようなイケてる外見なのに、さっきのバスケ部男子とは打って変わって気さくなのが諌矢だ。自然とこちらの緊張感も消える。
「見学するつもりだったんだけどな。斎藤達に言われて投げる事になった」
「何だそれ、自分から投げるとかじゃないのかよ!」
諌矢は良く通る声で天を見上げ笑う。
「もしかして、球技大会で夏生って主人公やってたし。それで、担ぎ出された系?」
どちらかというと主人公は赤坂だろうが。しかし、俺はそれは言わずに唸る。
「うるさいなあ。いい加減、打ち取られろよ」
「おおおお!」
二人で話している時のノリだ。しかし、周りで聞いていた斎藤達のテンションが上がっている。なんだこれ……
「一之瀬君。どう、行けそう?」
キャッチャー役がマスクを着けながら、ボールを渡す。
球技大会でも俺とバッテリーを組んだ白鳥秋良だった。キャッチャー役は体育の授業でも一任されるらしい。部活経験者あるある現象。
「正直自信はないよ? なんか斎藤達に良いようにおだてられてるし、引けない空気だし」
そのまんま本心を伝えると、くすくすと可愛らしく笑われた。白鳥には諌矢や赤坂みたいに包み隠さず言える、そんな妙な安心感がある。
「サインは覚えてる? 球技大会の時の」
「簡単だし覚えてるよ。えーと、指一本がストレートだろ? チョキがボール球で、グーは」
「しーっ、聞こえる聞こえるから!」
白鳥は焦ったように、横目で諌矢達を見ながら人差し指を立てる。
ホームベースより少し引いた位置で、諌矢は余裕たっぷりに素振りしていた。そのすまし顔を見ていると、俄然こっちのやる気も湧いてくる。
「斎藤君も吉川君も後ろにいるからさ。安心して投げてよ」
「分かった。好き勝手言われてたまるか。諌矢の野郎を打ち取って昼飯にしよう」
グローブを白鳥のミットとぱすんと合わせる。そして、マウンドに向かった。
人気者諌矢をここで打ちとれば、俺は相当自信を付けられるだろう。球技大会では同じチームメイト同士。有り得なかった対決だ。
俺は自然と心が滾るのを覚えた。
「プレイッ!」
野球部の男子が審判を務めるようで、それを合図に諌矢がバッティングのスタンスを取る。
その背後から白鳥が出すサインは、確かに球技大会時に取り決めていたやつだった。
一球目は様子を見るような、外角の低め。俺は小さく頷き返す。
そして、諌矢の立つ反対側目掛けてサイドスローで投げ込んだ。
コーン!
「は?」
呆けたような音をさせて、打球が高く飛んでいった。
白鳥が立ち上がって声を張り上げようとするが、
「ホームランだよな、あれ。すげー」
次の打席に控えていたバスケ部男子の甲野がテンション低く呟く。しかし、顔は割とマジで驚いた顔。
男子の盛況ぶりに何事かと女子達も注目している。
西崎なんかは打ったのが誰か分かった瞬間、ダイヤモンドを周回する諌矢に釘付け。何故かキラキラしたような瞳でぐっと胸元で拳を作っていた。
純真無垢な少女みたいな反応だ。本当何なの、あのギャル。
「ごちそうさんでしたっと!」
騒ぎ立てられながら諌矢が悠々とホームに帰る。
嫌味ったらしくベースを両足で踏みつけて涼しい顔だ。
「このチート野郎……」
そうは言うけれど、不思議と悪い気はしない。
寧ろ、あんな気持ちのいいホームラン見れて良かったとか思ってしまう自分がいた。
メジャーリーグやプロの野球中継でも、どうしようもなくすごいホームランを打たれたピッチャーが笑うしかないって時がある。
多分そんな感じなのかな、今の俺も。
敵ながら素晴らしい物を見たという感動は白鳥も同じようだ。
「一之瀬君。打たれちゃったね!」
困ったような顔で手を振っている。しかし、やっぱりこいつも口角が上がっていた。
この数日でブックマークが増えていて驚きました。
マイナーな題材のラブコメだと思いますが、これからも宜しくお願いします。




