3-25 今までと違って見えるビーチ
「なんでお前が愛理と仲良くなってるんだよ」
「俺もわかんないよ……」
そんな事を工藤と言い合いながら歩いていた。
帰るにはまだ早いという事で、海辺でも散策しようという事になったのだ。
古びたコンクリートの桟橋が突き出た漁港を通り過ぎると、岩だらけの磯が広がる。
ごつごつした足場は所々打ち寄せる波で濡れ、俺達は足を滑らせないよう、慎重に歩いた。
「ね。あそこまで行ってみない?」
そう言って竹浪さんが指を差した方向、海に突き出た場所には巨大な大岩が聳え立っていた。
寸胴な巨大な塊は、例えるならば垂直に立たせた将棋の駒だ。
「今なら多分、歩いて行けるよね」
そんな事を言いながら足を踏み出す竹浪さん。
今が干潮時なのか、巨岩へと続く足場にはところどころ潮だまりが出来ている。といっても、小さな水たまりみたいなもので、避けて歩けば濡れずに辿り着く事も可能だ。
「環季も行くっしょ?」
「ちょっと、竹浪さん!」
岩場を歩いて行く竹浪さんに赤坂が続く。竹浪さんは早速名前で呼んでいるけど、赤坂の方はまだ遠慮気味だ。
「俺達も行くか」
工藤も慣れた足取りで岩場を伝っていく。この辺はずっと浅瀬になっていて、踏み外しても靴が海水まみれになって帰る電車で磯臭くなるだけだ。
程なくして、俺達は巨岩の麓に辿り着く。
いつも車で海沿いの道路を通る時に見える岩。しかし、いざ間近で見るそれは、威圧感たっぷりで、ごつごつした岩肌は錆びた鉄みたいに赤茶けている。
「一緒に撮ろ。ほら、舞人達も!」
適当に座れそうな岩場を見つけ、竹浪さんは俺達を呼ぶ。
湾の中だからか分からないけれど、ここは波も静かだ。
足が浸かる程度の浅い海面は透き通っていて、小魚が泳ぎ回り、赤い海藻が揺れている。
竹浪さん達が腰を下ろす岩場までようやくたどり着く。
「何撮ってんだよ。愛理」
工藤が声を掛けると、竹浪さんはようやくこちら側に顔を向ける。
「島とか浜辺とか? あとで瑛璃奈たちに送る!」
そう言って、カメラをあちこちに向けてシャッターを切りまくる。
時折、カメラの向きも変えて自撮りもしている。俺は竹浪さんの自撮りゾーンに入らないように身体をどける。
「本当、こういうの好きだよなあ。愛理は」
「いいから。ほら、こっち向けし」
工藤はめんどくせーとアピールするけど、写真を撮られている時の顔は嬉しそうだった。
「なっちゃんも、ほら。こっち向く」
「なっちゃんって言わないでくれ」
俺の思わぬ反論に、竹浪さんが不思議そうに首を傾げた。
「……須山に呼ばれてるみたいで何か嫌なんだ」
「ああ! 嫌だよねーっ!」
にかっと笑う。同意してくれたみたいで何より。
「じゃあ、やっぱ夏生って呼ぶ。さ、そこ立って」
スマホカメラを向けながら、意地でも写真だけは残しておこうという事らしい。
「いや、俺はいいよ……赤坂と撮れば?」
そういう写真になれていない俺は、代わりに赤坂を差し出そうとする。
「なに、一之瀬。写真撮られると魂取られるとか信じるタイプ?」
赤坂は慣れた表情でピースを作る。遠くに浮かぶ小島をバックに計算しつくしたポージングだ。普段おとなしくても、こういうのには慣れてる動き。
「夏生もそこ立って」
「ええ~」
竹浪さんは維持でも俺を撮らないと気が済まないらしい。
岩場をじりじりと歩くと、もうすぐ先には潮だまりだ。これ以上は逃げられない。
「観念しなよ、一之瀬」
カメラを向ける竹浪さんの後ろで、赤坂は他人事みたいな事を言う。
「ったく。しょうがねえな」
工藤が俺の隣にやってくる。そして、肩を組むと、思いきり後ろに引っ張られた。
「って、おいっ!」
靴を濡らしたくない。思わず身体を動かすと、その瞬間にパシャリとシャッター音。
「ナイス舞人」
竹浪さんがやってきて今撮ったばかりの画像を見せる。野郎二人で肩組んでびっくりした顔。
自分の顔を見たくない俺は思わず顔を背けた。
「しゃっこかった? (注※冷たかった?)」
悪戯心たっぷりの顔で竹浪さんが指さした先、そこにはしっかりと海水に浸かる右足があった。
「当たり前だよ!」
言い返すと、工藤が笑う。竹浪さんも笑う。
これで帰りの電車も不快感たっぷりなのは確定だ。
岩場で過ごした俺達は、温泉街の街をしばらく歩いてから駅への道を戻る。
徐々に陽が傾きかけ、水平線上が仄かにオレンジ色を帯びていた。空も海も、ここから一気に朱色に変わっていく時間帯。
まだ明るい海岸線の車道をツーリングにでも来たのか数台のバイクが飛ばしていく。遠くなっていく排気音が気持ち良く耳に残る
「いろいろ見れたねえ! 修学旅行みたいだったっ!」
「また来たいよなあ! 今度は須山達も連れてさ」
工藤と竹浪さんはそんな事を言いながら前を並んで歩いている。
一方の俺は歩く度にじゅぶじゅぶ鳴る右足が気になってしょうがない。
「うぇ……気持ち悪い」
これだけ暑い中を歩いても一向に靴からは不快感が消えない。
帰りの電車が磯臭くなったらどうしよう。
「で、工藤君は進展あったみたいだ?」
「見ての通りじゃないの?」
隣を歩く赤坂が静かな声音で聞いてくる。俺達は結局、一日中工藤達と遊んでいただけだ。
工藤をそれなりに助けようともしたけど、果たして効果があったのかは自分でもよく分からない。
「……ありがとな。赤坂」
「え?」
赤坂は俺を見て小さく口を開ける。濡れた唇がまだ陽光を帯びて艶々と潤んでいた。
「一緒に来てくれてって話。俺一人じゃどうにもならなかったし」
「別に」
そっぽを向く赤坂。
「でも、面白かったし。来て良かったかもね。声掛けてくれて――ありがと」
消え入りそうに最後の一言を添えられる。素直過ぎる反応に俺は戸惑う。
「それに、気にするほどでもないんじゃないの? 一之瀬も入学した頃に比べたら大分打ち解けたと思うよ?」
赤坂に褒められているのだと分かった俺は、なんとなく恥ずかしくなって視線を逸らした。その先には陽に当てられ燦々と輝く水面があった。
岩だらけの海岸線。奥には俺達がいた大岩がシルエットになっている。
小さな頃、この海岸線を父の車に乗せられて何度も通った。その時見たのと同じ立ち姿で。
しかし、俺の中ではあの大岩は僅かに違って見えるようになっていた。今までは遠くから見るだけだったけど、実際にその麓まで足を運んで自分の目ではっきりと見たからなのかもしれない。
不意に、海上から吹き寄せた潮風に顔を覆う。風圧で、赤坂の手元でガサガサと音が鳴る。
「つーかさ。赤坂。それ……買い過ぎじゃない?」
「えっ」
赤坂が持ち上げたのはなんてことは無い白いビニールのポリ袋。半透明になったその中には、先ほど温泉街に並ぶ土産物屋で買ったお菓子の包みが見える。
「だって、なかなか食べる機会無いし」
赤坂はビニール袋の口を両手で少しだけ広げ、そのパッケージを俺に見せつける。
それはこの辺では伝統的な和菓子だった。
見たことがあるパッケージなので、ものすごく甘くて美味い餅だという事だけは知っている。
ずっと住んでいると家族や親戚が買ってくるので、何となく知っているご当地のお菓子。似たような物は他の県にだってある筈だ。
そういう、馴染み深い郷土の菓子。
「これが欲しかったの。だから行こうかなって」
「水族館が目的じゃなかったのかよ」
俺が言うと、赤坂は何よ、とぼやく。
「お土産はこういうのでいいのよ。変なストラップとか渡されても困らない?」
「……だとしても、家族の為だけに五個も買うヤツがいるか」
ずっしり重そうな白のポリ袋を指さしながら言ってやる。
「いいじゃな」
赤坂は鼻先でふふんと口ずさみながら、前に向き直る。機嫌良さそう。
「わざわざ家族に買って帰るだなんて、赤坂は律儀だな」
一方の俺は手ぶら。それも交えて自虐気味に言うと、赤坂は笑みを崩さない。
「じゃあ、一個持って帰る? 今なら価格の三倍くらいで売ってあげるよ」
「転売はマジでやめろ。いいんだよ、また今度来たら買うから」
駅は朝よりも混んでいて、車内もほぼ満席の状態だった。
今日一日をこの温泉街で過ごした人たちが、みんなこの時間帯に一斉に帰るからなのか。
活気賑わう車内の中で、竹浪さんと工藤はずっと喋りっぱなしだった。
朝来た時とは逆方向の窓には、夕陽に照らされた赤い海。
「愛理。お前小学校の頃来た時よりもイルカショー喜んでなかった?」
「うっさい。つーか、これどう?」
隣に座る工藤と竹浪さんはSNSに上げる写真を見せ合っているようだ。画面にはびっしりと今日撮った水族館の魚とか、ラーメンとか、風景のサムネが並んでいる。
そんな二人と、俺のすぐ隣で寝息を立てながらも楽しげに口許を緩めている赤坂。
来てよかった。素直にそう思えた。
そして、そんな事を感じた自分が今までの俺とは少しだけ違うみたいで、少しだけ気恥ずかしくもあった。
ここにいる誰も、俺の心の中なんて分かる訳がないのに。今ここで俺が感じている思いは、自分の胸の内にあるだけだ。
それなのに、ちょっとだけ照れ臭いこの感覚が、とても嬉しかったんだ。




