権八回想録 壱
昼間、人々を明るく照らし続けていた太陽が地平線の向こう側へと隠れていき、辺りの景色も徐々に薄暗くなりだした頃ーー
人気のない街の裏路地を6人ほどの武装した集団が清水の方向へとまっすぐに駆け続けていた。
『武装した集団』とは言っても、武士が戦で着るような鎧ではなく、腹巻を身につけている程度の身軽な格好をした、有り体に言えば『賊』と呼ばれる者の集まりである。その様子は、華やかさ・煌びやかさなどというものとは縁遠い『いかにも』といった感じの荒々しさを纏っているように見えた。
そんな彼らの先頭に立って目的地を目指す権八は、足を止めることもなく駆け続けながら心の中でポツリと呟く。
(どうして俺は今、こんなことをしているのだろうか)
今更とは自覚していても、長く世話になり、心の中で少なからず恩を感じている人が切り盛りする店を襲撃しに行く今の自分に違和感を抱く権八は、まるでそんな己をもう1人の自分が別の場所から他人事みたいに眺めているかのような感覚を味わっていた。
そんな風に浮ついた気分のまま、権八は雇い主である八兵衛の反物屋への道を急ぎつつ、まるで見えない何かに引き込まれていくかのように自然と、これまでの自分が用心棒として歩んできた人生に意識を向け始めていった。
ー3年前・春ー
「さあお前達! 今日からウチの店で用心棒として働くことになった権八だよ。これから仲良くね!」
応仁の乱で家族を亡くし、独り身になった権八は、元々武器を手に取って戦う家柄の出であったこともあり、生活のために半ば転がり込むような形で八兵衛の店の用心棒になった。
当時は八兵衛の店も始まったばかりで規模が小さく、用心棒も権八以外には3名ほどしか揃っていなかった。
「へえ〜、こいつが八兵衛の言っていた新入りですかい。なんていうか随分と辛気臭い顔していまさあ。八兵衛、ちゃんと役に立つんですかい?」
八兵衛に紹介されて頭を下げた権八に、その3名の中から女遊びをよくしそうな軟派な印象の男が品定めをするような顔つきで声をかける。その時の権八は『正直この男にはあまり関わらない方が良さそうだ』と心の中で思いながら、その男を眺めていた。
そんな権八の気をよそに、八兵衛は文句を垂れるような調子で口を開いた男をたしなめる。
「吉之介、せっかく入って来てくれた人に対してその口のきき方は無礼でしょうが。気をつけるんだよ」
「へいへい、悪うございやしたよ。それじゃ権八、とりあえず俺について来てください。店の案内とここでの決まりを教えますんでね」
どこか気だるそうに言いながら、『吉之介』と呼ばれたその男は権八を自分達の持ち場へと連れていく。
その後ろを付いていきながら権八は『これから俺は、そこでこの男にいびられでもするのではないか』と警戒して、軽く身構えていたが、その予想とは裏腹に、吉之介は一つ一つ丁寧に仕事を教え、最後には肩をポンポンと叩いて『まあ、分からんことがあったら、いつでも言ってくだせえや』と励ますような言葉をかけながら去っていった。
そんな吉之介を呆気に取られた顔で見送っていた権八は、しばらくして我に返ると、先程説明されたことを今一度確認し、明日から本格的に始まる仕事の準備へと取り掛かっていった。
八兵衛の反物屋で用心棒として働くようになって1ヶ月くらいが過ぎた頃、権八はここで働く人々のことが何となく分かるようになって来ていた。
まずは自分の雇い主である八兵衛。彼は権八と同じく武士の家柄出身で、ある程度は武術の心得を持っており、後で述べる吉之介らとは旧知の仲であったらしい。そこそこ裕福な環境で育ったからか鷹揚な性格をしており、新参の自分にも良くしてくれていた。
吉之介以外の用心棒仲間も、武術家の割には皆おおらかで、たまに全員で仕事終わりに飲み屋や遊郭に立ち寄ったりして、権八は久しぶりに楽しい日々を送ることが出来ていた。
そして吉之介。いつも女絡みの浮ついた話しかしない男だったが、一応、店の用心棒達をまとめる立場にあるらしく、戦闘時の指揮はいつも彼が担っていた。
その時の吉之介は、普段の時とは別人なのではないかと思うほど目覚ましい活躍をしており、権八は彼がこの店で一目置かれてる理由に徐々に納得がいくようになっていった。
ある日のこと、たまたま非番の日が重なっていた権八と吉之介は近くの川原まで出向き、そこで武術の鍛錬を行っていた。
10mほどの間を空けて、それぞれ己の武器を模した木刀を構えて向かい合う。
互いに間合いを測って、立ち位置をずらしながら時機を伺う中、ふと2人の間を吹き抜けていった一陣の風に巻き込まれた砂塵が舞い上がり、少しだけ両者の視界が悪くなる。
先に動いたのは、権八だった。
「セヤァッ!」
鋭い気合いと共に2本の短い木刀を、打ち込む間隔をずらしながら吉之介めがけて斜めに振り下ろす。
吉之介は権八の一太刀目をかがみ込んで掻い潜り、その時に溜めた下半身の力をバネにして、下から斬りあげるような形で二太刀目を弾き返した。
これによって権八の胸元に隙が生まれ、吉之介はその好機を逃すまいと振り上げた木刀を手首で返して右肩辺りから斜めに斬り下げる。
だが権八もここでやられるわけがなく、一歩後ろに跳び退って回避し、着地と同時に再び吉之介に向かって突進していった。
2人が打ち合いを始めてから10数合。
大きく跳び上がって振り下ろす権八の2本の短刀を、吉之介は『フンッ!』という掛け声と共に思いっきり弾き飛ばすと、完全に体勢を崩している権八に凄まじい疾さで斬りかかる。
権八も必死の思いでそれを防ごうとしたが間に合わず、手に持っていた短刀を全て叩き落とされて、気づけば己の眉間に1本の木刀が突きつけられていた。
「勝負ありですぜ、権八」
口元に八重歯を覗かせながら吉之介が声をかける。その顔はいつものように得意気であり、何となくムカついた権八は拗ねたような口調で言葉を返した。
「………次は負けないからな」
その言葉を聞いてさらに笑みを深めていく吉之介は、木刀をしまい込み、転がっていた2本の木刀を拾い上げて権八に手渡すと、そのまま川の淵まで歩み寄っていき、そこにどっかりと腰を据えて川の流れを眺めだした。
それを黙って見ていた権八も、やがて諦めたように『ふうっ……』と息を吐き出し、首を左右に振って気を取り直すと、吉之介の元へ歩いていき、彼にならうように隣に腰を下ろして川を眺める。
そんな風にしばらくの間、2人は黙って川を見続けていたが、ふと額の汗を拭った吉之介がちらっと顔を権八の方へと向けておもむろに口を開いた。
「権八、この場所にはもう慣れましたかい?」
吉之介の言葉に反応した権八は、一度声がした方に顔を向けて、その後再び川に視線を移しながら答えた。
「何とか。ここに来る前まで落ち着かない日々を送っていたものだったから、ようやく一息つけた気分だ」
「へえ、そいつは良かったことでさあ。それなら、これからはもっと本格的に、仕事に取り組んでいってもらいうとしますかね」
「えっ……? あれでまだ序の口だったのか?」
まるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔つきで急にこちらを向いてくる権八に、吉之介は『ぶっ!』と吹き出し、腹を抱えて笑いそうになるのを何とか抑え込みながら努めて澄ました顔で深く頷きながら答えた。
「もちろんでさあ。あまり俺達の仕事を舐めてかかっちゃあ、困りますぜ」
想定外の事実に軽く衝撃を受けた権八は、上体を後ろに倒れ込ませながら『ははっ……、こりゃ参ったな』と弱音のようなものを呟く。
その様子を見た吉之介は、顔に苦笑いを浮かべながら、まだまだこれからの後輩を励ますような言葉を投げかけた。
「へへっ、中々いい感じの反応をしてくれますね。大丈夫でさあ。じきに慣れていきますぜ」
そう言って吉之介も権八にならうように仰向けになって雲一つない青々とした空を眺める。
権八は、傍らで寝転んでいる吉之介を始め、自分に対して親身になってくれる人々に囲まれた日々を送れていることに一掴みの幸せを感じながら、こんな日常がこの先もずっと変わることなく続いていくものだと信じて疑わなかった。
皆様こんばんは! お久しぶりです。
今回は少し手短に2点ほどお話させていただきます。
1つ目。今回の話で八兵衛の口ぶりが今までと少し違っております。もちろんすぐに修正して参りますが、もし違和感を感じてしまった方がいれば、申し訳ございません。
2つ目。最近、どうもリアルの方が忙しく今月は投稿間隔が拡がってしまうかもしれません。できる限りすぐに次話を投稿するよう努力致しますが何卒ご了承いただけると幸いです。
以上で、今日お伝えする話を終わらせていただきます。それでは今後共、この流れゆくモノと『異聞応仁録』をよろしくお願い致します。




