いざ、八兵衛の反物屋へ
翌朝、衛実と朱音はいつものように、弥助の家で家主と共に朝餉を摂っていた。
衛実は、机の中央にある兎肉と春野菜の炒め物が盛られた大皿から、適当に自分の分を取って皿に移し替えながら、弥助に今日の仕事の確認をし始める。
「それで弥助、今日は朱音も連れて、八兵衛さんの所に行くってことでいいんだよな?」
聞かれた弥助は、食していた白飯を飲み込んで胃の中に収めてから、頷いて答えた。
「そうだよぉ。昨日、家に帰った後に使いを出してねぇ。八兵衛さんからも『心待ちにしておく』っていう返事を貰っておいたよぉ。」
「よし、それなら安心だな。弥助、助かるぜ。」
「まあまあ、こういうのは、あっしの仕事だからねぇ。あ、朱音ちゃん、お水汲んで来ようかぁ?」
朱音の湯のみに、水が無くなっているのを気づいた弥助が、自分のを汲むついでとばかりに機転を利かせて声をかける。
「む…、弥助、ありがとう。お願いするのじゃ。」
朱音は、まだ眠気が抜けていないようで、目を瞬かせながら答える。
心なしか、箸を握る手つきも覚束なく、こぼれたご飯粒が口元についていた。
「本当にお前って奴は、朝が弱いんだな。」
その様子を見た衛実が『しかたがないな』という顔を浮かべながら、ちり紙で朱音の口元に付いていたご飯粒を拭き取る。
水汲みから戻ってきた弥助も、黙ってされるがままの朱音を見て、思わず口元に笑みを浮かべた。
「まあまあ、朱音ちゃんもまだ小さいし、そんなもんでしょう。でも朝が弱いっていうのは、ちょっと意外だったねぇ。」
弥助の『意外と』という言葉と、自分が朱音に対して抱いていたイメージに差があった衛実が弥助の方を振り仰ぐ。
「そうか? 案外抜けてる所、多いぞこいつ。」
「そうかもしれないけどぉ、この歳で遠くからわざわざ京に来たり、この前の戦闘からもきちんと帰って来るあたり、しっかりしていると、あっしは思うよぉ。
もちろん、衛実がしっかり守りきったこともあったけどねぇ。」
「なんだいきなり。朱音と生きて帰って来れたのは、まぐれだよ。」
いきなり自分を褒める流れに持っていきだした弥助に、衛実はそっぽを向いて頭の後ろを掻きながら、はぐらかした。
その様子を弥助は、息子の成長を喜ぶ父親のように微笑んで見守りつつ、やっぱりちょっとイジりたくなって茶化し出す。
「そんな衛実ならきっと、今回の仕事もきちっとやってくれるんだろうなぁ。」
『やっぱりいつも通りだな』と心の内で思った衛実は、はあ、と1つため息をついて返答した。
「そうやって、変に緊張させるようなこと言ってくるんじゃねえよ。弥助に言われずとも、仕事はしっかり果たして見せるさ。」
「うんうん、頼もしいねぇ。」
そう言って、腕を組んで大げさに頷いて見せる弥助を憮然とした表情でじっと見た衛実は、軽く首を傾げた後、残っていた飯を一気にかきこんで、さっさと上の部屋に戻って行った。
それを少しニヤケながら見送った弥助は、今度はまだ残ってご飯を食べている朱音に声をかける。
「朱音ちゃん、身体の調子はどうだい? この街にも、そろそろ慣れてきたかなぁ?」
徐々に眼が覚めて来た朱音は、食事を続けながら弥助の問いに答えた。
「うむ。怪我もだいぶ良くなって来ておるし、衛実に案内してもらって、少しずつじゃが、この街の空気を知ることができた。
弥助にもこうして助けてもらっておることじゃし、今の所は、特に問題なさそうじゃ。」
それを聞いた弥助は、安心して満足そうな笑顔を浮かべた。
「それは良かったよぉ。まだまだこれから大変な事があると思うけど、頑張っていこうねぇ。あっしも出来る範囲で支えていくからねぇ。」
「ありがとうなのじゃ。」
と、ここで朱音は、何か後ろめたそうに下を向いた。
「……衛実も弥助も、わらわに優しくしてくれて嬉しい。じゃが、わらわは何もしてやれておらぬ…。
のう弥助、本当は衛実もぬしも、わらわの事を迷惑に感じておるのではないか?」
そう言って朱音は、顔を下に向けたまま、遠慮がちに弥助の方をうかがう。
一方、弥助はと言うと、『なんでいきなり、そんな事を言うんだ?』とでも言うような顔をしていて、朱音の視線に気づくと、顔を横に振って、朱音の懸念をやんわりと否定した。
そして、内緒話でもするかように、朱音の方に身を寄せて話し始める。
「そんな事ないよぉ。
ここだけの話、衛実は朱音ちゃんと出会ってから、なんと言うか、前と比べて感情が豊かになった気がするんだよねぇ。今まで衛実が感情を露わにした時って、怒った時ぐらいだったからさぁ。
それが最近じゃあ、少しだけど笑うようになってきた。それはきっと、朱音ちゃんが衛実と一緒にいてくれたからだと、あっしは思っているよぉ。」
そこで話に一旦区切りをつけると、朱音から離れて自分の席に座り直しつつ、話を続けた。
「それにあっしも、おかげ様で、ここ最近は楽しく過ごさせてもらっているよぉ。
朱音ちゃんだけじゃない。あっしらだって、朱音ちゃんに元気を分けてもらっているのさぁ。
時に支えて、支えられて。人はそうやって生きていくものだから。
だからね、朱音ちゃん。これからも衛実と一緒にいてあげてくれないかい?」
「…! 分かったのじゃ! わらわに任せてくれ!……また、弥助に助けてもろうてしまったの。」
弥助の励ましに、いくらか気を持ち直した朱音は、妙に何となく気恥ずかしくなって、照れ隠しの笑みを顔に浮かべる。
「うんうん、そういうことだねぇ。」
そんな朱音を、弥助はいつものように穏やかな顔で優しく見守り続けていた。
そうこうしているうちに、朱音も食事を終え、片付けを済ませてから、出発の準備をしに部屋へと向かう。
それから30分が過ぎた頃には、弥助の店先に、支度を調えた衛実と朱音が店主の見送りを受けていた。
「それじゃ弥助、行ってくるからな。」
「うん、気をつけてねぇ。」
「弥助、今日の朝餉もまた美味じゃった! ありがとうなのじゃ!」
「うんうん! 元気がいいねぇ、朱音ちゃんは。その調子で、お仕事頑張ってねぇ〜。」
2人のやり取りに、何となく疎外感を覚えた衛実は、先程、自分のいない所で何があったのか、よく分かってなさそうな顔で不思議そうに2人を見比べていたのだった。
1週間ぶりの更新です、と。(某RPGキャラ風)
はい、すみません。ふざけました。さてさて、何とか1ヶ月を空けずに更新出来ました。
え? 遅いぞコノヤロウって?
ごめんなさい。ですが、まあ徐々にペースを2月ぐらいにまで戻せて行けたらいいなとは思ってますので、どうか優しく見守っていただけるよう、よろしくお願い致します。
(追記:書いてる本人が言うのもどうかと思うのですが、弥助の朱音への接し方って、まるでロリコ…、ゲフンゲフン何でもありません。)




