修羅
不意を突かれたとはいえ、流石は腕利きの傭兵達である。最初に怪我を負わされた者以外は特に目立った傷は負っていない。
ただ、先の戦闘との連戦、さらに山の中を歩いて来たこともあってか、疲れを見せる者がちらほらと見受けられる。
「(まずい、このままだと潰される。やっぱり何とかしてここは一旦引いたほうがいいか? だが、あの身体能力じゃ、いずれ追いつかれる。どうするか。)」
徐々に押されつつある戦局を目にして衛実は何か有効な手立てがないか思案する。
先程から弓で狙うことも試してみたが、鬼の動きが疾く、照準が追いつかない。また、味方を誤射することにも繋がる恐れがあったため、早々に諦めた。
今、衛実に出来ることは朱音を最優先に守りつつ、他の傭兵の援護に入ることだけ。それも朱音から離れすぎるわけにもいかないので、全員分、特に討伐を優先している 4名はどうしても援護出来ない。
「悪いが、あいつらの援護に回ってくれないか?」
衛実は朱音の護衛の 1人に討伐に回るよう頼む。
「へっ? いやまあ、構いませんが、ここの護衛はどうしますか? 2人で守れます? ただでさえ片方は負傷しているのに。」
最前線ではないとはいえ、ここも楽ではない。時折、鬼から鋭い石や先の尖った木の枝などが飛んでくる。鬼が飛ばす物なので速度も早く、何より不意に飛んでくるので、決して気を抜けるような場所ではなかった。
「大丈夫だ。それにこいつだって動けるって言ってたぞ。余程大きく動き回るわけじゃないなら、何とかなるだろ。」
「分かりました。それじゃあ追加報酬、期待していますよ。」
そう言って討伐隊の方に加わっていく。
「へへっ、最初にしくじらなきゃ俺も今頃は、」
先程、脚を負傷したために、衛実と共に朱音の護衛に回った傭兵が加勢しに行った者を眺めて悔しがる。
「諦めろ。それに店を出る前にも言ったが、報酬はそれぞれ平等に払うし、働きに応じて追加も出すって言っただろ? 護衛だって大事な役目だ。だから今はこいつを守ることに全力を注いでくれ。」
「わかってますよ、そんなことくらい。でもまあ、あんさんもよくこの娘の頼みを聞き入れましたね。俺なら絶対に反対しましたし、そうなるようあらゆる手段を使って分からせちゃいますよ。」
「俺も初めはそうしようとしたんだけどな、弥助も朱音の味方をするもんだから、まあそれならやるしかねえ、って思ったんだ。」
手負いの傭兵は返ってきた答えに若干呆れながらも、衛実に対する印象を口にする。
「あんさん、なんて言うか甘い御仁でさあ。良くいえば優しい人ってとこですかい? 俺が言うのもなんですが、よく傭兵稼業やってられますねえ。」
「別にこれで困らなかったからなッ!」
鬼からの攻撃が飛んできたため、一旦会話を中断し、飛び物を弾く。1発では終わらず、連続で物が飛んでくる。
「けっ、流石に 2人になると少々きついもんでさあ!」
「だが、きっとあれは討伐隊から距離を取ったってことだろ? どうやら 1人送って正解だったみたいだな。」
事実、護衛から 1人が送ったことで、息を吹き返して攻撃の厚みが増した討伐隊は、衛実の読み通りに鬼を追い詰めていた。
「確かに、これならなんとかなりそうで、」
衛実と共に朱音を護衛する傭兵が同意を示した瞬間、鬼の姿が衛実達の前から消えた。
「どこにいった!? 総員、警戒しろ!」
衛実の警告も虚しく、討伐隊の中で鬼に 1番近かった傭兵の首が飛ばされて行く。
「!?」
「チィッ! 殺られたか!」
1人が倒されてしまったことで、戦局はまた振り出しに戻る。だけでなく、討伐隊が 4人、護衛が 2人では状況は先よりも悪い。必然、そこからの鬼との戦闘は衛実達にとって更に厳しいものとなっていた。
「くそっ!」
「大事ないか!?」
「ッ、何とかな!」
やがて 1人、また 1人と次々に負傷する者が続出する。完全に動けないわけではなかったが、巻き返しを図るには絶望的な状況だった。
「…衛実さんよ、俺も行かせてくれ。」
堪えきれなくなった手負いの傭兵が、衛実に自分も討伐隊に加えるよう進言する。
「待て、それなら俺が、」
「あんさんはダメでさあ!」
代わりに出ようとした衛実を傭兵は強い口調で制する。
「何でだ? お前は負傷している。俺が行った方が、」
「あんさんが行って、もし、死んじまったら誰がこの娘を守るんですか!? 」
「ッ!」
傭兵の剣幕におされ、衛実は口を噤む。
「あんさんには俺達の身よりも最優先で守らなきゃいけないもんがあるでしょう!
優しいのはいい事でさあ。けどね、本当に自分が守らなきゃいけないもんを守りきれなかったら、そんなもの、何の意味もありはしませんぜ! 」
傭兵に放たれた言葉が衛実の心に突き刺さる。
「だからね、ここは俺に任せて下さい。」
衛実が 1歩も動かないことを了承したと見て、傭兵は鬼との最前線に向かい出す。そして振り向くことなく、ポツリと呟いた。
「すみませんね、あん時少しでもあんさんの話を聞いときゃあ、こんなことにはなりませんでした。俺が功を焦ったばかりに、」
そのまま衛実の返事を待たず、突撃していく。
「待て!吉之介!」
衛実が制止の声をあげる頃には、吉之介と呼ばれた男は既に鬼との戦いに身を投じていた。
「も、衛実、わらわも」
朱音も後に続こうとすると、衛実に強く後ろに引かれる。
「なっ!? 衛実!?」
衛実に抗議する朱音。その目の前に鋭い木の枝が突き刺さる。
「なっ!」
「心意気はいいが、もう少し周りを見ろ。死ぬぞ?」
「じゃが! あの者はわらわ達のために!」
「朱音、これが戦場だ。」
鬼からの第2撃を弾きつつ、衛実は朱音に語りかける。
「1つの判断の間違いが、時に最悪の結末を生むことがある。どうやら今回、俺達はそれをやっちまったらしい。」
そう語る衛実の目の先では更に 1人の傭兵の命が奪われていた。衛実は続ける。
「思えば、ずっとそんなことを繰り返して俺は生きて来た気がする。」
また 1人、腹を裂かれて地に倒れていく。
「いつもこんな修羅場を越えて、俺の中に残っていたのは、『あの時、こうしてれば、』、『あれをやっておけば、』っていう後悔だけだった。」
衛実達の近くに、誰かも知れない者の両断され、千切れた腸を撒き散らしながら下半身だけの物体が、
厳しくも物腰柔らかそうだった老兵の切断された首が飛ばされてくる。
「何の達成感など無い。成し遂げた物すら無い。そしてそれにいつまで経っても向き合ってこなかった。何かと逃げ道を作って、誤魔化していたんだ。」
鬼の凶爪が吉之介と呼ばれた男を斬り裂く。それでも吉之介は何とか踏みとどまり、一矢報いようと刀を振り上げ、
鬼の腕に貫かれた。
「そのツケが今、回ってきた。それだけの事だ。」
吉之介から抜きとった心ノ臓を喰らう鬼。たちまち先の戦闘での傷が治っていく。
「朱音、この前俺に見せてくれたやつは使えるか?」
鬼と朱音の間に立ち、静かに武器を構える衛実。
「う、うむ。一応元の姿に戻れば出来るが…。」
「それなら、もう元の姿に戻ってくれていいぞ。それで俺の援護をしてくれ。出来るか?」
「わ、分かったのじゃ。」
「くれぐれも無理はすんなよ。いざと言う時はお前だけでも逃げてくれ。」
「衛実! それは!」
「来るぞ!」
鬼が地を蹴り、猛然と突っ込んでくる。それを衛実の薙刀が受け止め、鬼と衛実の一騎打ちが始まった。
「(これが、鬼の強さ!)」
一騎打ちが始まって数分、衛実は 6名の傭兵達を屠ってきた鬼の強さを思い知らされる。先程から朱音が衛実の援護をしているが、一向に逆転の機会は訪れない。
そんな中、鬼の目眩しが衛実達を襲う。
一瞬だけ顔を背けた衛実と朱音の間に隙ができてしまった。そこを突いた鬼の攻撃により、脚を負傷する朱音。すかさず鬼が朱音を仕留めようとする。
「あっ、」
朱音はその光景をただ呆然と眺めているだけだった。
「朱音!」
と、その間に衛実が朱音を庇うように割って入る。
「(くそっ!防ぎきれない!)」
鬼の鋭い爪が衛実の首筋を捉えようとする。
「衛実ェ!」
朱音が悲痛の叫びを上げるが、どうすることも出来ない。
パキンッ!
何かが割れる音がし、朱音が恐る恐る顔を上げると、衛実は無事で、どこにも怪我を負っていなかった。
その事実に衛実自身が一番驚いていた。
「(確かに俺は殺られたはず。なんでだ?)」
その時、何かが地面に落ちる音がし、その方に視線を向けると砕かれて粉々になった首飾りが転がっていた。
「(あの首飾りは、朱音の…そうか!)」
と、そこへ鬼の追撃が衛実を襲ってくる。それをいなし、反撃を繰り出すと鬼は距離を取った。
「(あの首飾りが俺を守ったのか。なるほど。初めて弥助の品が役に立ったぞ。)」
弥助の品が初めてその効果を発揮した事に、驚きと(衛実にしては珍しく)弥助への感謝の念を感じていた衛実に、過去、己が死に際の父親と交わした誓いが閃光の如く、降りかかってきた。
『衛実…、最後に…お前に伝えたいことがある。この先、何が起ころうとも…“生きる”ことだけは、諦めるな。
どんなに辛くても…希望を捨てず、前を向いて、生き続ければ…必ず、事は成し遂げられる…。』
『分かった…。分かったよ、父さん。俺、父さんとの誓いは必ず貫いてみせるからさ、だから父さんも生きていてくれよ!』
涙ながらに訴えかける衛実の頭に手を置いて、微笑みながら父親は最後の力を振り絞って口を開いた。
『それでこそ…俺の、自慢の、息子だ…。衛実…強く、生きろ。』
そうして静かに手を降ろし、満身創痍の衛実の父は、衛実の腕の中で、その生涯を終えた。
『父さんッーー!』
「(そうだった。俺は約束したんだ、『生きることを諦めない』って。)」
再び自分の武器を力強く握りしめた衛実は、振り返り、朱音の安否を確かめる。
「朱音! 無事か!」
「ああ、大丈夫じゃ! それよりぬしの方は、」
「安心しろ、お前がくれた首飾りのお陰だ。」
そして再び鬼を見据え、
「さて、これでだいぶ動きにも慣れた。そろそろ殺らせて貰うぞ、鬼!」
体勢を立て直した衛実と朱音は今度こそ決着をつけるべく、鬼と真っ向から相対した。
こんばんは。実は前回の話を投稿した後、編集で後書きに注意書きを付け加えました。もし目を通していない方がいらっしゃいましたら、ご確認下さい。
まあ、別に見なかったからといって、この後の話に大して影響はしませんので、「メンドイ」と思って見なくても構いません。
皆さん聞いて下さい。今日僕、人生で生まれて初めて「一人カラオケ」をやりました。最初はちょっと戸惑いましたけど、むちゃくちゃ楽しかったです。
…え? そんなこと聞いてない、って? …まあ、別にいいですよ。
最後に、最近、日本でも「新型肺炎」での犠牲者が遂に出ましたね。読者の皆様、お身体には充分お気をつけ下さい。「外出れなくてつまらない」という方々にとって、僕の小説(大妄想 黒歴史シリーズ)が少しでもいい暇つぶしになってくれれば、嬉しい限りです。
ではでは。




