STEP3-3 王都の悪党――その名は・N~奈々緒の場合~
返ってきた声に愕然とした。
思わず立ち止まっていた。
アズは笑っていた。
「……いや、なんでそんなヌルい生活しなきゃなんねえの?
お前と暮らせることは歓迎だ、家があるのもグッジョブだ。
けれど、俺はいまの状況、めっちゃ楽しんでるぜ。
お前のボディーガードやってた頃の刺客どもはさ、もーてんっでハエみてーなもんだった。
それがいまはどーだよ。
ガチで強ぇ騎士、訓練された兵士、力のある異能使い!
まあどいつも俺より弱ぇんだけどよ、それでもそれなり歯ごたえあんだよ。
やつら必死に戦ってさ、俺に負けると『この悪党め!』って悔しがるんだ。
いやあほんと、マジにキモチいーわ!
俺の人生よ、いまやっと、マジに楽しいんだ。
お前はおうちで平和に暮らせばいいさ。王どもからふんだくったカネをあいつらに配ってやれよ。そんときお前が危なきゃちゃんと守ってやる。もちろん、ほかの七瀬のやつらもな。
でもこんっな楽しい遊び、俺は自分から降りるつもりなんざねェ。
そーだな、モノホンのへーかが俺に平伏して、命乞いしてきたら考えるわ。
それか、もうひとりぐらいサイコーのかわいこちゃんを俺にくれれば!
そーいやユキマイの女王さまって、すんっげ可愛いネコちゃんなんだって?
お前とどっちが可愛いか……」
アズは楽しそうに笑っていた。
けど、その笑顔のまま、前のめりに倒れた。
俺たちはすでに、包囲されていた。
俺の腕の中、笑ったままのアズの息はすでに、なかった。
「……緒! 奈々緒!
しっかりして。今見たものは、現実じゃないよ。
とてもリアルだけど、何度でもやり直せる、シミュレーションだ。
ほら、深呼吸して。
……ついてなかったね、最初の挑戦が、あんな終わり方で」
はっと気付けば、奈々希が俺を呼んでいた。
暖かな手が肩に置かれ、俺を正気づけようとしていた。
どっ、と全身から汗が出てきた。
さっきこの腕に感じた重さ。本当に、こときれたアズを抱いているようだった。
ぞっとした。シミュレーションだなんて思えなかった。
「震えているよ。すこし、休むといい」
「ありがとう。でも、大丈夫。
……本物のアズはさ。死んだ、んだよね。笑ったままで。
そうなってる。いまは、まだ。
サクやんの歴史も、そのまんまだ」
そう、本物のふたりは死んだのだ。唯聖殿の地下で。
アズは、あんな風に――悪党として、笑ったまま。
サクやん――サクレアは、信じていた友の裏切りに泣きながら、幾度も。
そしてその歴史はまだ、変えられてない。
自分でも不思議だけれど、今の俺には、それが感じ取られた。
そして俺の前に立つナビは、それを否定しない。
だから俺は、言葉を続けた。
「そんなのはいやなんだ。
変えたい。一刻でも早く。
奈々希。お願い、もう一度……」
* * * * *
俺は考えていたのだ。あのタイミングでも間に合うと。
なぜって、アズが本気で狩られるようになってから、まだわずか三日。
アズの心はそこまで深く、暴力に取り込まれてはいないはず。
俺たちとの、楽しく平和だった――それは活動のときには刺客もきたけど――日々への切符を差し出せば、まだアズは受け取ってくれるはず。
そう、俺は考えていた。
けれど、そうじゃなかった。
アズを『悪党』にしないためには、やはり一日だってそんな立場に置いちゃダメだったのだ。
けれどあの運命は、俺の力では避けえない。
すなわち、アズが王都に飛び出し、義賊となることは。
そしてたちまちにして、鬱屈した世の寵児となることも。
なぜって、アズには好奇心と正義感がある。
そして研究院の背後にある王家の権力は、俺たち七瀬のそれより大きく、国内のすべてを押さえつけている。
でも、俺は気付いた。
それをひっくり返す方法がないわけじゃない。
そうすればそのさきの――『王都の悪党』となる運命は、『上書き』できる。
それ以上の運命が、押し寄せることによって。
だから俺は、アズールが義賊となってすぐ、自ら革命ののろしを上げた。
大義も勝算も充分あった。
エリーをはじめとした由羅は、経済基盤の弱さから、なにかと冷遇されていた。
経済を停滞させかねない王の舵取りのまずさに、三倉も見切りを付け始めていた。
偉名王の出身である、瑠名の中にすらいたのだ――貧しく、虐げられるものたちが。その立場に落ちぬよう、現状に必死にしがみつくものたちが。
俺も、七瀬のみんなにも、いいかげん義憤がたまっていた。
アズも俺の側で戦える、ときけば二つ返事で加わってくれた。
なにもかもがたやすかった。
俺は『御座』のチカラをフルに利用して、シミュレーションの中にありながらも、その情勢をすべて把握し、最適なやりかたをはじき出しつつ進めたからだ。
いうなれば、逆行転生による知識チート+『大賢者』による高速多重演算の無敵の体制。
俺は、希代の天才軍師としての成功をほしいままにした。
戦いも余裕。交渉も危なげなし。
的確に仲間を集め、裏切り者を近づけず、敵対者の布陣のスキをことごとくつき、敵味方の死者をだすこともなくして、革命軍はみるみる偉名国内を掌握。
挙兵から一月もたたずして、偉名宮に王手をかけた。
* * * * *
計算ずくめの俺の毎日だったが、アズとふたりの休み時間だけは別だった。
あったかいコーディアルを飲み、のんびりと過ごす。
そのときだけは、俺は『御座』を使わなかった。
しばらくそんな時間も持ててなかったが、今日だけはみんなに無理言って、時間を作った。
だって、明日は決戦だ。
明日勝てば、全部終わる。
俺は偉名王になって、アズはその一の騎士。
俺はアズにずっとそばにいてもらう。ユキマイに行けなんて、サクレア王を篭絡しろなんて絶対言わないし、ほかの誰にも言わせやしない。
それで、すべて終わる。アズとサクやんは永久に、呪わしい『過去』から逃れられるのだ!
時間が夜で、非番のときなら、アズがいる場所を探すのは簡単だ。
月が一番綺麗に見える場所。そこにいつも、アズはいるのだ。
俺はアズが一番好きなコーディアルをマグカップに入れて、庭園を横切る渡り廊下を目指した。
はたして、アズの後姿はそこにあった。
「アズ!」
声をかけると、アズは振り返った。
しかし、今夜のアズは、黙ったままだった。
さすがのアズも、決戦を前に緊張しているのだろうか。
「だいじょぶだよ。明日もぶじ勝てる。
そうしたら、ぜんぶ終わるから。
はい、いつもの。まだあったかいよ?」
だから笑って、マグカップを差し出した。
しかし、アズはそれを受け取らない。
無表情のまま、ぼそっと言った。
「お前、最近つまんねえな」
――何を言われているのかわからなかった。
ぽかんとしていると、説くように、やさぐれるように、吐き出すように、アズは言葉を重ねてきた。
「つまんねえんだよ、今のお前。
前はよ、いちいち泣いたり笑ったり、失敗しちゃ落ち込んで、でも立ち直っちゃがんばって。
ホント、どうっしようもねえお人よしで、天然ボケで危なっかしくて。
だから俺はお前んとこにきた。
それがいまのお前ときたら、常に余裕ぶっこいてよ。俺サマはなんでもわかってますって顔してやがる。
お前の作戦はいっつも完璧だ。正直俺いらねえよな。つまんねえよ。
だから、決めた。俺、あっちにつくわ。
安心しろよ、お前らは殺させねえから。
いいか、止めるなよ? ぜったいに、止め……」
「待って!!!」
へんな念押しをされたが、聞けるわけもない。
混乱のまま俺は、アズの腕をつかんでいた。
ブリキのマグカップが、硬い音を立てて床に転がる。
せっかくのコーディアルもこぼれて流れてしまったが、いまはそんなの、どうでもよかった。
「待って、よ……なに、いってるのかわかんない。
王党派につくって、そういってるの?
まって、ちがうんだ、俺がこんなことしてるのは、そうさせないためであって……
そしたらお前はきっとユキマイに行かされることになる。そしたらきっと、サクやんを殺して、それで、……
だめだよ。そっちに行ったらダメなんだ。
たのむから、ここにいて。ユキマイには行かないで。なんでもするから。だから……」
「へえ。なんでもしてくれるのか? マジに?」
アズがすいと手を掲げると、誰かが後ろから俺の腕をつかんだ。
目の前には、銀色のきらめきが複数。
『騒ぐな』。そんな声をかけられて、背中が一気に冷たくなった。
アズは楽しげに笑った。
「こいつら誰だって? ほら、こないだ昔の仲間だっていって連れてきた奴らだよ。
お前俺のこととなると何一つ疑わねえんだもん。あんときだけは逆にびびったわ。
……いや、マジに? 泳がせてたわけじゃなしにマジ?」
痛感した。俺は、バカだ。
アズは俺の親友だって、裏切ったりなんかしないって、信じきっていた。馬鹿じゃないか。
アズは俺を助けた。でも俺を裏切ってた。史実ではそうだったじゃないか。ずっとずっと俺に隠してサクレアをひどいめにあわせてた。
なのにどうして、アズを信じきっていたのだろう。
「……心配すんな。
『ナナの身柄は俺のもの。必要以上の傷を負わせねえ』
俺はやつらにそう約束させてある」
おんなじだ。またおんなじだ。
にやりと笑う顔はおんなじだった。
こいつは、いまのアズは『王都の悪党』だ。『悪党』になってた。戦いを通じて。俺がよこした、戦いの毒を食らって。俺が歪めた。
なにもかもが真っ暗に染まった。そんな気がした。
今度は言い訳の余地もない。俺がこの手で、こいつを、悪にしてしまったのだ。
「一緒に来い、ナナ。そうすりゃ俺は、お前だけのモンだ」
それでも、こいつは俺に笑いかける。手をさしのべてくれる。
だましても、裏切っても、拉致っても、最終的には俺のことを――
そのとき俺はもう、赤と黒の瞳におぼれていた。
いますこし冷静になれば、話術と幻惑にやられている、そう気付いたはずなのに。
「……うん」
でも、そのときの俺にはそんなのもう、どうでもよかった。
アズの笑みが優しくなった。
大きな手であたまをなでてくれた。
そっとなみだをふいてくれて、そして――
「っにやってんのよもう、ナナオのバカっ!」
そのとき俺は正気にかえった。
みれば、俺たちは全員囲まれていた。
武器を構えた仲間たちに。
それを率いているのは、陽光色のツインテールに、ルビーの瞳を持った戦姫。
「エ、エリー!」
だった。




