その15
その15
午前中テレビを『心見◯窓』を開きながら、なんとなく流していると番組終わりの占いのコーナーが始まった。
血液型や星座の占いではなく、選択肢型の方だ。
こういうのは結果を見逃すと一番気になる。
その瞬間だけど(笑)。
赤、青、緑、黄の巾着袋から選ぶのだ。
…『赤』にしよう。
おっ!赤が1番だ!さすがに全体的に良い事が書いてある。何々ラッキーアイテムは『トランプ』か。
「♡の12だよ」
何だ?心見◯窓から声が聞こえてきた。
ハートの12限定とはどういう事だ?
まだ何かあるかもしれないと思い聞き耳を立てるが、これといった声は聞こえず番組はそのまま終了してしまった。
トランプを取り出して『♡の12』を探す。
点対称のクイーンがこちらに向かい微笑んでるように見えた。
なんたってラッキーアイテム何だから。
行きたい所もあるしコレを持って出よう。
近くの駅から4、5駅乗ると繁華街に出る。
行き交う人が平日なのに半端ない。
時々来るが何でもかんでもあっていつ来ても見飽きない。絶え間ない変化を常に味わうことが出来る。
誰かが言っていた。『都会とは人が織り成す総合芸術だ』と。
突然地下に続く階段を見つけた。
もちろん地面に落とし穴みたいにある訳じゃなく多くの店が建ち並ぶ間に地下への階段があるのだ。
立て看板が周りの店と不釣り合いにポツンと立っている。
どうやら古道具屋らしく、しかも閉店セールで今日が最終日のようだ。
こんな場所に古道具屋?と思ったが昔からあった老舗かもしれない。
普段なら気付かず通り過ぎていたところだ。
しかも今まで『引き寄せ』たモノがなければ躊躇して入ることもなかっただろう。
更に閉店セールでなければまた今度と思って結局忘れてたかもしれない。何故かずっと閉店セールをやっている店もあると言うし。
だが、偶然が重なることはあるのだ。それが奇跡に繋がるのかどうかは予測出来ないが。
地下へと降りて行く。暗くはないが気持ちはダンジョンに入っていくかのようだった。
降りた所にも看板が打ち付けてある。
『ナンカコウテクレヤ』
随分直接的な店だ。多分店名だと思う。多分大丈夫だろう。多分…。
ドアノブに手を掛けて、ドアを開…かない?押す、引く、スライドさせる…思い切って上げ…開いた!
正確にはドアを少し上 げて押せば良かった。建て付けの問題か?地震でもあって閉じ込められたら危険だぞ。
ともあれ店内に入る。
「いらっしゃい…」
年配の親父さんが、面倒そうに挨拶をする。
ドアの修理代とか請求されないだろうな、と思ったが、それはなく一安心だ。
店内は結構広いようだが、所狭しと物が置いてある為窮屈に感じる。
真贋ごちゃごちゃになってるだろう雰囲気がワクワクする。
うわっ、『エクスカリバー』が3本も置いてある。最初から突っ込みどころが多くて楽しい。
『正宗』『村正』に『草薙の剣』『天狗の隠れ蓑』?『鬼の金棒』?なかなかのラインナップだ。
『引き寄せ』なくてもこれだけの物があるなんて。
ここの物でも適当にでも魔法陣に置けば使えるんじゃないか?
物は100年経つと付喪神といって妖怪になるぐらいだ。
…此処って創業何年だ?まあ、長くても創業当時の店舗ではないか。
でも100年以上の老舗の店なんかは妖怪店舗か?
古道具屋って百鬼夜行がある可能性がトンデモなく高い気がする。
そう考えると怖いな。今の自分の状況からくるものもあるかもしれないが。
しかし節操なく置かれている。面白い物ばかりで足がここから離れられない。今日がラストなんてあまりに時間が足りない。
本当は『はじめから』に行く予定だったが、今度にしよう。
おっ、台座に剣を刺して展示してある。
また『エクスカリバー』か?
でもさっきあったのと随分デザインが違う。
尋ねようと店主の方に振り向く。
親父さんはリモコンを取り出すと剣の上にあるテレビを点けた。ブラウン菅のテレビだ。
さすが古道具屋だけの事はある。
20型のテレビの画面がぼんやりと映る。
次に違うリモコンを出すとテレビの上にあるVHSのビデオを再生した。
有名なゲームのオープニングだ。
『ゼ◯ダの伝説』とドーンとタイトルがあってその下に細身の剣が描かれていて滝が流れ落ちている。『1』と付いて無いところを見るとディスク版だな。
だとするとこの見た目は『◯ード』でも『ホワ◯トソード』では無いだろうから必然的に…
『マジ◯ルソード』だ!
オープニングの続きを見るとアイテム紹介に切り替わり、そこにさらりと出ている。
続編だとオープニングで地面に刺さっている。主人公リ◯クが16歳になったとぉ~き(時)左手の甲に北条家の三つ鱗が現れる(笑)。そんな彼の標準装備だ。
そういやビームとか出るのか??
ふとオープニングの最後に『詳しくは本を見て下さい』とあるけど書いてるのか?
強烈に気になる。値段が無いがいくらだろう。非売品なのか。でも閉店セールだし、いつもより交渉はしやすいはずだ。
親父さんもこちらに気付いたのか、なんとなく待ち構えているように思える。
「欲しいのかい?」
親父さんはニコニコと笑っている。無愛想かと思ったけど、そうでもないのか。
それとも足元見られてるのか?
財布に手をやるが正直中身は入ってない。
だけど、ここで引き下がる訳にはいかない。
悪魔を召喚した時「コンゴトモヨロシク」と言わせる交渉をしなくてはいけないのだ。
その前哨戦だ。相手は百戦錬磨に違いないがここで成功させて『マジ◯ルソード』を手に入れる事が出来れば自信がつく。
そう、力を求める為に智慧を絞り出し勇気を持って行動するのだ。
「金はいいよ。その代わり…」
えっ?!意外というか拍子抜けの展開だ、が
何を求められる?まさか命…は考え過ぎか。
「何か交換出来る物はあるかい?」
モノ?何も無いぞ。ここでわらしべ長者的展開か?まあ、これ以上交換する事はないだろうけど、もしそうなれば最後は何と交換になるんだ?城とか国?欲張り過ぎか。
それより目の前の事だ。
一応護身用に『如意棒』はあるがこれは渡せない。
…しまった。こういう時こそ『心見◯窓』を持って来ていれば…。
いや、ラッキーアイテムがあった。『♡の12』だ。
…でもトランプのたった1枚を出して交換してくれるのか?
だけど、これしか……。
勇気を出して、恐る恐る『♡の12』を親父さんに見せる。
怒りだしてもおかしくない状況なので、トランプを相手の顔が隠れて見えないよう努力する。
店の中に静寂が訪れる。沈黙が続く。
隠れてないが息を殺してただただ待つ。
親父さんから息が漏れる音がした。
答えが決まったのだろう。
ならば、聞こうじゃないか。OKか?NGか?どっちだ?無理でも簡単には諦めないぞ。
「いいよ。交換してやろう。使いこなせるかな?」
親父さんは目の前の『♡の12』をヒョイと取ると満足気に言った。
えっ?OK?でも多分使いこなせないなぁ。
「マジ◯ルソード」を手に入れた!
この親父さんなら大丈夫かと思い天に掲げようかとしたが、その前に剣を鞘に納め箱に入れてくれた。
案外軽い。この辺もマジ◯ルたるゆえんか?
それと何故『♡の12』でOKだったのか気になったがやぶ蛇になると嫌なので敢えて聞かなかった。
後で思い当たったが、その時『♡の13』ではダメだったのかという疑問も浮かんだ。
たいした話じゃないけれど。
時間を見て『はじめから』に寄ろうかと思ったが荷物もあるので帰る事にした。
そう言えば古道具屋『ナンカコウテクレヤ』の後には
「みんなに内緒だよ」
とちょっとした軍資金をくれて違法な『お金を増やすゲーム』をさせる所が出来たが警察が踏み込んで御用となったというのをニュースで知った。
その後の事は知らない。
家に戻って『マジ◯ルソード』を見る。
で、ここで
「マジ◯ルソード』を手に入れた!
天に掲げアピールする。忘れないうちにやっとかないとね。
それよりこれも『力』があるのか?
だとすれば数としては揃ってるし。後はれいひの方法とするなら『力』があるかだな。
あくまで、その方法が正しいならだけど。
ふと壁に立てかけていた『心見◯窓』を見る。今日のような事があれば持ち歩きたいが、そこそこの大きさがあるので使いにくさが難点だ。眼鏡とかなら使い勝手が良いのに。
『心見◯窓』を何気に開けて周りを見渡す。テレビも点けてないので静かなものだ。
『マジ◯ルソード』に『魔法のランプ』が淡く光っている。
へぇ~物は光るのか…?光る?慌てて周りの物と比べると明らかに違う。
ただ淡く光っているか光っていないかだけだけど。
『如意棒』は光った。
『?ブロ◯ク』は光らない!?コイン出てきたのに。まあ使用済みだしな。
『火のクリ◯タル』は光った。
『本物』『偽物』を教えてくれる訳ではなく、少なくとも『力』?が見えるのか!?
『心見◯窓』の意外な使い道が!
しまった!!もっと早く気が付いていれば…『ナンカコウテクレヤ』にも、いや常に持ち歩いていたのに。
魔法陣の実験の時も有効に使えただろうに。
返す返すも悔やまれる。
ただ、その『力』?が見えても実際何に使えるか謎だけど。
こうしちゃいられない!レンタル倉庫に直行だ!
走った走った。息を切らせながらも休む事なく倉庫の扉を開く。
『心見◯窓』も開く。…見事なまでに全部淡く光っている。
それを確認すると帰路につく。
多少変に思われたかもしれないが、『心見◯窓』を開きながら怪しまれない様にいろんな物を見ていた。
収穫はなかったが、無くても充分だ。
因みに『心見◯窓』自体は鏡で確認したが光らなかった。
まさか『魔法のランプ』まで光るとは…本当に『魔人』が封印されているのか?
『玉璽』も光ったけど…何処の誰だか知らない皇帝でも出て来るんだろうか?
それとも、これで押したら何でも許可されるのか?
光ったモノを数えると全部で13あった。今後も増えるかもしれないが、これで召喚プログラムを試してみる価値はある。
一つぐらい予備があった方が…組み合わせが増えるか…面倒だな。
…そこはそれ、気にしないでおこう。
これならばルシファーは無理でもフェアリーぐらいなら呼び出せるんじゃないか?
れいひに連絡しよう。前回を考えると彼に負担を掛けっ放しで悪い気がするが、少なくとも進展はあるはず…だ…。
早速電話を掛けようと携帯電話を手にした瞬間電話が鳴った!
驚いて思わず携帯電話を放り投げそうになった。
電話の相手を画面で見てまた驚いて落としそうになった。
画面には『ゆう・れいひ』とあると思っていたが、そこには
『尾根鷹子』と表示されていた。
瞬時に考える。
出るか?無視してこのまま放って置くか?留守電まで待って様子を伺うか?
まあ、待て別に物凄い裏切られた訳じゃない。気にはなっていたのでここは無事だと思って連絡が来て良かったじゃないか。
出よう。
「今まで連絡出来なくてすいませんでした…あの…」
彼女は何度も電話の向こうで丁寧に謝っていた。
「信じてもらえないかもしれませんが、実は事故に遭って意識不明だったんです」
……確かににわかに信じ難い。ただ、嘘を言ってるようにも思えない。全くの嘘でないにしろ、それに近い事があったのかもしれない…一応そう思おう。
「もしよろしければ、明日お会い出来ないでしょうか?お邪魔でなければお宅にお伺いしたいのですが…」
えっ?来るの?困りはしないけど、来るの?…まあ、意地が悪いが気長に待っていよう。
「ありがとうございます。では明日よろしくお願いします」
その後も何度もお礼と謝罪を言って彼女は電話を切った。
彼女は明日午後に来る事になった。何もない部屋だが片付けぐらいはしておかないと。
れいひへの連絡は彼女と会った後にしよう。
状況がそれ程変わる事もないだろう。
翌日の午後『白い貝殻の小さなイヤリング』の持ち主『尾根鷹子』さんが訪ねて来た。
20代半ばだろうか?大柄でも小柄でもない。
確かに言っては悪いがどこにでもいる物静かな『普通』のお嬢さんに見える。
「やっと会えた」
初めて顔を合わせた時の彼女の第一声は以前れいひに言われたが、何だろう全然違う。
綺麗な瞳が一心にこちらを見つめている。
あぁ、そうだ。この人美人だ!本当に美人だ!あの若い巡査の『あとから美人』は間違いなかった。目立たないだけで美人だ。
そう『目立たない美人』だ!
ただ、どうも薄化粧でわざと目立たないようにしてるように思う。
勝手な想像だけど派手なのが苦手なタイプなんだろう。
でも、それって自分が美人ってのを分かってる?
おっと玄関先で立たせているのも悪い。
上がってもらおう。すぐ部屋だけど。
「お口に合うかどうか分かりませんが…」
彼女は紙袋から菓子折りを差し出す。クッキーとかビスケット系かな?
お茶を出さなきゃいけないな。紅茶が無難だな。ティーバッグって便利だ。ポットのお湯をティーカップは無いのでマグカップに注ぐ。なかなかの色だ。あと、砂糖、砂糖と。
ふと彼女を見ると部屋を見回している。
危なっかしい物は基本レンタル倉庫に置いているから大丈夫だとは思うが。
早速お土産を開ける。クッキーの詰合せだ。美味そうだ。こういうのって自分では買わないからなぁ。
「今日は会って頂いて本当にありがとうございます。本当の事を言えば会って頂けないかと思いました」
彼女は少し伏目がちになる。
そんなに気にしなくてもいいのに。
「でも、あのイヤリングを拾って頂いて、とても助かりました。私も何度か探しに行ったのですが見つからなくて、半分諦めてあの交番に行ったんです。
そうしたら、届けられてるって!奇跡としか言いようがありません」
確かによくあんな所で見つけたなぁ。『引き寄せ』たのかもしれないが、こうして持ち主と会ってると思うと数奇な運命を感じる。
「ところで、あの山で他に何か見られませんでしたか?」
…他に?何か別の物を落としたのだろうか?
「いえ、そういう訳ではないんですけど」
どことなく歯切れが悪いような気がするが何かあるのか?
あの山でのエピソードはもちろんあるが、空中建造物が落ちていくのを見たとか、剣が飛んで来て死にそうになったとかを話しても変な人だと思われるだけだ。
それでも彼女は何か感じとったのかやんわりとだが続けて聞いてくる。
「歌を聞いたり、熊を見たとかありませんか?」
歌?熊??あのフレンドリーマウンテンに熊が出るのか?!そんなニュース聞いてないし、それなら山を封鎖するとかしてるはずだ。
…やはり彼女は、あのお嬢さんなのか?
言ってみれば、ゴッドス◯イヤー的体験をしているのか?
そこまででなくとも召喚プログラムのデータディスクを貰っている人もいる。
最近で考えれば不思議な体験をしている人に会う確率は通常より高いはずだ。
しかも『白い貝殻の小さなイヤリング』を落とした『お嬢さん』が『熊』と『歌』ていう単語を発している。
偶然にしても出来過ぎている。
まさか童謡から人まで『引き寄せ』てしまった?
これだけの体験をしているんだ。あり得ない事はない。
「ごめんなさい。おかしな事を聞いてしまって…」
おかしな事か…。それはこちらから聞いても大丈夫なのか?と迷っていると
「あれは魔法のランプですか?」
彼女がアラビアンランプに視線を移し尋ねてきた。
『魔法の』に内心驚いたが慌てたのは彼女の方だった。
「すいません。映画とかでしか見たこと無かったので、つい『魔法のランプ』だなんて」
可愛い間違いだ。まあ、日常では見ないもんな。インテリアショップとか輸入雑貨とかの店にいけばあるんだろうけど。
彼女はその近くに置いてある『火のクリ◯タル』にも気付いたようで
「占いとかされるんですか?」
そういう反応だろうな。…そうか、水晶球をカモフラージュで『心見◯窓』を使えば良かったんだ。辻占いみたいに台の下に隠して水晶球で占ってるふりをすれば…今更いいか。
風水的なものだと答えたが『火のクリ◯タル』だしなぁ、ともつまらない事も同時に思う。
「あの…」
彼女が何か言い掛けた時、ドアをノックする音がした。
「突然すいません。近くまで来たので…」
ゆう・れいひだった。
「おや?お客さんですか」
彼はお嬢さんを認めると軽く挨拶する。
「峰…違う、尾根鷹子さん、いや『お嬢さん』とお呼びした方が良いですか?」
知り合い…ではないのか?でも、何だその言い方?
れいひに問いに彼女の優しそうな瞳の色が変わる。もはや『普通』の目立たない美人のお嬢さんではない雰囲気を醸し出している。
「ゆう・れいひ…やはり只のライターではないみたいね」
彼女が警戒を含めた言葉遣いになる。
れいひは部屋に入ってきた。
「只のライターですよ。なんたって謎については守備範囲ですから。それより僕の事を知ってもらっているなんて光栄です」
「貴方みたいな人は数多く知っています。そして、深入りし過ぎて行方不明になったり、命を落としていった人も」
えっ?何か怖い話してる?
「でも、いくつかの家族と呼ばれる組織は善悪という二元なら善だと認識してますけど。
最もそういった秘密を暴露するかもしれない危険性がある時必要悪、尊い犠牲といった概念で工作活動しているなら多少の自重はするつもりですが」
自重…多分しないんだろうな。
「それに関しては我々を信じて欲しいです。私は単純に危険だと言っているのと我々以外の組織について話しているつもりです」
「もう一方、すなわち悪の方ですか」
お嬢さんは小さく頷く。
しかし一体全体何の話をしているんだ?
我々ってなんだよ。組織って?悪の組織?ショッ◯ーとか?うわぁ~たくさんあり過ぎて枚挙にいとまがないぞ。まあ壊滅してるのもあるだろうけど、残党が再起かけたり、関係も無いのにネオ◯◯とか立ち上げる奴が出て来たりもあるしな。
二人だけの会話でこっちは置いてけぼりだ。
口を挟もうにも全く挟めない。
このお嬢さんは何者なんだ?何しに来たんだ?頭の整理が追いつかない。
「ごめんなさい。今日ここに来たのはお礼もあったんですけど。本当はあなたを調べに来たんです」
お嬢さんはこちらを真っ直ぐ見て言った。
「場所を変えてもよろしいですか?」
何処に?改造とかされるのか?
「大丈夫だと思いますよ。決して彼女が僕たちに危害を加える事は無いはずです。
でも、彼女を狙う組織がいるなら巻き添えを喰うかもしれませんが」
「そこは安心してもらって構いません。この地域の安全は確保されましたから」
即座にお嬢さんは答えた。
この辺り何かあったのか?そういや熊って?
「では、ここでもいいんじゃないですか?」
「安全とはいえ、誰が何処で聞いてるか分からないですし…」
彼女は、れいひに視線を合わせ微笑んだように見えた。
「確かに。でも、どうします?」
れいひがこちらに目を向ける。お嬢さんも向き直った。
やっと出番か。でも、どうしますって言ってもほぼ決定してるじゃないか。
だいたい何を調べる気だったんだ。『引き寄せるモノ』か?
ここはれいひの言葉を信じて彼女に従うか。
彼女は礼を言うと窓際に立ち電話を掛ける。
「あっ、お姉さん?嬢です。…そうです…お願いします。
えっ?坊がそんな事言ってたの?
帰ったらただじゃおかないって伝えといて。
そうそう例の件はお父さんには内緒ね」
ナンダカ楽しそうに電話してる。自分の事は嬢って呼ぶんだ。『尾根鷹子』は偽名?話してるのは普通の会話みたいだけど暗号か何かだろうか?
その横でれいひが小声で話し掛けてくる。
「家族と言うのはあくまで下部組織で僕の調査では『ミセス ターバンシェル』『ウェーブ』『シップ』なんかのコードネームを持つ家族もいるそうです」
何の情報だ。『ターバンシェル』ってなんだよ?後は波に舟か…?!
んっ?もしや『ターバンシェル』ってあの独特の髪型をしたあの人か!?
お茶の間で見ていたのは仮の姿なのか?
…掘り下げるのはよそう。何でそんな事振ってきたんだ?
「お待たせしました。行きましょうか」
彼女はキリッとした表情に変わる。僅かな時間で立ち居振る舞いが完全に違う。隠す必要が無くなったからか?仕事モードなのか?
外に出て珍しくこの辺を通ったタクシーに乗ると彼女は助手席に座り行き先を告げる。
「質問しても大丈夫ですか?」
れいひが尋ねる。
「答えられる範囲なら」
彼女はこちらを振り向く事なく答える。
「ありがとうございます。どうぞ」
えっ?突然の振りに驚きれいひを見るとニコリとする。
確かにいくつか聞きたい事があったが迷っていたところだ。それを察してくれたのか。
そもそも熊の話が気になるが、が、この際だからこそ聞いておきたい。
尾根鷹子さん、いや『お嬢さん』か。あなたは…なんとかレンジャーですか?
「違います…」
じゃあ、せめて、変身とかは?
「しません…」
そっか、でも実は変形……。
「もっとしません!」
…だろうな。でも…。
れいひも運転手も笑いを堪えているようだ。
でも、こんな質問に無視せず答えてくれるのは彼女の優しさなのか?
真面目なのを聞いておこう。連絡がなかった事の真相と、あの山と熊の事だ。明らかに秘密があるはずだ。
「あの時は本当にごめんなさい。別の件でとある場所にいたんですが、その時、詳しくは言えませんが事故にあって本当に意識不明だったんです」
確かに危険な任務とかで本当に事故にあってもおかしくない。これ以上は追及しないでおこう。じゃあ、次だ。
「そうですね。それについては変な話になりますが笑わないで聞いて下さいますか?」
変な話と言ったのは運転手の手前もあるかもしれない。
「あそこにはある組織のアジ…隠れ家があったんです。私はそれを調べていたんですけど、なかなか見つけられなくて…。
そんな時どこからか綺麗な伸びのある歌声が聞こえてきたんです。
後で分かったんですが、熊の魔人の『ク魔人』が『イ◯ジン』を歌っていたんです」
改造人間?それに何か迷いながら話してる気がする。隣りの運転手さんもどんな顔して聞いてるんだろう。
「私は歌声の方にゆっくり近づきました。そこに…」
んっ?ク魔人がいたんじゃないのか?
「見た目とは裏腹に優しい声で歌っていたク魔人がいたんです」
やっぱり…。お嬢さんはわざとなのか?若干話し下手なのか?
「お互いに気付いた瞬間彼は言ったんです」
彼ってのはク魔人でいいよな。…しかしこの展開はまさか…。
「『お逃げなさい』と」
やっぱり…。ある程度予想通りで嬉しいのか楽しいのか意外性がなくて悲しいのか寂しいのか…評価の別れるところだ。
熊がくま◯た的に歌ってしゃべったんじゃ通常逃げるか今や通用しないと言われる『死んだふり』をするしかない。
お嬢さんは前を見て淡々と話を続ける。
「私は背を向け逃げました。でも、気配を感じて振り向いたんです。
するとそこに誰がいたと思います?」
車内にいる3人の答えは一つしかないと思います…って答えるの?ク魔人以外の答えを用意しないといけないのか?
だけど、お嬢さんはこちらの返答に興味は無いらしく一人続ける。
「もちろんク魔人だったんですが、なにやら様子が違うのです」
もちろんと来たか。と、するとこの次は…。
「『お待ちなさい』と叫んでいるんです」
やっぱり…。しかし稽古説にする前に考えてたのと同じだ。
「私は不思議とその場で立ち止まり彼を待ちました」
ク魔人は普通の熊と見た目がどう違うんだろう。
「彼は私が落としたイヤリングを拾ってくれてたんです」
やっぱり…。と、いうことは最後に。
「それだけです。彼は私にイヤリングを渡すとこの辺に近づかないよう言い含め去って行ったんです。
それでも私は調査を続けていたんです。
この時にまたイヤリングを落としてあなたに拾って頂いたんだと思います。
その後その隠れ家が見つかりその組織は我々の部隊が向かったのですが、壊滅状態だったと言います。
捕縛された者の話だと内部分裂があったらしく、その中にク魔人がいたそうです。
ただ、その時ク魔人の姿はどこにもなかったそうです。
私はまだ彼にあの時のお礼をしていない…。それで時々探しに行くんですけど、未だ見つかりません。
もしかしたら普通のくまさんに戻って山奥に戻ったのかも…」
何か最後だけ聞くと、ちょっとしたドラマじゃないか。
やっぱり…お礼は歌を歌うのか。
「もう大丈夫ですか?」
れいひがこちらを向いて確認する。彼も聞きたい事があるのだろう。
「僕からも少し。僕が聞くのも恥ずかしい話なんですが、あなたは僕なんかよりずっと超常現象に近い現場にいる。いや、いたはずです。あなたの体験した事全てとは言いませんが、僅かでも伺えたら嬉しいんですが」
お嬢さんは考えて話し始めた。
「ノーコメントです。ただそういった事について言えるのは過度の期待はしない方がいいと言う事です。あなたもその辺りの事は体験しているでしょう?
ネス湖の『ネッシー』が写真を撮った本人たちの偽装だったと発表されました。
それでも『ネッシー』はいると信じる人たちはいるのです。
『ミステリーサークル』もそうでしょう。人では出来ないとの言われながら、実は人の作ったモノだというのを」
「…残念です。面白い話が聞けると思ったのに。じゃあ、データディスクについてはどうですか?」
「それについてはあなた方と同じでプログラム以上の事は何も分かっていません。
ただ何かあった際に対抗策を練らないといけないので早急に解析はしていますが、ディスクを配っている人物との接触も未だ出来ていませんし」
一息ついて続ける。
「この世界に何かのズレが生じ、流れてきて紛れこんでいるんです。
このままではおそらく異常事態に発展する可能性も…。
その鍵を握るのがあなたなんです。それを調べに来たんですが、分からない。あなたの中に何か眠っているはずなんですが…」
ズレが生じ、流れて紛れこんでいる。その通りだ。今まで集めたモノが示している。
でも『引き寄せる』以外に何が眠っているんだ?変なのだったら嫌だなぁ。
「あちらに停めたらいいですか?」
運転手が割って入る。どうやら目的地に着いたようだ。
このタクシーの運転手は変な話を聞いたと思って話のネタにするんだろうな…。
そこは何処にでもあるマンションだった。オートロックのドアを開けお嬢さんは入っていく。
自宅、いや実家なのか?電話でお姉さんとか言ってたしな。やはり美人なのか?すると美人姉妹を拝めるのか?
『ぼう』が何とか言ってたな。誰だろう?あの会話からだと弟か?
お父さんには『内緒』ってのはれいひと二人、男を一緒に連れて帰る事か?
恋人とかと間違ってややこしい話になっちゃうんだろう…多分。
と、思ったら一人暮らしだった。
簡素な感じですぐ引っ越しが出来そうだ。
「どうぞ」
お嬢さんがコーヒーを出してくれる。
「早速ですが、これまで集められたモノや体験した事について質問したいのですが…」
お嬢さんの問いに対してれいひが口を挟む。
「必要なんですか?あなたほどの諜報員、いわゆるエージェントが目的対象に今更聞き込みですか?」
「れいひさん。貴方は私を買い被り過ぎです。そうやって時間を稼いでいろいろ調べたいんでしょうけど。
私たちの目的は今起こっている件に関して最悪の事態を未然に防ぐようにあらゆる情報を収拾する事なんです。
第一対象に聞き込むのはライターの本分でしょう」
どうもお嬢さんVSゆう・れいひの構図になっている。エージェントVSゴーストライター。
お互い譲らない静かな戦いが始まっている。
…困るなぁ。味方同士で喧嘩しているようで…困るなぁ。
「ここで争っても仕方ありません。私たちもあなたも目的は同じはず」
お嬢さんの視線がこちらを捉える。
「おそらく『エクスカリバー』から起こっているであろう事態…。
これは何者かが意図して起こしているのか?それならその目的は何なのか?
偶然の産物なのか?そうだとすれば、この先どうなってしまうのか?現時点での考えでは次元の歪みが広がり他の次元と混濁してしまい最悪それぞれの世界が耐え切れない場合時空の渦、すなわちブラックホール化してしまうのではないかと。ただあくまで仮説の域を出ないんですが…。
その鍵を握るのがあなたなはず…。でも、あなたである可能性なのかさえ分からない。
れいひさんも真相に近づきたいのなら協力をお願いします」
お嬢さんは懇願するような目でれいひを見つめる。
SF的だが次元、時空に空いてしまった穴みたいなモノが、少しずつ広がっているのだろう。
『エクスカリバー』の事知ってるんだな…。
『エクスカリバー』自体が起こした異常事態ではなく、ただ単にきっかけなのかもしれない。
そもそも何故そうなったかは分からないけれど、ネット利用の落とし穴がこんなところでも…う~ん笑えないぁ…。
悲観的と言うより最悪の事態を防ぐ為の話だからなぁ。
「『解けない謎は無い』…推理小説ではそう言いますが、世の中そう出来ていない。
僕の仕事はその肯定と否定の間にある。
人類の及びもつかない未知の領域なのか…でも単純な答えにも関わらず、深読みをして多くの仮説を打ち立てた結果、真実から遠ざかっているのか…。
真相に近づきたいのは僕も同じです。
ただ、僕たちのベクトルが正しいとは限りませんが今魔法陣を使っての方法しか考えられないように思います。
一つお聞きしたいんですが、魔法陣でなくてもあなたたちの関わった中で召喚があった事例はないんですか?
協力を要請しておいて肝心な事を答えてくれないのはフェアじゃない」
れいひの言葉に彼女は頷き答える。
「そうですね。…実は召喚についてはあったらしいという事ぐらいしか分かっていないんです。本当に召喚だったのか、トリックや催眠術的なものだったのかもしれません。
ただ…」
「もしかしたら僕たちが、その召喚を目の当りにする可能性がある…」
「魔法や呪術は過去にあった力だったかもしれません。現在は架空の産物として私たちが失った力や伝えられた力を忘れないよう記憶や遺伝に刻まれているのかもしれません」
「何だか僕の言葉を取られた感じがしますね」
言ってれいひは微笑む。
その後一応今まであった事やモノについて話す。チカラのあるモノの数が揃った事を告げるとれいひも軽く驚く。
「…『心見◯窓』にそんな力が…。でもこれでおそらく魔法陣を試し易くなりますね。
あとは時間と場所。こちらも僕に任せてもらえますか?」
「分かりました。貴方にお任せしましょう」
「ありがとうございます。近いうちに連絡します。お邪魔しました」
言ってれいひは腰を上げた。
お嬢さんは外まで見送って二人で呼んだタクシーに乗り込む。
お嬢さんが見えなくなるとれいひはジャケットの内ポケットからICレコーダーを取り出し再生すると溜め息をつく。
「やっぱりか」
やっぱり?
「録音されないように妨害されてたんですよ。いくら『善』の方だしても秘密の組織ですからね。
あの部屋で僕たちはいろいろ調べられていたと思います。
その間に倉庫のモノも調べていたかもしれません。
ちなみに行きに乗ったタクシーの運転手も『家族』の一人ですよ」
そうなの?このタクシーは大丈夫なの?
「大丈夫ですよ。向こうはだいたいは調べたでしょうし」
次にれいひは携帯電話を取り出す。
「もしもし、れいひです。例の件ですが…あっ、そうですか…。ありがとうございます」
仕事だろうな。
「家族を調べてもらってたんですが、無理ですね。興味は尽きないんですが気が向いたらにします。
あっ、あの部屋ももぬけの殻でしょうし」
そんなものなのか?通りでシンプルだった訳だ。
「話は変わりますが、魔法陣の件今度の満月の夜にあの公園でしようと思います」
窓の外の白い月を見ながら話す。
あの公園?何故?
「近いですし。あの場所の位置が良さそうなんです」
パワースポット的なモノ?そう言われると…そうなの?
「彼女の言うように深刻な事態に発展するのかどうか。あなたの『引き寄せるモノ』以外の力が何なのか?どっちにしろ魔法陣から召喚出来るかがポイントでしょうが」
何かは起きている。それは確実だ。
そして、それ以上の何が起きるのかが未知数だ。
今度の満月の夜。
何かが終わるのか、
それとも始まりとなるのか、
何も起こらないのか。
まあ、悪い事さえなければ良いんだけど。




