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社畜が目覚めたら将軍!? 史実(未来予知)で成り上がり、乱世を生き抜く  作者: 八月河
第九回 高孝父整軍粛武 曹孟徳征戦四方
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第九回 高孝父整軍粛武 曹孟徳征戦四方 三段

閲兵を終えた高順は、その足で城外の屯田地区へと向かった。


傍らには張五が馬を寄せ、後方には数騎の近衛が続く。張五は高順が河内でまだ名もなき流民だった頃からの付き合いである。今では近衛の隊長として高順の身辺を護り、また高順の目と耳となって并州中を駆け回っていた。大軍を引き連れて視察を行えば、民は委縮し、本当の姿は見えなくなる。高順はそれを誰よりもよく知っていた。だからこそ、彼は信頼できる少数の側近だけを連れて現場を歩く。数字や文書は嘘をつかぬが、真実のすべてを語るわけでもない。民の表情、土の匂い、風の音。それらすべてが国家の真実を語っている。


屯田地区は、かつての荒れ地が整然と区画された農地へと変貌していた。冬のこの時期、麦の芽が雪の下で静かに春を待っている。農地は三つの区画に分けられ、一つには冬小麦が播かれ、一つは春の粟や稲の作付けに備えて耕され、残る一つは休耕と放牧に充てられていた。三圃式の農法である。休耕地では羊の群れが雪をかき分けて枯れ草を食み、その糞が春の肥料となる。田んぼのあぜ道には水路が張り巡らされ、雪解け水を待つばかりになっていた。


「将軍、お待ちしておりました」


繆尚が馬を寄せて報告した。彼は河内の豪族出身で、水利と土木の知識に長け、今は并州の水利事業の総責任者を務めている。頬は冬の寒さで赤く染まり、手にはいつものように図面の入った竹筒を抱えていた。


「上党への隧道掘削は、先月完了しました。岩盤が固い区間は火で炙ってから水を打ち、脆くして掘り進める工法が功を奏し、予定より一月早く貫通しております。現在は汾水の支流に新たな水門を設置し、太原南部の二千畝に水を引く準備を進めております」


「二千畝か。それで収穫量はどれだけ増える」


「年間約六千石の増産を見込んでおります。屯田兵の食料自給率はすでに九割を超えており、来年中には完全自給が達成できる見通しです。また、余剰の穀物は商会を通じて河内郡へと送り、塩や鉄との交換取引に充てる予定でございます」


高順は馬から降り、用水路の脇にしゃがみ込んだ。水路には薄氷が張っているが、その下では澄んだ水がゆったりと流れている。彼は氷を割り、手を浸した。冷たい。それでいて、どこか土の匂いがした。


「水路の凍結は問題ないか」


「太原郡内の主要水路には、すべて水門を設けて流量を調整しております。冬場はあえて水を流し続けることで、完全な凍結を防いでおります。ただ、支流の小規模な水路では凍結による破損が数ヶ所、報告されております。春までに修繕を完了させる予定です」


「修繕の人手は足りているか」


「農閑期の屯田兵を動員する予定です。州牧令第五条の規定に従い、労働には練炭三個、塩一合、菜種油一勺を支給いたします。すでに各兵団に通達済みです」


「よし。報酬の支給を怠るな。腹を空かせた者に仕事をさせれば、必ず歪みが生じる」


高順は立ち上がり、遠くの地平線を見つめた。開墾された田畑が、雪の下で春を待っている。一年前までここは荒れ果てた原野だった。盗賊が跋扈し、流民が彷徨い、誰もが明日を生き延びることに必死だった。今は違う。田畑には区画が引かれ、水路が走り、農民たちは春の種まきを待ちわびている。


「菜種の作付け状況はどうだ」


「休耕地を利用した冬作が順調です。播種はすでに完了し、春には昨年の二倍の菜種油が搾れる見込みです。搾りかすは堆肥として田んぼに還元し、油は食用と工房の焼き入れ用に分配します」


高順は小さく頷き、張五に目を向けた。


「塩田の状況は」


張五が馬から降り、手帳を開いて報告した。彼は高順の近衛隊長であり、同時に塩の専売を管轄する部署の監督も兼任している。河内の流民だった頃の面影は、もはやその顔にはない。鍛え上げられた体格と、鋭くなった目つきが、彼の歩んできた道のりを物語っていた。


「塩田の生産量は順調に伸びております。現在、月産八千石。来年には一万二千石に達する見込みです。これは冀州の塩田の三倍の生産量に相当します。すでに河内郡の市場には并州塩が溢れ、冀州産の塩を駆逐しつつあります」


「品質は」


「入浜式による天日濃縮と、練炭を使った釜焚きの併用で、不純物の少ない白塩が安定して生産できております。冀州の塩より粒が細かく、苦味が少ないと評判です。商人たちはこぞって并州塩を買い付けております」


「交易の状況は」


「河東の塩は主に河内郡を経由して洛陽や兗州方面へと流れております。兗州は曹操の支配地ですが、今のところ并州塩の流入を制限する動きは見られません。むしろ、品質の高さから向こうの商人たちが積極的に買い付けている状況です。また、塩の交易に伴い、各地の情報も自然と集まってきております」


高順はしばらく考え込み、それから口を開いた。


「その情報網を、さらに拡大しろ。塩を買い付けに来る商人の中に、こちらの者を紛れ込ませるのではなく、塩を売る先そのものを情報の集積点とせよ。商人は金で動く。信用できる者には優先的に塩を卸し、その代わりに向こうの情勢を定期的に報告させろ」


「すでに数名の商人と、そのような契約を結んでおります。ただ、曹操の領内にはまだ手が回っておりません」


「焦るな。時間をかけて網を広げろ。情報は、戦の前に勝敗を決する」


張五は深く頷き、手帳に短く記した。


屯田地区の視察を終えた高順は、次に晋陽城外の工業地区へと足を運んだ。


ここには并州の製鉄と武器生産の中枢が集められている。水車と風車が立ち並び、その動力でふいごが動き、高炉の火が昼夜を問わず燃え続けていた。高炉からは煙が立ち上り、鉄を打つ槌音が大地を震わせている。空気は熱気と石炭の煙で満ち、作業に従事する工匠たちの顔は煤で黒く染まっていた。


工房の入り口では、老工匠の張伯と若き工匠の公孫鍛が高順を出迎えた。張伯の手は相変わらず無数の傷跡で覆われ、右手の親指の爪は潰れて変形している。長年の鍛冶仕事で鉄と共に生きてきた証である。公孫鍛は設計図を手にし、その目は若い職人特有の熱気を帯びていた。


「将軍、州牧令第十条に基づく総合工房の全国展開は、順調に進んでおります。瓦房荘モデルを採用し、大型堅炉、炒鋼炉、鍛炉、退火窯を併設した形式です。現在までに三十二ヶ所の工房が稼働を開始し、さらに十ヶ所が建設中です」


公孫鍛が設計図を広げながら報告する。図面には工房の配置図だけでなく、水車の歯車比やふいごの送風量、高炉の耐火煉瓦の厚さまで、細かな数字がびっしりと書き込まれていた。


「炒鋼の品質はどうだ」


「炉温を鉄が桜色になるまで上げ、攪拌は必ず百回、折り返し鍛造は七回、すなわち百二十八層を基準としております。焼き入れには菜種油を使用し、水焼き入れより割れにくくなりました。先日、試作した陌刀の刃こぼれ試験では、従来品の三倍の耐久性を示しました」


「陌刀の量産は」


「月産二百振りを達成しました。陥陣営の全兵に行き渡るには、あと半年はかかりますが、優先的に配備を進めております。また、歩人甲の生産も軌道に乗り、月産五百領を超えました。鋼鉄の小札を革紐で綴じる工程に、これまで手間取っておりましたが、小札の規格を統一し、穴あけの位置を標準化することで作業速度が倍増しております」


高順は工房の奥へ進み、新しく設置された水排を見学した。水車の回転が木製の歯車を介してふいごに伝わり、高炉に安定した送風を送り続けている。かつては人力や畜力に頼っていた送風が、水力によって自動化されたことで、高炉の温度は格段に上昇し、生産効率は飛躍的に向上した。水車の直径は三丈、歯車は硬い櫟の木を選んで作られ、摩耗に耐えるよう表面には獣脂が塗り込まれている。


「動力伝達の歯車は、木製と鉄製の併用か」


「はい。将軍のご指示通り、精密な歯車の研究は行っておりません。動力伝達は上下運動と螺子を基本とし、歯車は水車の回転をふいごに伝える簡素なものに限定しております。これならば摩耗しても交換が容易で、現場の工匠でも修理が可能です」


「蒸気機関や化学肥料の研究に人材を割いていないな」


「州牧令附則により、一切禁止しております。この時代の素材では再現不能との将軍のご判断、現場の工匠たちもよく理解しております。むしろ、今ある技術を徹底的に磨くことに専念でき、効率が上がっております」


高順は工房の一角に積み上げられた耐火煉瓦を手に取り、その質感を確かめた。石墨を混ぜた煉瓦は重く、叩くと金属のような音がする。これが高炉の内壁を守り、熔鉄の熱に耐える。従来の粘土煉瓦では一月で傷んでいた炉壁が、この耐火煉瓦に替えてからは三ヶ月以上もつようになったという。


高順は煉瓦を戻し、改めて張伯に向き直った。


「張伯。お前たちが作る鋼が、并州を守る。武器だけでなく、農具も、建築資材も、すべてお前たちの手から生まれる。誇りを持て」


「はい。将軍のお言葉、この老骨の胸に刻みます」


張伯は煤けた顔をくしゃくしゃにして笑った。その笑顔は、孫を見る祖父のようでもあり、主君を見上げる武士のようでもあった。


「隕石の研究は進んでいるか」


公孫鍛が答えた。


「一振りの神剣を鍛え上げました。刃の紋様は通常の百錬鋼とは異なり、水の流れのような曲線を描いております。切れ味は試し斬りで兜を両断するほどですが、隕石の量が限られておりますゆえ、残りはすべて研究用に保管し、実用の武器はすべて砂鉄から生産しております」


「それでいい。貴重な資源を無駄にするな。工房の三交代制は維持しろ。生産を止めるな。州牧令第九条の規定通り、違反した工房長は太守令により即座に更迭する。ただし、工匠たちの健康管理も怠るな。疲労が事故を生む。医療寮と連携し、定期的な診断を受けさせよ」


「はっ」


高順は工房の片隅に設けられた休憩所にも目を向けた。そこには湯が用意され、工匠たちが交代で暖を取っている。壁には「疲れたら休め。休むのも仕事のうち」と書かれた木札が掛けられていた。これは高順自身が書かせたものである。


高順は工房を後にした。外はすでに日が傾きかけていた。并州の大地は夕日に照らされて黄金色に輝いている。彼は馬に跨がりながら、遠くに見える高炉の煙突から立ち上る煙を見つめた。あの煙が、やがて并州全土を覆い、この地を鉄の国へと変貌させるだろう。それは、彼がこの乱世を生き抜くために選んだ最も確かな道であった。


夕刻、高順は晋陽の学堂へと向かった。


学堂はかつての郡役所を改装した建物で、中庭には若者たちが集まり、講義の合間に議論を交わしている。文科では読み書き算盤と法律、武科では兵法と武術が教えられ、年齢を問わず誰でも無償で学べる制度が整っていた。高順が「殖産興業、富国強兵」の理念を掲げ、学ぶことが確かな未来に繋がる制度を作り上げて以来、学堂の門をくぐる者は飛躍的に増え、今や太原郡内だけでも十校、学生の総数は三千人を超えている。


学堂の中庭に入ると、学生たちが一斉に立ち上がり、頭を下げた。その中には、かつて流民だった若者もいれば、黒山賊の出身者もいる。今はみな、同じ学舎で机を並べる学徒である。年の頃は十代半ばから二十代まで、まれに三十を過ぎた壮年の者も混じっている。学ぶことに年齢は関係ないというのが、高順の方針だった。


「将軍、先日の官吏登用試験の結果が出ました」


学堂の責任者である蔡昭姫が、数枚の答案を手に高順のもとへ歩み寄った。彼女は学堂の運営と教育内容の監督を一手に引き受けており、自らも講義に立つことがあった。今日は濃紺の質素な衣をまとい、髪は無駄のない形にまとめられている。


「受験者三百二十名のうち、合格者は四十八名です。筆記と面接の二段階で審査し、答案はすべて無記名としました。合格者のうち、名族の出身者はわずか三名。残りはすべて、農民や工匠の子弟です」


「それでいい。能力がある者が能力を発揮できる仕組みが、州牧令第十七条の精神だ。名族の反発は承知の上だ」


高順は答案の一枚を手に取り、目を通した。算術の問題には几帳面な字で解答が書き込まれ、法律の設問には并州の法令を正確に引用した答えが並んでいる。名も知らぬ若者の答案だが、その内容は確かな学力を示していた。彼は答案を昭姫に返し、中庭の学生たちを見渡した。


「州牧令第十六条に基づき、卒業者には修了証を発行し、税を一割永久減免する。文科を修めた者は地方の役所や商会の事務方へ、武科を修めた者は軍の下級将校として各軍に配属する。学ぶことが未来に繋がることを、すべての民に示せ」


「承知しております。ただ、儒学の暗記教育を禁じたことについては、一部の名士から不満の声が上がっております。先日も、ある老儒が学堂を訪れ、『経書を読まずして何が学問か』と詰め寄りまして」


「空理空論は時間の無駄だ。図面と実技以外の座学は認めぬ。これは州牧令に明文をもって定めてある。反発する者には、それに代わる実学の成果を示せと言え。経書を読むなとは言っていない。経書だけを読むなと言っているのだ」


昭姫は深く頷き、続けて別の報告を述べた。


「河内郡から来たという学生が、興味深い話をしておりました。彼の父は洛陽の官営工房で働いていた工匠で、董卓の焼き討ちの後も洛陽に残っているそうです。洛陽にはまだ多くの工匠が残っており、戦乱で仕事を失って困窮していると」


「洛陽の工匠か」


高順は少し考え込んだ。


「洛陽は焼け野原になったが、人材までは死なぬ。生き残った工匠たちがいるなら、并州に呼び寄せられるかもしれぬ。商会の交易網を使い、河内経由で洛陽の工匠たちに声をかけろ。并州では腕の良い工匠を優遇し、住居と仕事を保証すると伝えよ」


「かしこまりました。学堂の学生を通じて、河内の商会に連絡を取りましょう。学生の父親が元官営工房の工匠であれば、洛陽の人脈も残っているはずです」


高順は学堂を辞する前に、医療寮に立ち寄った。学堂の敷地に隣接して建てられた医療寮では、戦場で負傷した兵士たちが治療を受け、杖をつきながら中庭を歩く者もいれば、包帯を巻いた腕で書物を読む者もいる。消毒用の蒸留酒の匂いがかすかに漂い、医療兵たちが包帯を巻き、薬草を調合する姿が見えた。ここは治療の場であると同時に、医療兵の養成機関でもあった。


「将軍、医療兵の増員が予定通り進んでおります」


医療寮の責任者である老医師が、高順に歩み寄りながら報告する。彼は元は洛陽の太医令に仕えていたが、董卓の乱を機に并州へ逃れ、高順に請われて医療寮の運営を任されていた。


「各軍の医療兵五千に加え、屯田拠点ごとに診療所を開設しました。領民にも無償で治療を施しております。伝染病の予防策として、患者の隔離と煮沸した布の使用を徹底し、清潔な水の供給を最優先しております。また、各診療所には蒸留酒と止血用の薬草膏薬を常備し、簡単な骨折の治療であれば現地で完結できる体制が整いました」


「戦傷者の社会復帰は」


「軽傷者は元の部隊に復帰し、重傷で戦えなくなった者は、工房の軽作業や学堂の事務方に配置転換しております。また、義肢が必要な者には、工房で木製の義足や義手を製作し、日常生活に支障がないよう支援しております。先月、義足を作った兵士が、杖なしで歩けるようになったと喜んでおりました」


高順は医療寮の中庭で車座になっている負傷兵たちの前に歩み寄った。兵士たちは慌てて立ち上がろうとしたが、高順は手で制した。


「そのままでいい」


高順は彼らの顔を一人一人見渡した。腕を失った者、足を引きずる者、顔に大きな傷痕が残る者。彼らはみな、并州のために戦い、傷ついた者たちである。


「お前たちの犠牲は無駄にしない。并州は、お前たちが戦って守った土地だ。今は治療に専念しろ。傷が癒えたら、できることをやればいい。戦えなくなった者は、別の形で并州を支えよ。私はそれを求めている」


兵士の一人が、震える声で言った。


「将軍、私はもう槍を持てません。ですが、学堂で算盤を習いました。商会の帳簿付けなら、私にもできるかもしれません」


「よし。医療寮の修了後、商会に紹介状を書け。お前の第二の戦場は、市場だ」


兵士は深く頭を下げた。その目には涙が光っている。


高順は医療寮を辞し、馬に跨がった。傍らには張五が控えている。日はすでに地平線の彼方に沈み、空には星が瞬き始めている。彼は手綱を引き、晋陽の城門へと向かった。政庁に戻れば、決裁を待つ報告書の山が待っている。今日も夜は長くなりそうだった。

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