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社畜が目覚めたら将軍!? 史実(未来予知)で成り上がり、乱世を生き抜く  作者: 八月河
第三回 北地風雲吞巨寇 群雄驚愕覇業始
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第三回 北地風雲吞巨寇 群雄驚愕覇業始 四段

八歳の諸葛亮が執務室の地図を見つめる、その目にはすでに常人とは異なる光が宿っていた。


河内城の執務室は、簡素な造りだった。元は王匡が使っていた部屋だが、贅沢な調度品はすべて売り払い、軍資金に充ててある。今は粗末な机と、壁に掛けられた巨大な地図、そして竹簡が積まれた棚だけが置かれていた。その地図の前で、一人の少年がじっと何かを見つめている。


「高将軍。この地図のここ、太行山脈の麓に引かれた線は、何でございますか」


俺は驚いた。八歳の子供が、地図上の細かい線に気づくとは。しかもその線は、俺がまだ誰にも詳しく説明していない水路計画の下書きだった。鉛筆で薄く引いたような、注意して見なければ気づかないほどの細い線である。


「これはな、これから作ろうとしている水路だ。黄河の水を引いて、并州の南北を繋ごうと思っている」


「ではこの線は運河になるのですか。そうすれば五原の馬も河内の穀物も、水の道を通って自由に行き来できるようになりますね」


俺は息を呑んだ。八歳の子供が、ただ見ただけで水路の戦略的価値を理解したのだ。それは単なる暗記や物真似ではない。原理を理解し、その応用までを一瞬で見通す力があった。五原は并州の北端、河内は南端。その間を水路が結べば、物資の輸送効率は飛躍的に向上する。そんなことを、この少年は地図を見ただけで見抜いたのである。


「よく分かったな、孔明」


「父が残した書物に、昔、秦が蜀を攻めた時に作った運河の話がありました。水の道があれば、山を越えるよりずっと早く物資を運べる。戦いにも、民の暮らしにも、必ず役に立つと書いてありました」


諸葛玄が驚いたように甥を見つめた。彼自身、この計画の全貌をまだ聞かされていなかったからだ。諸葛玄は豫章から逃れてきたばかりで、河内の地理にも、高順の構想にも、まだ詳しくは通じていない。その彼が知らぬ計画を、八歳の甥が地図から読み解いたのである。


「孔明……まさか、お前はこれを読んでいたのか。私の書斎にあったあの古い地図を」


「はい、叔父上。あの地図には昔の秦の運河が詳しく描かれていました。高順殿の計画は、それと同じ理屈なのだと思いました」


静かな感動の場面である。八歳の少年が、大人たちが思いつきもしない発想で、未来の国造りの設計図を読み解いている。その小さな指が地図の上を辿り、黄河の水の流れをなぞっていく。指は五原から河内まで、一直線に引かれた線の上を、ゆっくりと動いた。


「この線はまだ途中で終わっていますが、ここから先はどうされるのですか」


諸葛亮が指さしたのは、水路が太行山脈の手前で途切れている部分だった。確かに、あの計画には最大の難所がある。太行山脈をどう越えるか。山を迂回するか、それとも山を穿つか。どちらにせよ、莫大な労力と時間が必要になる。


「そこが問題だ。太行山脈を越えるには、山を迂回するか、さもなくば山を穿たねばならぬ。どちらも容易ではない」


「穿つのは難しいと思います。秦の運河も、山を避けて迂回して作られていました。でも、迂回すると距離が長くなり、水の流れが遅くなります。そうすると、船が行き来するのに時間がかかります」


俺はさらに驚いた。この少年は、水路の建設技術にまで思いを巡らせている。しかも、ただ知識を披露しているのではない。自分の頭で考え、利点と欠点を比較検討しているのだ。


「ならば、孔明はどう思う。迂回すべきか、穿つべきか」


「私は……迂回したほうがよいと思います。山を穿つのは難しすぎます。でも、迂回するなら、もっと北を通ったほうがよいかもしれません。黄河の本流に近いほうが、水を引きやすいからです」


俺は思わず笑みをこぼした。この少年の思考は、すでに実務的な領域に踏み込んでいる。しかもその提案は、俺が密かに考えていた代替案とほぼ同じだった。


「よくわかった。孔明、お前は素晴らしい知恵の持ち主だ」


「ありがとうございます。でも、私はまだ何も知りません。もっと多くのことを学びたいのです」


俺はこの八歳の少年に畏敬の念を抱いた。これが後の天下の智謀と言われた男の片鱗か。ならば、彼を河内に囲っておくのは惜しい。もっと大きな世界で、もっと優れた師のもとで学ばせるべきだ。


「諸葛殿。孔明を私に預けてはもらえまいか」


諸葛玄が驚いた表情を浮かべる。彼は今、河内に来たばかりで、まだ落ち着いていない。その甥を、さらに遠くへ送り出すという提案に、戸惑いを隠せなかった。


「この子は只者ではない。このまま河内に置くにはもったいない。彼にはもっと大きな世界で、もっと優れた師のもとで学ばせるべきだ」


俺の脳裏には、水鏡先生・司馬徽の名が浮かんでいた。荊州に隠棲する当代随一の識者。彼こそ諸葛亮の才能を見抜き、後の「臥龍」の名を与えた男だ。今はまだ諸葛亮は八歳。その才能は芽吹きすらしていない。だが今、彼を司馬徽の元に送れば、史実以上の才能を開花させることができるかもしれない。


「諸葛殿。荊州に、水鏡先生と呼ばれる司馬徽という方がおられる。当代随一の識者だ。孔明を、その方の元に預けたい」


諸葛玄はしばらく考え込み、やがて甥に向き直った。彼の目には、深い愛情と、手放すことへの寂しさが揺れていた。


「孔明、お前はどう思う。荊州へ行き、水鏡先生に学びたいか」


八歳の少年はしばらく黙っていた。その小さな頭の中で、様々な思いが巡っているのだろう。叔父と離れる寂しさ。未知の土地への不安。しかし、それ以上に、もっと多くのことを学びたいという渇望が、その目には燃えていた。


「行きたいです。叔父上に負担をかけたくありません。それにあの水路の計画を見て、もっと多くのことを学びたいと思いました。どうすればもっと多くの民を飢えから救えるのか、どうすれば戦いのない世を作れるのか。それを教えていただきたいのです」


この八歳の少年の決断は、まさに「知識を求める旅」の始まりだった。諸葛亮は河内から荊州へ、一つの文化圏から別の文化圏へと旅立つ。そこで彼は、中原とは異なる風土、異なる人々、異なる考え方に触れることになる。その経験が、後の「臥龍」を形作るのだ。


諸葛玄は甥の言葉に目を潤ませた。彼は諸葛亮の父が亡くなった後、この子を我が子のように育ててきた。その子が今、自分の意思で遠くへ旅立とうとしている。寂しくないはずがない。しかし、その寂しさを押し殺して、彼は甥の肩に手を置いた。


「わかった。行きなさい。お前の道は、私が決めるものではない。お前自身が決めるのだ」


俺はすぐに手配を始めた。諸葛亮を荊州へ送る道中は山賊や流民の脅威がある。少数精鋭の護衛をつけ、偽装した商人の隊列に紛れさせて送り出すことにした。護衛には、特に腕の立つ者を選んだ。


出発の前夜、俺は諸葛亮を執務室に呼んだ。小さな机を挟んで、八歳の少年と向かい合う。部屋の隅では、張五が控えめに控えていた。彼はこの子供と、いつの間にか親しくなっていたらしい。旅の準備を手伝い、あれこれと世話を焼いていた。


「孔明、これからお前は遠い地で学ぶことになる。辛いこともあるだろう。だが決して諦めるな。お前は何れ天下にその名を轟かす者となろう。これだけは忘れるな、決して現実から目を逸らさぬことだ」


「はい」


「そして、いつか必ずその才能を天下万民のために使うことを誓ってくれ。その時、お前の知恵がこの漢の民を救う力となる」


少年は真剣な眼差しで頷いた。その目には、すでに決意の光が宿っている。


「高将軍。私は必ず多くのことを学んでまいります。そしていつか、叔父上と高将軍のお役に立てるようになります」


(現代人としての俺は、正直に言えばこの諸葛亮という人間が嫌いだ。羅貫中の創作した劉伯温ベースの万能超人ではなく、史実の生真面目すぎる為政者それが孔明という男だ。国家のために自らの命を削り、北伐を繰り返し、ついには五丈原で倒れる。その生真面目さは、現代の感覚からすれば病的ですらある。だが、目の前の諸葛亮はまだ八つの童。それを嫌うのは筋が違う。だから俺は、おこがましくも臥龍の才を少しでも引き伸ばせるように、アドバイスをしたつもりだ)


その言葉に、俺は胸が熱くなった。史実では、諸葛亮はこの後、荊州で青年期を過ごし、「臥龍」と称される。そして三顧の礼で迎えられた劉備の下で、天下三分の計を描く。だが今、彼の心には河内の地と、この地を救おうとする一人の男の姿が刻まれた。


(決して羅貫中が書いたような劉伯温を元に創作された諸葛亮じゃなくて、生来の真面目さを活かして史実以上に立派な為政者になってほしい。そう願っている俺がいる)


未来はまだ誰にも分からない。だが少なくとも一つの種を、俺は荊州の地に蒔いたのだ。


翌朝、諸葛亮を乗せた馬車が、河内城を出発した。冬の朝霧の中を、馬車はゆっくりと南へ向かって進んでいく。諸葛亮は小さな窓から顔を出し、いつまでも手を振っていた。俺は城門の上から、その姿が見えなくなるまで見送った。


「行ったか」


「はい。孔明様は、最後まで泣かれませんでした。立派なものでした」


張五が目をこすりながら答える。彼は別れ際に、諸葛亮に小さな木彫りの馬を渡したらしい。旅の無事を祈って、自分で彫ったものだと言っていた。


数日後、諸葛亮が荊州へ向かったのに続き、今度はその兄・諸葛瑾が俺の前に現れた。十三歳。弟のような天才的な閃きはないが、穏やかで思慮深い性格は、弟以上に大人びていると言えた。彼は一人で執務室を訪れ、静かに拱手した。


「高将軍。私も弟のように旅に出たいと存じます。弟は荊州へ向かいました。私は江東を遊歴したいと考えております」


「江東か」


俺は少し考え込んだ。江東は孫堅、孫策の地。後に呉の国が誕生する場所だ。諸葛瑾は史実でも江東に移り住み、孫権に仕えることになる。その縁は今からでも作っておくに越したことはない。


「なぜ江東なんだ」


「私は弟のような知恵はございません。しかし人と交わり、人を知ることは少しばかり得意でございます。江東には孫堅殿という名将がおられます。また多くの豪族が集う土地と聞いております。そこで様々な方とお会いし、多くのことを学びたいのです」


諸葛瑾のこの選択は、まさに「人の和」を重視したものだった。諸葛亮が「法」と「知識」を求めたのに対し、諸葛瑾は「人」と「交流」を求めている。この兄弟は、それぞれ異なる才能を持ち、異なる道を歩もうとしているのだ。


俺はこの十三歳の少年の言葉に感心した。諸葛亮は「天の時」を見極める天才なら、諸葛瑾は「人の和」を織りなす才能の持ち主だ。彼は知識を蓄えるよりも、人と人とを結びつけることに長けている。それはそれで、稀有な才能だった。


「よかろう。ただし一つだけ約束してくれ。決して無理はするな。江東は遠い。道中には危険も多い。もし危険を感じたらすぐに引き返せ。お前の命は何よりも大切だ。それと、江東の孫文台縁の者にあったら、この書簡を渡してくれ」


俺はあらかじめ用意していた書簡を手渡した。それは孫堅に宛てた、高順直筆の親書だった。内容は簡単なものだ。この少年が私の客人であること、どうか保護してほしいこと、そして互いに健闘を祈る、と。


書簡を携えた諸葛瑾は深く頭を下げた。


「ありがとう存じます。必ずや多くの学びを得て、河内へ戻ってまいります」


こうして諸葛瑾も河内を発った。諸葛玄は二人の甥を送り出し、少し寂しげな表情を浮かべたが、すぐに気を取り直した。彼は元来、気丈な男である。


「高将軍。私も負けてはおれませぬ。甥たちが学びに行くなら、私はこの河内で実践を積むまでです」


(よし、これで諸葛玄の民政への協力は揺るぎないものになった。家族を守り、甥たちの未来を拓く場を提供したのだ。恩義は深い。それに、彼自身も有能な民政家だ。河内の再建には欠かせない人材である)


こうして未来の蜀漢の丞相と、呉の大将軍は、それぞれの道を歩み始めた。彼らが再び河内の地に戻ってくるのはいつの日になるのかそれはまだ誰にも分からない。だが確かなことは、彼らの中に、河内で受けた恩義と、この地で見た「未来への志」がしっかりと刻まれたということだ。


同じ頃、張弘は陳留方面へ向かっていた。目的は袁遺という男である。


袁遺は袁紹の従兄にあたる。名門袁家の一門でありながら、彼は袁紹や袁術のような野心を持たず、静かに山陽太守の職を務めていた。しかし、その中立の立場こそが、彼の運命を危うくしていた。


「袁遺は袁紹の従兄だが、今は山陽太守として任に就いている。間もなく袁紹と袁術の争いに巻き込まれ、命を落とす」


張弘は怪訝な顔をした。彼は武人であり、政治の機微には疎い。袁家の内紛がどういうものか、まだ十分に理解していなかった。


「将軍、袁遺は袁紹の親族です。助けたところで我々に何の益が?」


「袁遺は袁術とも親しい。袁紹と袁術、袁家の二頭の虎が争う時、彼はどちらにも与せず中立を貫こうとする。それが災いして、どちらからも敵と見なされるだろう」


(袁紹と袁術の対立は、もはや修復不可能な段階にある。袁紹は曹操を東郡太守に据え、南進の足掛かりを作った。袁術はそれに対抗し、自らの勢力を徐州や揚州へと広げようとしている。その狭間で、袁遺のような中立派は両方から排除される運命だ。どちらにもつかないということは、どちらからも敵と見なされるということだ)


「袁遺が追い詰められた時、我々が手を差し伸べれば、彼は恩義を感じる。袁家の一門でありながら袁紹や袁術と距離を置く人間が、将来必ずや役に立つ」


張弘は深く頷き、陳留へと向かった。


事は予想よりも早く動いた。袁術が徐州の陶謙と結び、曹操の背後を脅かすと、袁紹は激怒した。彼は自らの配下に命じ、袁術と通じる者をことごとく排斥し始めた。袁遺もまたその標的となったのである。袁紹の理屈は単純だった。袁家の一門でありながら、袁術に近い者はすべて敵だ、と。


袁遺は山陽太守の職を追われ、命からがら陳留へと落ち延びようとした。僅かな手勢を連れての逃避行だった。家族も、財産も、すべて置き去りにしての逃亡である。彼は疲れ果て、飢え、絶望の淵にあった。その時、張弘が彼の前に現れたのである。


「袁太守。お逃げになっても、行く先々で追われるだけです。どうか我らと共に河内へ。高順将軍は貴方を歓迎いたします」


袁遺は疲れ切った顔で張弘を見上げた。その顔は泥と汗にまみれ、かつて名門袁家の一門として誇り高かった男の面影はなかった。


「高順……董卓の将ではないか。何故私を助ける?」


「将軍は董卓の将ではありません。自らの国を作るために北へ向かわれたのです。袁家の方々が兄弟で争っている間に、将軍は新たな地を拓いておられます。どちらが賢明か、お分かりでしょう」


袁遺は自嘲気味に笑った。その笑いは、自分自身への嘲笑だった。


「はは……袁家の名を背負いながら、弟たちに追われ、董卓の将に助けられるとはな。分かった。行こう、河内へ。袁家の恥さらしになるかもしれぬが、生き延びることこそが、いつか袁家を再興する道であろう」


こうして袁遺も河内へと落ち着いた。袁家の一門としての誇りは傷ついたが、俺の誠実な対応に、次第に心を開いていった。彼は袁家の内部事情に詳しく、袁紹や袁術の性格や行動様式をよく知っていた。その情報は、今後の戦略を練る上で極めて貴重なものだった。


最も困難な任務は、章誑に与えられた。向かう先は幽州である。


幽州は漢の北東端に位置し、異民族との接触が絶えない辺境の地だった。その幽州牧として異民族との親交を深め、宗室の一員として漢室への忠誠を貫く名君が、劉虞である。


「劉虞を探せ。彼は幽州牧として異民族との親交を深め、宗室の一員として漢室への忠誠を貫く名君だ。だがその穏健さが、武力で押し通す公孫瓚との決定的な対立を生んでいる」


章誑は静かに頷いた。彼は鷹のような鋭い目を持ち、常に獲物を狙うような鋭利さを漂わせている。その彼が、今回は獲物ではなく、守るべき者を探しに行く。それもまた、章誼の新たな役割だった。


「公孫瓚は劉虞の和睦政策を『弱腰』と罵り、事あるごとに衝突している。このまま行けば公孫瓚は劉虞を武力で排除するだろう」


(俺の記憶が正しければ、劉虞は公孫瓚に攻められ、捕らえられ、処刑される。その時、彼の家族も運命を共にする。だが劉虞の子・劉和は、後に袁紹と結んで公孫瓚に抵抗する。その勢力を将来利用できるかもしれない。劉虞の名は、幽州の民にとって今もなお、理想の統治者の代名詞だ)


「しかし将軍、劉虞殿は漢室の宗親。簡単に我々の提案を受け入れるでしょうか」


「受け入れないだろうな。劉虞は忠義の人だ。幽州を離れることは自分の責務を放棄することだと考える。だが、彼の家族は別だ。公孫瓚が劉虞殿を襲った時、その家族だけでも救出せよ。劉和だけでも助け出せれば、将来、幽州の民心を掌握するための大きな手がかりとなる」


章誑は少数の精鋭を率いて幽州へと向かった。道中は遠く、危険も多かった。公孫瓚の勢力圏を抜け、異民族の遊牧地帯を迂回し、ようやく幽州の中心・薊に到着した時には、すでに季節は秋に変わっていた。


果たしてその年の秋、公孫瓚は劉虞を攻めた。劉虞は兵を率いて防戦したが、その仁和な性格が災いし、兵士たちに民家を焼かせることを禁じた。公孫瓚はその隙に攻め込み、劉虞の軍を打ち破ったのである。劉虞は捕らえられ、監禁された。


その混乱の中で、章誑は劉虞の子・劉和と接触した。茫然自失の状態だった。彼はまだ若く、二十歳を過ぎたばかりである。父を失い、領地を失い、すべてを失った彼は、ただ立ち尽くすことしかできなかった。


「劉公子。一刻の猶予もございません。どうか我々と共に」


劉和は虚ろな目で章誑を見上げた。その目には、涙さえ浮かんでいない。涙も枯れ果てた後に残るのは、ただの虚無だけだった。


「貴方たちは何者だ」


「高将軍の命を受け、参りました。将軍は劉虞殿の志を継ぐ者が必ず必要だと。今は耐え、力を蓄える時です」


「父の……志を」


「はい。劉虞殿が目指された、漢室を敬い、異民族とも和し、民を慈しむ政治。それを継げるのは、貴方しかおりません。将軍はそう申されております」


劉和の目に、ようやく小さな光が宿った。それは復讐の炎ではなく、父の遺志を継ぐという、静かな決意の光だった。


「行こう。だが、それだけではない。父が夢見た世を、必ず実現する」


章誑は劉和を密かに河内へと導いた。公孫瓚の追手を振り切り、山道を越え、黄河を渡り、はるばる河内までの長い旅路だった。公孫瓚の圧政に苦しむ幽州の民の声を伝える者として、劉和は河内で新たな力を蓄えることを誓った。


こうして河内には各地から人材が集まり始めた。


諸葛玄は民政の助言を始めた。袁遺は袁家の一門としての誇りは傷ついたが、袁家の内部情報を提供し、新たな生活を始めた。劉和は父を救い出す決意を胸に留まり、幽州の情報を提供した。韓馥は行く場所もなかったが、冀州の穀倉地帯の運営ノウハウを惜しみなく教えてくれた。


彼らはそれぞれに傷を負い、誇りを失い、あるいはまだその才覚に気づいていなかったが、いずれも乱世を生き抜くための「種」となる人材だった。


俺は彼らを集め、一人ひとりに役割を与えた。諸葛玄には民政の一部を任せ、袁遺には河内の統治の経験を活かしてもらい、劉和には将来の幽州対策のための情報収集を、韓馥には冀州の穀倉地帯の運営ノウハウを教えてもらう。


「皆の者、ここでは過去の肩書きは関係ない。それぞれの知識と経験が必要だ。この河内を誰もが安心して暮らせる地にするために、力を貸してほしい」


彼らは皆、静かに頷いた。高順という男が単なる武将ではないことを、彼らは直感的に理解していたのである。


こうして河内には、民政の韓馥と諸葛玄、外交と情報の袁遺と劉和という、四人の人材が揃った。彼らはそれぞれに傷を負い、誇りを失い、しかしなお生き延びる意志を持っていた。この河内が、彼らの新たな故郷となる。そして彼らの知識と経験が、これから始まる并州攻略の、大きな力となるだろう。

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