第十三回 驃騎北征馳草原 三族一致戦漢朝 二段
蹋頓を討ち、烏桓の戦力を一時的に瓦解させた高順軍だったが、喜びも束の間、戦局は新たな局面を迎えていた。
烏桓の諸部族は、蹋頓の死後もなお降伏を肯んぜず、草原の奥深くへと退いて散発的な抵抗を続けている。彼らを完全に制圧するには、なお時間と兵力が必要だった。蹋頓という象徴を失ってもなお、烏桓の戦士たちは部族ごとに分散し、草原の広大さを利用して高順軍の追撃をかわし続けている。
その隙を突くように、鮮卑の扶羅韓と匈奴の呼廚泉が連合し、東西から高順軍を挟撃せんと迫ったのである。扶羅韓は三万の騎兵を率いて高順軍の左翼を、呼廚泉は二万の騎兵を率いて右翼を攻め立てた。二人は蹋頓の敗北を聞くや、高順の脅威を改めて認識し、もはや烏桓の二の舞になるまいと手を結んだのである。
「扶羅韓は左翼の郝萌と曹性の陣地を突破する勢いです。呼廚泉の騎兵も、右翼の徐栄将軍を押し込んでおります。このままでは両翼が崩れ、本陣が孤立します」
賈詡の報告に、幕舎の中は重苦しい空気に包まれた。将たちは皆、表情を硬くしている。郝萌は騎兵指揮に優れた将だが、扶羅韓の猛攻の前には防戦一方だった。曹性が弩兵を指揮して敵の先鋒を射抜こうにも、鮮卑の騎兵は巧みに散開し、的を絞らせない。右翼でも徐栄が老練な指揮で持ちこたえてはいるが、呼廚泉の波状攻撃の前に徐々に押し込まれつつあった。
高順は地図を見下ろしながら、短く指示を飛ばした。
「張遼と華雄の騎兵を両翼に回せ。持ちこたえている間に、中央で敵の主力を叩く」
「中央で、ですか。しかし敵の主力は騎兵。我が中央は歩兵が主力です」
沮授の懸念に、高順は静かに言った。
「ならば、騎兵ごと叩き潰すまでだ。陌刀隊を前面に押し出せ。草原の民に、并州の鋼鉄の壁を見せてやれ」
高順の号令の下、中軍から前面に進み出たのは、身の丈を優に超える長大な陌刀を携えた重装歩兵の部隊だった。
彼らは全身を黒鉄の重甲で覆い、その面頬の奥からは冷たい光が宿る目だけが覗いている。一人ひとりが百斤を超える武具をものともせず、整然と密集陣形を組みながら、まるで動く城壁のように前進を開始した。その足音は大地を規則的に揺るがし、一歩ごとに草原の土が抉れる。黒く染まった鉄の壁が、百万の軍勢の中央からゆっくりと敵に向かってせり出していく光景は、まさに圧倒的な威容だった。
高順が心血を注いで鍛え上げた、并州軍最強の歩兵部隊、陌刀隊。その登場に、鮮卑と匈奴の騎兵たちは、初めこそ嘲笑を浮かべていた。騎兵の機動力の前に、鈍重な歩兵など敵ではない、と。
しかし、その嘲笑はすぐに恐怖の悲鳴へと変わった。
鮮卑の騎兵隊が大地を蹴り、怒涛の勢いで陌刀隊に殺到した。しかし、彼らが矢の射程に入るより早く、後方の弩兵隊が正確無比な一斉射撃を浴びせかけた。無数の矢が空を覆い、先頭の騎兵が次々と落馬し、突撃の勢いが一瞬鈍る。それでも数の優位にものを言わせて突っ込んできた騎兵たちを、陌刀隊は無言で迎え撃った。
馬上から振り下ろされる騎兵の剣や槍を、重甲で弾き返し、馬が目前に迫ったその瞬間、陌刀が唸りを上げて振り下ろされた。
その一撃は騎兵の鎧ごと肉体を両断し、馬の首を刎ね飛ばした。鮮血が草原に飛び散り、内臓が露わになる。一振りごとに一人の騎兵が確実に屠られていく。二振り、三振りと振るわれる陌刀の前には、騎兵の突撃も馬の速度も何の意味もなさなかった。まるで次々と押し寄せる波が、無慈悲な断崖に砕け散るかのように、騎兵の群れが陌刀隊の前で肉片と化していく。
一人の鮮卑の戦士が馬を駆って陌刀隊の側面に回り込もうとしたが、陌刀隊は密集陣形のまま、外側の兵が半身を翻して陌刀を薙いだ。馬の脚が断たれ、騎手は宙に投げ出されて地面に叩きつけられた。倒れた敵兵の喉元に、すかさず次の兵が陌刀の切っ先を突き立てる。無駄のない、機械のような動きだった。
鮮卑の戦士たちは恐慌に陥った。彼らはこれまで、漢の歩兵を脆い存在と見下してきた。だが、眼前の黒い歩兵隊は、彼らの想像を絶する強さだった。馬の脚を断ち、騎手を胴体ごと両断するその剛力は、まさに鬼神の所業であった。正面からの騎兵突撃が完全に封じられたのだ。
匈奴の騎兵もまた、同様の運命を辿った。彼らは弓騎兵として馬上から矢を射かけたが、陌刀隊の重甲には矢が立たない。むしろ弩兵の反撃に晒され、次々と倒れていった。呼廚泉が自ら率いる精鋭部隊でさえも、陌刀隊の密集陣形の前には為す術がなかった。
戦場を見渡す高台の上で、鮮卑の扶羅韓は苦々しげに唇を噛んだ。
「報告通りだ。高順の陌刀隊……この短期間でさらに錬度が上がっている。正面から騎兵をぶつけるのは無駄だな」
隣で戦況を見守る匈奴の呼廚泉も、難しい顔で頷いた。
「あれが『陥陣営』の真の姿か。並の歩兵ではない。我らの騎兵戦術が通用せぬ相手だ。以前、軍馬の九割を奪われた時に見た陌刀隊よりも、さらに強くなっている。まるで生き物のように、部隊全体が一体となって動いている」
二人は決して愚かな指揮官ではなかった。彼らはすぐに戦術を切り替えた。
扶羅韓は全騎兵に通達した。正面突破を諦め、陣形を散開して側面と背面に徹底的に回り込め、と。重装備ゆえに動きが遅い陌刀隊の弱点を突き、四方八方から矢を射かけ、包囲して補給を断つ。騎兵の機動力を最大限に活かしたこの指示は、的確だった。
鮮卑と匈奴の騎兵は、すぐに戦法を変えた。彼らは陌刀隊の正面を避け、左右に大きく散開すると、弩の射程外から騎射を浴びせ始めた。重甲で身を固めた陌刀隊にとって、弩の直撃は脅威ではない。しかし騎射による上方からの弧を描く射撃は、重甲の継ぎ目を狙い、じわじわと体力を削っていく。肩と腕の継ぎ目、膝の裏、首の後ろ。そうしたわずかな隙間に矢が突き刺さり、兵たちの動きが鈍り始めた。
さらに、騎兵の一隊が大きく迂回し、陌刀隊の背後に回り込んだ。補給部隊との連絡を断ち、退路を脅かす。傷ついた兵を後方に下げるための経路も絶たれ、陌刀隊は徐々に包囲の輪を狭められ、身動きが取れなくなりつつあった。
「将軍、陌刀隊が敵の新戦術に苦戦しております。このままでは包囲され、補給も断たれます。重装備ゆえに、彼らは長時間の包囲戦には向きません。体力が持つのは、あと半日が限界かと」
賈詡の報告に、高順は地図から顔を上げた。扶羅韓と呼廚泉は、短期間でこちらの弱点を見抜き、即座に対応してきた。正面から騎兵をぶつける愚を犯さず、陌刀隊の機動力のなさを正確に突いてきたのである。やはり彼らは一筋縄ではいかない相手だった。しかし高順の目は、まだ闘志を失っていなかった。敵が学習するなら、こちらもさらに先手を打つまでだ。
高順は地図を見つめながら、静かに指示を飛ばした。張遼と華雄の騎兵を再編し、包囲を破る。陌刀隊の左右から敵騎兵を追い散らし、包囲網に穴を開ける。同時に田豫を呼び、扶羅韓と呼廚泉にさらなる驚きを見せる。高順は敵がこちらの戦術を学習したことを認めた上で、なおその先を行く策を練り始めていた。




