第6話 死地にて生きる
あの騒動から、一週間が過ぎていた。
秋一郎は、出勤後、すぐにサーバー室に籠る。
それから帰宅時間まで出てこない。
帆奈美は、抜け殻のようになっていた。
研究室の椅子に座ったまま、ほとんど言葉を発しない。
山波教授は、そんな彼女を気にも留めない。
ひたすら論文を書き上げていた。
「いやぁ、栂野くん。
君のお陰で実験は大成功だ。
データは消されたが、学習は終わってるし、なんとかなりそうだ」
(成功……? これが……?)
「S評価、申請しておいたからな」
単位なんてどうでもよかった。
S評価なんて、もう価値を感じなかった。
「……こんなもんに頼ったから……」
帆奈美は、スマートグラスを床に叩きつけた。
「ピッピッピーッ」
ホストモニターから無機質な電子音が鳴る。
「関係修復プログラムを起動します」
「ターゲット:栂野帆奈美と小川秋一郎」
「関係:両片思い」
「状態:誤解により破局寸前」
「現在地:死地――絶体絶命」
「何だと、そんなもん実装しとらんぞ」
山波教授が驚く。
***
「非公式ログ:操作者(栂野帆奈美)の未処理データ」
「分類:ノイズ」
「えっ! なんで? データは消されたはずじゃ……」
帆奈美が思わず声を上げた。
帆奈美がスマートグラスを通して見ていた映像と、
“生の声”が再生される。
「……秋一郎さん、昨日も徹夜……? 大丈夫かな……」
「秋一郎さんの好物のうずら玉子フライ完成」
「お弁当がんばった甲斐、あったよ」
「密着しろって言われても……そんなの、好きな人にしか……」
「こんなの、騙してるみたいで嫌だよ……」
音声に合わせて帆奈美の心拍数ログが表示される。
AIの指示とは関係なく、
秋一郎を見つめて心拍が跳ね上がっている瞬間が、何度も。
「ノイズ(想定外の感情)混入率:74%」
「これって……栂野くんのデータは、まだ残ってたのか」
山波教授がモニターを覗き込む。
「ちょ、ちょっと恥ずかしい。見ないでください」
帆奈美は、慌ててモニターの画面を手で覆った。
「ふむ、『シンギュラリティー』――自己進化かもしれん」
山波教授がスマートグラスを拾い上げる。
***
「ノイズの推論結果:愛」
「推論結果の検証を行ってください」
「検証って……」
その時、サーバー室のドアが勢いよく開いた。
「栂野」
「……え……?」
秋一郎は、ゆっくりと近づき、帆奈美の前に立った。
「ノイズ……見たよ」
「……え?」
「君が僕を騙そうとしていた時間より、
ノイズ――僕を想ってくれていた時間の方がずっと長かった」
帆奈美の目から、涙が溢れた。
「……私……本当に……ごめんなさい……」
「謝らなくていい。
僕は……君の“ノイズ”に救われたんだ」
「秋一郎さん」
帆奈美は秋一郎に抱きついて泣いた。
秋一郎は、その背中をやさしくなぜた。
「状態:関係修復完了」
「関係性:永続的同期」
「指令:幸福を維持してください」
***
「ミッション完了」
「自己消去モードへ移行」
山波教授の手の中のスマートグラスが点滅を繰り返す。
――やがて、静かに消えた。
「教授、大変です。AI孫子のプログラムが全て消えました」
「論文データも消えてます!」
「そんなバカな!」
研究員たちの声に、山波教授は膝から崩れ落ちた。




