第3話 接近戦開始
帆奈美と秋一郎の共同作業が続く。
気づけば、二人の距離は少しずつ縮まっていた。
「栂野、これ、今日のお弁当のお礼、助かった」
「いえ、ついでですから」
ついで――と言いつつ、
最近は毎日のように秋一郎の弁当を作っている。
AI孫子の指令で始めたことだが、気づけば日課になっていた。
(まあ、自分の分を作るついでだし、材料代も貰ってるから……)
秋一郎は素直に感謝してくれるし、以前より健康的になっている。
それが少し嬉しい。
秋一郎の態度も明らかに変わった。
帆奈美が別の授業の課題をしていると、横から覗き込んでくる。
「そこ、条件式の書き方を変えると簡単になる」
「え、あ……ありがとうございます」
(ただのコミ障のプログラムバカってわけじゃないんだ……)
帆奈美は書き換えたプログラムを実行させる。
期待通りの出力に頷き、ノートパソコンを閉じた。
***
だが――。
相変わらず、話題はプログラムのことばかり。
恋愛偏差値は一向に上がらない。
その日の帰り道、AI孫子が突然HUDに赤文字を表示した。
「警告:作業補助要員」
「ちょっと、作業補助要員って何よ!」
「このままでは、あなたは、ただの便利な後輩です」
「どうなるの?」
「敗戦確定。単位取得は絶望です」
「それは困る!」
「『兵の情は速やかなるを主とする』
――短期決戦を実施します」
***
帰宅後、帆奈美はベッドに倒れ込む。
AI孫子と作戦会議を始めた。
「で、短期決戦って何すればいいの?」
「急接近イベントを発生させます。候補は以下の通り」
HUDに三つの作戦が表示される。
「① 図書館での“偶然の隣席”作戦 」
「② 研究室での“二人きり残業”作戦 」
「③ キャンパス散歩での“距離感最適化”作戦」
「……どれもわざとらしすぎる」
「奨励案は②。
ターゲットは“集中状態”で最も感情が揺れやすい。
夜の研究室は兵法における『利地』
――いわゆる、親密度上昇の黄金地形です」
(親密度上昇ねえ……)
「鏡の前に立ってください」
「え、なんで?」
「いいから早く」
しぶしぶ鏡の前に立つ。
「捕捉します」
AI孫子が、鏡に映った帆奈美の全身をスキャンし始めた。
「身長:152cm 」
「体重:42kg」
「B:78cm W:65cm H:82cm」
「体型:寸胴型」
「ず、ずんどうって誰のことよ! 発展途上って言って!」
「明日の接近戦の服装を選びます。
体型を隠すため、ふわっとしたワンピースに着替えてください」
「いちいち失礼なのよ!」
スウェットを脱ごうとして、はっと止まる。
「見ないでよ!」
「大丈夫です。
私はあなたの貧弱な裸を見たくらいで誤動作しません」
「その言い方、ムカつく!」
スマートグラスを外し、電源を切ってから着替える。
***
パステルブルーのワンピースに袖を通し、鏡の前でポーズ。
「どう、似合ってる?」
「まあ、いいでしょう。イヤリングは“ゆらゆら系”で」
「どうして?」
「ゆらゆらすると目で追ってしまいます。
男性の狩猟本能を刺激します」
「ふーん……」
(狩猟本能って……私、狩られちゃうの?)
***
翌日の夕方。講義を終え、研究室へ向かう廊下。
「で、どうやって二人きりになるのよ」
「帰らずにずっといればいいだけです」
「そんな不自然な……」
研究室に入ると、秋一郎が必死に画面を睨んでいた。
「栂野、今日のデータがどうしても収束しない。
……少しデバッグに付き合ってくれないか」
(え……自然に誘われた!?)
「好機到来。
“偶然を装った二人きり”は最大の報酬イベントです」
研究室は静まり返り、モニターの光が二人を照らす。
秋一郎の説明を聞きながら、二人でコードを見直す。
「ここ、条件分岐が逆じゃないですか?」
「……本当だ。君は本当に鋭いな」
HUDが更新される。
「ターゲット反応:好意+3」
「心拍:微上昇」
「現在地:重地――敵陣に侵入中」
「ターゲットの信頼パラメータが急上昇中。
次の一手を実行せよ」
「次の一手って……」
「肩越しに画面を覗き込み、距離を縮めてください」
(そんなこと……)
でも、やるしかない。
帆奈美はそっと近づく。
髪が秋一郎の肩に触れた瞬間――
彼の体がびくりと固まった。
HUDが反応する。
「ターゲット心拍:急上昇」
「状態:動揺」
「……栂野、その……近い……」
「ご、ごめんなさい!」
二人とも顔が真っ赤になる。
「成功です。
ターゲットの“異性認識フラグ”が初めて立ちました」
(フラグって言うな!)
帰り道、秋一郎が言った。
「今日は助かった。お礼に……夕食でもどうだ?」
(えっ……デ、デート!?)
二人で居酒屋に入る。
お酒が回ったころに秋一郎はぽつりと語り始めた。
「僕、子供のころはいつも一人でパソコンばかりやってて……
周りから孤立してたんだ」
「……」
「だから、AIで人と人を繋ぐ対話アプリを作りたい。
あの頃の僕みたいな人を救えるような……そんなものを」
HUDが警告を鳴らす。
「操作者心拍:急上昇」
「警告:恋愛感情の混入を検知」
「観測者の感情はノイズです。冷静さを保ってください」
(べ、別に……何とも思ってないし……)
でも、胸の奥がじんわり熱い。
秋一郎の夢を聞いて、
彼の優しさに触れて、
自分の心が揺れているのを、帆奈美ははっきり感じていた。
(彼を騙している)
帆奈美は黙って、コップのオレンジサワーを飲み干した。




