最終話「壊れた鏡」
一月の夜は冷える。
夜間大学院の講義が終わるのは九時半で、最寄り駅までの十五分を歩くあいだに指先が痺れる。鞄の中にノートが二冊。一冊は講義用。もう一冊は「芦原体系・覚書」。表紙の右上に「非公開」と書いてあるが、もう何の意味もない。最初の夜に自分への言い訳として書いた三文字。言い訳は四月の投稿ボタンで嘘になり、十月の検討会で二十人の前に晒された。今はただのインクの跡だ。
表紙の「非公開」の三文字は、インクが薄れ始めていた。鞄の中で擦れたのだろう。文字の上から、新しいペンで「覚書」と書き足した。薄れた文字の上に新しい文字が重なっている。消えてはいない。上書きされているだけだ。
覚書は十二ページになっていた。八ページ目以降は、検討会のあとに書いた。芦原の体系の翻訳ではなく、翻訳の失敗から生まれた問い。等号とは何か。「同じである」とはどういうことか。
十一月に夜間大学院に入った。社会人枠。研究計画書に「等号概念の再検討」と書いた。独創ではない。翻訳の失敗だ。だが失敗から始まる問いは、少なくとも俺のものだった。
◇
一月の第三週に、門脇の授業を見に行った。
研究の一環として授業参観を申し込んだ。門脇は電話口で三秒ほど黙って、「来い」とだけ言った。
午前中。高校の教室。俺がかつて補習を受け持っていた学校とは別の学校だった。門脇のプログラムの本導入が始まった学校。生徒は三十五人。二年生。
教室の後ろに椅子を借りて座った。門脇が教壇に立っている。白いチョークで場合分けの問題を板書した。生徒たちが解く。ノートに式を書く音が教室を満たす。
通常の授業だった。場合分けが必要な二次不等式。生徒たちは場合分けを書き、計算し、答えを出す。門脇が机のあいだを歩いて、ノートを覗き込む。膝を折って、生徒の目線に合わせる。声が穏やかだ。
答え合わせの時間に、一人の生徒が場合分けの片方を省略していた。門脇はその答案を見て、「ここ、もう一つの場合も書こう」と言った。生徒は頷いて書き足した。
寺田を思い出した。「芦原さんのやり方」と答案に書いた寺田。あの子は今どうしているだろう。
授業が終わった。生徒たちが教室を出ていく。門脇が教卓で資料を片付けている。
「瀬尾。見てどうだった」
「普通の授業だった」
「普通の授業だからな」
門脇は評価プログラムの端末を閉じた。画面が消える前に、一瞬だけ見えた。判定結果の一覧。数字が並んでいる。その隅に、小さく「※境界事例」と表示された答案が一つあった。
「あれは」
「さっきの、場合分けを片方省いた子だ。プログラムは判定を保留する。境界事例として人間が確認する手順になった」
門脇は端末を鞄に入れた。
「芦原さんのおかげだよ。あの答案がなければ、この項目は追加されなかった」
おかげ、と門脇は言った。皮肉ではなかった。門脇は事実を述べている。基準に例外があることを基準自身が認めた。壁に窓がついた。壁は壁のままだが、風が通るようになった。
「瀬尾。お前の研究テーマ、聞いたぞ。等号概念の再検討」
「ああ」
「芦原さんがこの教室に座っていたときから、その問いはここにあった。お前が見つけたんじゃない。あの子が置いていったんだ」
反論しなかった。門脇は正しい。俺の問いは俺が作ったのではない。芦原のチルダに触れて、翻訳に失敗して、失敗の中から拾い上げたものだ。俺のものだと言い切れるのか。
「だが」
門脇はチョークの粉を手で払った。
「拾い上げたのはお前だ。あの子は置いていっただけで、拾えとは言ってない。拾ったのはお前の判断だ。そこは区別しろ」
区別しろ。門脇の言葉だった。区別することが門脇の公理だ。芦原が置いたものと、俺が拾ったもの。同じ問いだが、同じ行為ではない。
半分は芦原のもので——と思いかけて、止まった。もうその切り方はしない。芦原が置いた。俺が拾った。二つの行為は分割できない一つの問いの中にある。だが同じ行為ではない。門脇の言う通りだ。
「門脇。ありがとう」
「礼を言われることはしてない。見に来たいと言ったから見せた。それだけだ」
門脇は教室を出た。廊下を歩いていく背中が、四年前の学会の壇上と同じ姿勢だった。
鞄の底に手が触れた。折り畳んだ紙が一枚、三ヶ月前のままそこにある。検討会の前夜に芦原が渡してきた問題。一九八八年の第六問。
あの夜の教室で芦原は言った。途中まで見える。鎖が見える。でも鎖が下がることを示せない。初めてだと。
検討会の後、廊下で門脇が聞いた。お前、あの問題を解いたか。追えた、白紙からは書けなかった。門脇は「そうか」とだけ言った。
三ヶ月。紙は鞄の底にある。
◇◇
壁に本棚があって、本棚には本が並んでいる。背表紙の色が全部違う。色で区別する意味はないが、位置で区別する意味はある。左端にホモトピー型理論の入門書がある。三島先生に借りたまま返していない本。返さなくていいと言われた。
窓際の机の上にノートが一冊開いてある。表紙には何も書いていない。名前を書く必要がない。同じノートを使っている人間は他にいない。仮にいたとしても、中身を読めば誰のものかわかる。読めない人には、誰のものかを知る必要がない。
二月の午後。部屋は暖かい。窓から入る光が、ノートの上に四角く落ちている。四角の形は時間で変わる。変わるが、光であることは変わらない。
今日はホモトピー型理論の第四章を読んで、道の合成について考えていた。
道というのは、この本の言葉で、二つのものが等しいことの証拠のことだ。a から b への道がある。b から c への道がある。二つの道を繋ぐと、a から c への道ができる。これが合成。
合成の順序が結論に影響するかどうかを考えた。a → b → c と、a → c を直接結ぶ道は、同じ道か。同じかどうかは、道の定義による。道が「どう歩いたか」を覚えているなら、違う道だ。道が「どこに着いたか」だけを見るなら、同じ道だ。
わたしのチルダなら、着いた場所が同じなら、道は区別不能。どう歩いたかは結論に影響しない。
三島先生にそう書いて送った。「文脈依存的に区別不能」という言葉を使った。
この言葉は瀬尾先生のノートにあった言葉だ。先生は「文脈依存的同値関係」と書いていた。わたしの言葉ではない。でも、使える。わたしのチルダが文脈に依存することを、先生の言葉が名づけていた。名前がつくと、三島先生に伝えるときに便利だった。
先生の翻訳は壊れていた。何回も言った。でも壊れた翻訳の中にある言葉は、壊れていても使えるものがある。壊れた時計が一日に二回正しい時刻を指すように。
いや、それは違う。壊れた時計は偶然正しい。先生の言葉が使えるのは偶然ではない。先生がわたしのチルダを見て、見えたものを言葉にした。言葉にする過程で壊れた。でも壊れる前に、先生は何かを見ていた。見ていたものの痕跡が、壊れた言葉の中に残っている。
痕跡。これはわたしの言葉ではない。誰の言葉だろう。本で読んだ気がする。
ノートに戻る。
道の合成が可換かどうか。一般には可換ではない。ホモトピー型理論の本にはそう書いてある。だが、可換になる条件がある。道が「十分に単純」であるとき。この「十分に単純」の定義が、わたしのチルダと近い場所にある。
十分に単純とは、道の途中に分岐がないことだ。分岐がなければ、行き方は一通りで、帰り方も一通り。行きと帰りを区別する必要がない。区別する必要がなければ、区別不能。
わたしの公理。区別不能なら同一として扱う。
この本の公理。道が存在すれば同一として扱う。
近い。でも同じではない。区別できる。
先生が川沿いで聞いた。「先生の問いと、私の問いは、同じですか」。わたしが聞いたのだった。先生は「わからない」と答えた。わたしは「それ、私の答えと同じです」と言った。
同じかどうかわからないものを、同じかどうかわからないと言うこと。これはわたしのチルダとは少し違う。チルダは「区別できないなら同じ」だ。「わからない」は「区別できるかどうかがわからない」だ。区別不能と、区別可能性の未決定は、違う。
先生のノートには、この区別がなかった。だからあのノートは壊れていた。でも壊れていることに気づけたのは、先生のノートを読んだからだ。壊れていない鏡には映らないものが、壊れた鏡には映ることがある。
三島先生は正確な鏡だ。きれいに映る分、見えないものは見えない。門脇先生は壁だ。跳ね返されて初めて、わたしの数学の形がわかった。
瀬尾先生は——あの人は壊れた鏡だ。歪んで映す。歪み方にパターンがある。あの人自身の形がそこに出ている。だからあのノートには、わたしの数学とあの人の数学が混ざっている。壊れているから、わたし一人では見えないものが映ることがある。
使えるものは使う。区別できないものは区別しない。先生の言葉とわたしの言葉が区別できなくなったら、それは一つの言葉だ。先生はたぶんそうは思わない。先生の公理とわたしの公理が違うことは、もう知っている。
窓の光が動いた。四角が少し右にずれた。時間が経った。
ノートに目を戻す。道の合成の問題を、もう少し考える。
考えていて、止まった。
文脈が変わったとき、チルダはどうなるか。文脈 A で a ~ b。文脈 B で b ~ c。文脈 C で a ~ c と言えるか。門脇先生にあの日聞かれた問い。わたしは「文脈が同じなら言える」と答えた。「変わったらわからない」と。
今、道の合成を考えていて、同じ問いに別の角度から触れている。道 A と道 B を合成するとき、二つの道の「文脈」は保存されるか。保存されないなら、合成した道は元の道と同じではない。わたしのチルダで言えば、文脈が変わったのだから、区別不能性は保証されない。
これは、まだ解けない問いだ。
解けないことは知っている。でも、今までと見え方が違う。あの日は「わからない」だった。今は「何がわからないかがわかる」になった。文脈の保存条件。これが定式化できれば、推移律は回復する。できなければ、わたしの体系はそこに穴を持ったままだ。
穴があることは壊れていることとは違う。穴は形の一部だ。
◇
アパートに帰ると、三島からメールが来ていた。
「瀬尾さん。芦原さんが先週送ってきた質問の中に、面白い表現がありました。共有します」
添付されていたのは、芦原が三島に送ったメールの抜粋だった。
「三島先生。ホモトピー型理論の第四章を読みました。道の合成について質問があります。二つの道を合成するとき、合成の順序は結論に影響しますか。影響しないなら、順序は文脈依存的に区別不能であり、合成は可換であるはずです」
文脈依存的。
これは芦原の言葉ではない。俺の翻訳ノートの言葉だ。五ページ目に書いた「文脈依存的同値関係」から来ている。芦原はこの言葉を使っていなかった。芦原のチルダには「文脈依存」という概念がそもそも分離されていない。全部が文脈依存だから、わざわざそう呼ぶ必要がなかった。
だが今、芦原は三島に向けて「文脈依存的に区別不能」と書いている。俺の翻訳語を使って。
壊れた翻訳の破片が、芦原の言語の中で生きている。
搾取か。浸透か。翻訳か。区別できなかった。
ノートを持つ手が震えていた。
三島のメールの末尾にこう書いてあった。
「この表現は芦原さんの従来の語彙にはなかったものです。おそらく瀬尾さんの翻訳ノートから来ていると思います。私の言葉では起きなかったことです」
メールにはもう一通、追伸があった。
「別件です。芦原さんが以前お送りした一九八八年の第六問に返答をくれました。ご存知の問題だと思います」
知っている。鞄の底に三ヶ月。天井の形をした問題。芦原が検討会の前夜に渡してきた紙。
「芦原さんの返答が面白かったので共有します」
添付ファイルを開いた。芦原の文章だった。対称性から入り、区別不能な対の鎖を辿り、背理法なしで端点に着いている。最後の一文。「鎖を辿れば端点に着くので、仮定する必要がありません」
三島のコメントが続いていた。「鎖が確実に下降することの証明——各段で a' < b の検証——が省略されています。これは補えます」
画面の前で動けなかった。
あの問題だ。検討会の前夜に芦原が見せてきた問題。俺が追えるだけで書けなかった問題。あの跳躍を「発明する」必要がなかった。見えるものを辿っただけだ。
だが三島は指摘している。鎖が下がることの証明が省略されていると。あの夜、芦原が言った言葉が返ってくる。「鎖が下がることを示す方法がわからない」。
四ヶ月前と同じ穴だ。芦原はそこを越えられていない。
三島の注記を読み返した。「各段で a' < b の検証」。
鎖が確実に下がることを示すには、a と b に順序を入れなければならない。a ≧ b と定めて、各段で新しい根が b より小さいことを計算する。対称性を壊す。区別する。
芦原の公理は「区別しない」だ。門脇の言葉は「区別しろ」だ。そしてこの証明の穴は、その境界の上にある。
ノートを開いた。十三ページ目に日付を書いた。
三島のメールの内容を記録して、芦原の解法を写した。そして、三島が省略されていると指摘した部分——a' < b の証明——を、自分の手で書いた。
追えた、白紙からは書けなかった——門脇にそう答えた問題だ。追える人間と書ける人間のあいだに天井がある。ずっとそう思っていた。だが今書くのは、あの証明の全体ではない。芦原が見た鎖が確かに下がると示す、その数行だけだ。順序を決め、大小を区別する。= の仕事だ。
ペンを持った。最初の不等号を書くとき、手は止まらなかった。
0 ≦ a · a' = b² − k ≦ b² − 1 < b²。a ≧ b のとき a' < b² / a ≦ b。ゆえに 0 ≦ a' < b。
三行だった。
これは追うことではない。ビエタの跳躍の標準的な証明を一行ずつなぞったのではない。芦原の鎖——芦原が見たもの——が確実に下がることを、等号の言葉で示した。芦原が見て、俺が示した。
手は震えていなかった。先ほどとは違った。
その下に二つの記号を並べた。
= と ~
等号とチルダ。俺の記号と芦原の記号。
この二つは等しいか。
等しいかどうかを問うには「等しい」の定義がいる。だが「等しい」の定義こそが問われている。問いの中に問いがある。最初の翻訳ノートで書いた円環と同じ構造だ。
だが円環は行き止まりではなかった。
芦原は俺の言葉を使い始めている。俺は芦原の問いを引き受けている。芦原が見たものを俺が示し、俺が名づけたものを芦原が使う。二つの体系が、互いの破片を含みながら、別々の方向に伸びていく。交わらない。だがその間に、三行の証明がある。
鉛筆を置いた。
= と ~ がノートの上で隣り合っている。
それが等しいかどうかは、まだ誰にもわからない。
◇◇
三島先生が送ってきた問題のことを考える。検討会の前に瀬尾先生に見せた、あの問題。ab + 1 が a² + b² を割り切るとき、商が完全平方数になるか。あれから四ヶ月。何度も戻ってきた。
a と b が入れ替わっても何も変わらない。この問題の中で区別不能。a ~ b。
商を k と置くと a の二次方程式になって、もう一つの根 a' が出る。(a, b) と (a', b) は同じ k を持つ。商が同じなら、この文脈で区別不能。区別不能な対が連なって鎖になる。辿れば片方が零になり、b² = k。完全平方数。
ここまでは、検討会の前から見えていた。三島先生に返事を書いたとき、「背理法は使いませんでした」と書いた。鎖はそこにある。辿れば着く。
でも、三島先生は返事の中で一つ指摘していた。「鎖が確実に下がることの証明が省略されています」。
下がることは見える。でも三島先生の返事で知った。見えることと示すことは、同じではない。
下がることを示すには、a と b のどちらが大きいかを決めなければならない。a ≧ b と定めて、各段で新しい根が b より小さいことを計算する。対称性を壊す。区別する。
わたしの公理は「区別しない」だ。でもこの証明の一箇所だけ、区別が要る。
門脇先生の言葉を思い出す。検討会で言われた。「直観は証明ではない。数学が証明を要求するのは、直観が間違うことがあるからだ」。
あのとき、門脇先生は正しかった。わたしの直観は鎖が下がることを見ている。でも直観だけでは、示したことにならない。示すには、門脇先生の公理が要る。区別しろ。
穴だ。わたしの体系の穴。でも、さっき書いた通り、穴は形の一部だ。この穴の形は、はっきりしている。「下がることを示す数行の計算」。
あの人なら書ける。
わたしが見て、あの人が示す。それで一つの証明になる。
◇
三島先生に送る質問を、もう一つ作る。
ページをめくる。白いページ。何も書いていない。
書き始める。
~
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。これで凪と瀬尾の不器用な関係は終わりです。楽しんでいただけたら、本当にうれしく思います。
数学ネタで今後もしかしたら追加で後日談を投稿するかもしれません。




