国王と側近会議
王宮の宰相執務室で仕事をするルードルフのもとにある知らせがもたらされた。
刑務の長官からもたらされたその報告を持ってルードルフは国王の執務室に急いだ。
執務室の前の衛兵が扉を開けルードルフが入室する。ルードルフが入室すると国王ヘンドリックは近衛騎士団長のフーベルトゥスと筆頭侍従のノルベルトを除く全員を退出させ部屋に防音の結界を張った。
ノルベルトが全員にお茶を入れ四人がソファーに腰を下ろすとルードルフが国王に報告をした。
この会議は今では定期的に非公式で開かれておりここでの話し合いで王家の方針や政治的決定を下すようになってきていた。
今までもフーベルトゥスやノルベルトは国王の側近として個人的に助言等を行ってきたが、王太子ジークハルトの婚約問題以降定期的に四人で話し合うようになった。
ルードルフとヘンドリックは当事者の親であるので第三者の意見、派閥争いやおべっか等を取り除いた意見を貰えるのは有り難かった。
但し今日の議題はジークと関係ない話である。
「三か月ほど前に竜の森で捕縛された密猟者二名ですがトシュタイン王国との繋がりが確認されました」
その報告にヘンドリックは喜色を浮かべた。
この二人は昨年の夏ルードルフの領地で密猟をしようと企み子竜を捕え、ヴィヴィを誘拐までしたのだが牢から逃げ出していた。この時もヴィヴィの証言からトシュタイン王国が関与していることが報告されたが証拠がなかった。
「トシュタイン王国が言い逃れできないような証拠が出て来たのか?」
「はい。長官のお手柄です。ジャンという捕えた男は今までも色々な悪事を働いていたようですがレッダー子爵領に隠れ家がありましてその隠れ家にトシュタイン王国第三王子ガスパレの密書と第三王子が与えた指輪が隠してありました」
「トシュタイン王国の王子が証拠を残していたのか。珍しいな」
ヘンドリックが言うと皆が頷いた。トシュタイン王国は大小さまざまな悪事を仕掛けてくるが大概は証拠を残さず悪事が露見すると実行犯を切り捨て知らぬ存ぜぬを貫くのである。仮令どんなに状況がトシュタイン王国の関与を指し示していても、時には密書が見つかっても密書には決定的な言葉は書かず実行犯の独断だと言い逃れるのである。
「密書にはしっかりと王子の指示が書かれているのか?」
フーヴの問いかけにルードルフが応える。
「ああ。しっかりと第三王子ガスパレの名前で我が国の竜を密猟することと令嬢を誘拐するよう指示が出されている。捕らえたジャンという男はかなり用心深い男で昨年捕らえたときは今回の相棒ベニートという男以外の部下を皆殺しにして逃げている。証拠や足が付くことを恐れたためだ。もっとも皆殺しにしたつもりが二人ほど虫の息だったが助かって療養していた。その二人の証言も今回隠れ家を特定するのに役立ったそうだ。ジャンは用心深い男だったから王族から都合よく使い捨てられることを恐れて動かぬ証拠を隠していたらしい。罪を逃れられないとわかったら助命の交渉材料に密書の存在を匂わせて来たそうだ」
ふーとヘンドリックは息を吐いた。
「今回はトシュタイン王国に揺さぶりをかけられそうだな。まずは糾弾する書簡をトシュタイン王国の国王に送ろう。しらを切るようだったら以前のように竜騎士隊でトシュタインの王宮に乗り込むか」
ニヤッと笑うと他の三人も笑みを浮かべた。
が、ルードルフはすぐに表情を引き締め報告の続きを行う。
「ジャンと相棒のベニートを竜の森に引き入れたのはウルプル伯領にある門の騎士でした。ジャンはウルプル伯領内にある悪徳カジノの店主とつるみ騎士たちをカジノに引きずり込み多額の借金を負わせた挙句、門を通ることを黙認すれば借金は帳消しにすると脅したそうです」
ルードルフの言葉を引き継ぎフーヴが言った。
「その三名は既に騎士団を除名になり牢に収監されているが、騎士団全体でも普段の素行や金遣いなど問題があるものがいないか調査中だ。最近少し気が緩んで風紀が乱れていたようだ。面目ない」
もう一度ルードルフが言葉を引き継いだ。
「ウルプル伯領の悪徳カジノの店主や従業員も捕縛済みですがウルプル伯領はかなり治安が乱れているようです。ウルプル伯爵についても何らかの処罰が必要と思われます」
「ルードルフの従兄弟じゃなかったか?」
「とっくの昔に縁を切りました」
ヘンドリックの問いかけにルードルフはしれっと答えた。
「ジャンという男は捕まった時に竜を密猟して素材を集めていたらしいが令嬢の誘拐はしていなかったのですか?」
ノルベルトが聞くとルードルフは難しい顔をした。
「それなのですが……昨年の夏我が娘ヴィヴィアーネが誘拐されましたがすぐ救出できました。その後誘拐かどうかはわかりませんが貴族の令嬢の失踪事件は三件起きています。しかし時期は今年の春から夏にかけて。つまりジャンの犯行とは言えない時期です」
「失踪なのか……事件ではないのか?」
ヘンドリックは疑わしげだがルードルフはどちらとも言えなかった。
「それについては調査中です。失踪した令嬢たちに共通した何かがあるのか関係者から話を聞いている段階です。しかし失踪は外聞が悪いので伏せている家も多く難航している状態です」
「そちらはもう少し時間がかかりそうだな。ところでルードルフのところには手紙が届いたか?」
「私のところには手紙も届きましたし愛娘からお土産も届きましたよ」
ルードルフがにんまりするとヘンドリックは苦い顔をした。
「そういうことを言いたいのではない。まったく……息子なんて気が利かないからな」
少しぼやいた後ヘンドリックは真剣な顔をした。
「ヴィヴィアーネ嬢の母親が魔道具を所持していたそうだな」
ヘンドリックの言葉にフーヴとノルベルトが身を乗り出した。
「先日ヴィヴィアーネ嬢の父親が魔道具研究所に勤めていたと報告があったな」
「どんな魔道具なんだ?」
「ジークは見たこともない魔道具だと手紙に書いてきた。ああ、形は何の変哲もない眼鏡だそうだ」
ヘンドリックの言葉をルードルフが引き継ぐ。
「私は八年も前からその眼鏡を見ていましたが魔道具だとは気づきませんでした。マリアは常にその眼鏡を掛けていたので。マリアは地味な印象の薄いメイドだと思っていましたが眼鏡を外した姿は絶世の美女でヴィヴィアーネによく似ていたそうです」
「認識阻害とかそういう類の魔道具でしょうか?」
ノルベルトの言葉にヘンドリックは頷いた。
「多分そうだろう。ジークは学院に魔道具の専門家を派遣して欲しいと言っていた」
「そうですね。今は竜の契約時期で学院がバタバタしていますからそれが終わってからの方がいいでしょう」
ルードルフが言うとノルベルトとフーヴは両手を組み祈るような顔つきになった。
「そうか……今年はジークハルト殿下の……」
王太子が竜と契約を結ぶ……それは特別な意味を持つ。
特に今回は……
王家から黒竜が居なくなって久しい。
先王が崩御されてから王家に黒竜は存在しない。ヘンドリックが竜と契約したときは公爵家の令息で契約竜は赤竜だった。
親の契約竜が黒竜でもその後臣籍降下すれば子の契約竜は黒竜にはならない。この国の不思議である。では、親の契約竜が赤竜でもその後王家に入れば子の契約竜は黒竜になるのだろうか?
こればかりは誰もわからない。しかしルードルフ達三人は先王に頼まれて養子に入り国王の重責を担い、最愛の妻を殺されてなおこの国のために努力を惜しまない目の前の男、国王ヘンドリックのために祈らずにはいられなかった。
王太子ジークハルトの契約竜が黒竜であって欲しいと。