二年生(14)
夏期休暇が終わり学院に戻って来た私はそれなりに平穏な日々を送っていた。
もちろん陰口は色々なところで囁かれていたしあからさまな嫌味を言われることもあったが以前ほど気にならなかった。
今の私は侯爵家のお父様やお兄様方の愛情を信じることができたし、記憶が戻ったことで自分の存在が不確かな、根っこが無いような気持ちがなくなり精神的に安定した。おかあさんはすぐ身近にいて私を支えてくれている。そしてジークと一生を共にしたいと決心を固めることで陰口や嫌味と向き合う強さが生まれた。
クラスの人達は相変わらず私を受け入れてくれたし、私は概ね楽しい学院生活を送っていた。
ただ、ジークに会えなかった。
私は私の気持ちをジークに伝えたかったのだが、夏期休暇後は魔術の授業も別々になってしまいジークと全くと言っていいほど接点がなくなってしまった。
但し今は五年生は竜との契約を控え重要な時期である。私はジークが竜との契約を済ませるまで待つことにしたのだった。
五年生が竜の森に入る前日の夜の事だった。
夕食を済ませ寮の部屋にいた私は窓の外のちらちらした光に気が付いた。
明日からジークが竜の森に入るのでなんとなく私も落ち着かない気分になっていた。
窓を開け外を見下ろす。外の暗がりの中に立っていたのはジークだった。
ジークは魔力を最小限まで絞りウォンドを使って窓に光を当てていたのだった。
ジークの姿を認めると私はすぐに部屋を出ようとした。身振りでジークにすぐに下りていくことを伝える。部屋を出ようとするとおかあさん——マリアに呼び止められた。
「ヴィヴィ様、外はもう暗いですよ。どちらに行かれるのですか?」
「ジークが待っているの。少し話をしてくるだけだから」
おかあさんは学院に戻る前に私に言った。
「ヴィヴィ様、私のことは今まで通りマリアとお呼びください」
もちろん人前では私もおかあさんのことをマリアと呼ぶつもりでいた。でもおかあさんは二人きりの時でもそう呼ぶように私に言った。
「いいですか?ヴィヴィ様、記憶が戻っても私とヴィヴィ様の立場が変わったわけではありません。ヴィヴィ様は五歳の時よりアウフミュラー侯爵家の令嬢になられたのです。そのことをお忘れなきようお願いします」
それはわかっている。私はアウフミュラー侯爵家の人間として生きてきた。それを変えるつもりはないのだけど……
じっとおかあさんを見つめるがおかあさんはかぶりを振った。
「二人きりだからと油断して親子のような振る舞いをしていればとっさの時にそれが出ます。ヴィヴィ様は侯爵家の令嬢で私はヴィヴィ様の専属メイドです。その立場を変えるつもりはありませんし旦那様との約束でもあります」
そういうわけで私はおかあさん、もといマリアと以前のような関係を続けることになったのだがそれでもやっぱり甘えが出る。今この時のように。
私は両手を握ってお願いをするようにマリアを見上げた。
「お願い。少しだけでいいの。会いに行かせて」
マリアは「暗くなってから男の方と二人きりで会うなんて……」と言っていたがため息をつくと「少しの時間だけですよ」
と折れてくれた。そうして一階のエントランスには警備の人がいるだろうということで私に付き添ってくれ、学院に忘れ物をしたので取りに行くと言い訳をして私が外に出る許可を取ってくれた。
外に出ると私は小走りにジークのいた方に向かった。
そのあたりに着くと暗闇からジークの声が聞こえた。
「ヴィヴィ、すまない。こんな時間に呼び出してしまって」
「いえ、いいんです。私も会いたかったから」
私の返事にジークはホッとしたようだった。
二人で少し歩き歩道からそれた木陰のベンチに座る。歩道には街灯が灯り明るいが歩道を逸れると途端に暗くなる。ジークがウォンドの先に明かりを灯した。ウォンドにこういう使い道もあるのだということを初めて知った。
ベンチに座るとジークが私を見つめてもう一度謝った。
「ヴィヴィこんな時間に呼び出してすまなかった。だけど僕は竜の森に入る前にもう一度君に会っておきたくて」
「ジーク、そのことはいいんです。私もジークに会いたかったから。ジークは忙しいと思って竜との契約が済んだらお話ししようと思っていたんだけど……」
私はつばを飲み込んだ。ジークに会ったらこの気持ちを伝えようと決心していたのにいざ言おうとすると途端に恥ずかしくなってきた。
「あ、あの……私ジークに……ジークのことが……」
なかなか言葉が出てこない私をジークが優しく見つめた。
「ヴィヴィ、無理しなくていいんだよ。僕に言い辛い事?それなら……」
「ち、違うの!ちょっと待って。私がジークを好きでお嫁さんにして欲しいと思っていることをどうやって伝えたらいいか考えてるの。だって恥ずかしいでしょう?本人を前にし……た……ら……」
そこまで一気にしゃべった私は顔を上げてジークの顔を見た途端自分の失態を悟った。
途端に顔どころか頭のてっぺんまで真っ赤に茹で上がった私をジークは見つめていた。
優しい目で?ううん、なんというかもうちょっと強いまなざしだ。瞳の奥に欲のような強い感情が見える。
どぎまぎする私にジークは優しく言った。
「ヴィヴィ、十分伝わったよ、ありがとう。抱きしめてもいい?」
普段ジークは私を抱きしめるときに許可を取ったりしない。でもエル兄様やフィル兄様に抱きしめられる時と同じで私はジークに抱きしめられると安心できた。
でも今は逆に凄くドキドキする。叫びだしたいような落ち着かない気持ちなのに嫌じゃない。私がこっくりと頷くとジークはふわりと私を抱きしめた。
ふわりと抱きしめたはずなのにその拘束はだんだん強くなっていって……スリ……と頬ずりされたときに「ぴゃ」と変な声が出てしまった。
「ぷっ。ごめんごめん」
ジークは放してくれたけど私は膨れっ面だ。照れ隠しの部分が多いけど。
「明日僕は竜の森に入る。僕の契約竜の色によって僕たちの立場はいろいろ変わるかもしれない。それでも僕はヴィヴィと結婚したいと思っているしヴィヴィ以外考えられない。そのことをヴィヴィに伝えておきたかったんだけど……うん。今日会いに来てよかった。すっきりした気持ちで竜の森に入れるよ。ヴィヴィにはこれから嫌な思いをさせたり辛い思いをさせるかもしれない。なるべく僕が守るけど手放すことはできないから覚悟しておいてね」
私の眼をのぞき込んでそんなことを言うジークに私も挑戦状をたたきつけた。
「ジークこそ覚悟しておいてね。今後私のことで何か言われても私は身を引くつもりはないから」
「望むところだ。これからたっぷり周囲にもラブラブをアピールしていくから」
余裕たっぷりに言うジークに私は秒で負け戦を悟った。
「あの……お手柔らかに……」
ようやく顔の赤みが引いて落ち着いてきた私は明日のことに思いを馳せた。
「明日ジークは生涯の相棒と巡り合うのね」
「そうだな。この三日のうちには」
ジークは複雑な思いがあるだろうけど私はワクワクしていた。
「去年初めて五年生が契約竜に乗って学院に帰ってきたとき思ったの。自分の……自分だけの相棒ってどんな存在なんだろうって。アリーは『色なんか関係ない』って言ってたけど私もそう思うの。もちろんジークの場合は特別な事情があるのはわかっているわ。でもその事情はジークにはどうしようもない事でしょう?そんなことを取っ払って考えたらジークは明日か明後日には生涯の相棒と巡り合うのよ。自分にとって特別な存在と……それってとてもワクワクするわ」
ジークは少し驚いたように私を見つめていた。
「そうだ。とてもワクワクする。ありがとうヴィヴィ。明日からの三日間楽しんでくるよ」
そういってジークは私の頬にキスを落として帰っていった。
私はそのあとポーっとなって……気がついたら夜着に着替えてベッドの中だったので普段通りの行動はできていたと思う。
……思いたい。




