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二年生(13)——夏期休暇


 フェルザー伯爵のお屋敷の門をくぐるとお屋敷が騒然とした雰囲気に包まれていることが感じられた。


 馬車を降りたつとお屋敷のエントランス前にはずらりと人が並んでいる。

 一応私やジークは馬車を降りる前に鬘や眼鏡を外し、反対におかあさんは眼鏡を掛けている。


 気障男は様子の変わった私たちや屋敷前でずらっと出迎えた人々を見て今にも気絶しそうな雰囲気だ。


 フェルザー伯爵が進み出てジークに最上級の礼をする。


「王太子殿下にご挨拶申し上げます。この度は我が屋敷を訪問いただける名誉に預かり伯爵家一同誠心誠意おもてなしさせていただく所存でございます。しかしながら急な事でもあり至らない部分も多々あることと存じます。その点は何分ご容赦いただきたい」


「フェルザー伯爵、こちらこそ急な訪問になってしまって済まない。此度は非公式での訪問である故もてなしに関しては遠慮したい。話し合いの場を設けてくれるか?」


 ジークの言葉を聞いて気障男がその場にへたり込んだ。


「お、お、お、おう、おう、おうたたたたいししし殿下……」


 従者の二人は地面に頭を擦り付けている。


 フェルザー伯爵は気障男たちをチラッと一瞥すると私たちを応接室に誘導した。

 気障男はこそこそと逃げ出そうとしたがエル兄様が逃さなかった。


「おや?どこに行くんだ?ご領主様に俺たちを牢屋に入れてもらうんだろう?」


 エル兄様、さすがにちょっと意地が悪いです……


 部屋に入った途端、気障男は床にひれ伏した。


「お、お、王太子殿下に対する数々の無礼、平に、平にご容赦を!!」


 フェルザー伯爵は目をパチクリさせている。

 ジークが苦笑しながら事の顛末を説明した。


「なるほど、承知いたしました」


 フェルザー伯爵は頷くと気障男に向き直った。


「エーゴン・ビュクナー、お前が執着している女性はアウフミュラー侯爵家の上級メイドで侯爵家の方では手放すつもりは無いそうだ。潔く諦めなさい」


「こ、侯爵家……ひえっ……は、はい……諦めますでございます」


 気障男……敬語も怪しくなってきた。


「それからお前の態度だが、力のない者たちに対し居丈高で無理難題を押し付けると苦情が上がっている。後ほど詳しく聞き取る故別室で待っていなさい」


 気障男はがっくり肩を落として別室に連れられて行った。



 気障男が去るとフェルザー伯爵はもう一度私たちに頭を下げた。


「領内の者がご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


「いや、頭を上げてくれフェルザー伯爵」


 ジークに引き続きエル兄様が言った。


「我が家のメイドのことでお手数をおかけしました」


 フェルザー伯爵はエル兄様、そして私に向かって微笑んだ。


「ヴィヴィアーネ嬢には娘がお世話になっております。ヴィヴィアーネ嬢のおかげで娘は楽しい学院生活が送れているようで。親として感謝しております」


 私は急いで言った。


「こちらこそ!パウリーネ様にはいつもお世話になっておりますわ。パウリーネ様のおかげでどれだけ勇気を貰えたか、笑って過ごせたか……私パウリーネ様とお友達になれてとっても感謝しています」


「それは光栄ですな」とフェルザー伯爵は笑った後ジークに向き直った。


「それで……殿下は何故お忍びで我が領にいらっしゃったのですか?」


 探るような視線を見て私は慌てていった。


「殿下は私について来てくださっただけなんですの。あの、私がおか……マリアの故郷の話を聞いてとても素敵なところみたいだったので一度観光に行ってみたいとお父様におねだりしたので……その……」


 言っていてだんだん恥ずかしくなってきた。


「ほお……殿下は付き添いですか。ということは娘の言っていた通り殿下のお相手は……」


「そう思ってくれて構わない。フェルザー伯爵はそれについて意見はあるか?」


 ジークがやや硬い表情で聞くとフェルザー伯爵は穏やかに言った。


「娘の親友が王太子妃というのは我が家にとっては嬉しい事ですな」


 ジークはふっと息を吐き出した。


「そうか。では助力を頼む」


「かしこまりました」


 私が今一つ理解できないでいるとエル兄様が「後で教えてやる」と耳元で囁いた。


「フェルザー伯爵、もう一つお願いがあるのだが」


 ジークの願いは九年前のトシュタイン王国の侵攻に関する資料を見せて欲しいというものだった。

 もちろん王宮内の資料は目を通して来たのだが現地の資料も見たいというもので、フェルザー伯爵は快諾していた。


 ジークとエル兄様はフェルザー伯爵と執務室に向かい私とおかあさんは応接室に残ったが程なくしてノックと共に入室してきたのはリーネだった。


「ヴィヴィ!驚きましたわ」


「リーネ!突然来てしまってごめんなさいね」


 私たちは手を取り合って再会を喜んだ。



 その後の数日間はジークやエル兄様はフェルザー伯爵の執務室や役場の資料室に入り浸り、私はリーネとお茶をしたり街に買い物に出かけたりして過ごした。お父様やフィル兄様のお土産を見繕ったりアルバおばさんのところにおかあさんと出かけて手作りのジャムをいただいたりした。


 そうして残り少ない夏期休暇を楽しんだ私たちは学院に向かって出発した。

 お父様とフィル兄様のお土産はハーゲンに託す。彼らは私たちを学院に送った後王都に帰るからだ。今回の旅で起こった出来事は既にお父様やフィル兄様に手紙を書いてあるがハーゲン達もお父様に報告するだろう。



 

 学院に旅立つ数日前、私はエル兄様にジークのことを聞いた。

 ジークが偶に思いつめたような瞳をしているのが不安だったからだ。


「ジークはお前と婚約を結びたいと言ったんだろう?」


 エル兄様はまず私にそのことを確かめた。私が頷くと


「まあ、これから話すことはヴィヴィが婚約を断れば関係ない事なんだけれどな」


 と言いながら教えてくれた。


 当初王家はというかジークは私に言った通り卒業まではこの話は伏せておくつもりだったらしい。しかし私の噂が王都で流れ王太子妃には相応しくないと取りざたされるにつれ伏せておくことが難しくなった。

 ジークは再度婚約者を、せめて候補を上げることを求められその席で私と婚約を結びたいと宣言することになった。

 ジークは私に余計なプレッシャーを与えたくないとエル兄様にもそのことを黙っているように言ったそうだがかといって他の令嬢の名前を上げることはどうしてもできなかったそうだ。


 なんだかだんだんと外堀が埋められていってるような気がするが、エル兄様は「ヴィヴィがどうしてもいやだったら断っていいんだぞ」と笑った。


 ジークは私が婚約を嫌がったら自分が不名誉な噂を流して婚約話を白紙に戻すそうだ。ただ私の意志が決まる前に宣言しなければならなくなったことは申し訳ないと言っていたそうだ。


 私はジークが嫌なのではない。王太子妃という重圧にビビっているだけだ。本当はずっと前に心は決まっていたような気がする。ジークの隣に私ではない令嬢が立つのを想像したときに……


 ところがエル兄様の話はそこで終わらなかった。


 私が平民出身だから王太子妃には相応しくないという風評は王家と筆頭侯爵家であるアウフミュラー家の力があれば抑えることができるとジークもお父様も考えていたが国王陛下の実家のゴルトベルグ公爵家と序列第二位のビュシュケンス侯爵家が反対に回ったのだ。


「その二家がヴィヴィとの婚約を反対しているのはヴィヴィの資質を疑っているわけではないんだ」


 エル兄様はそう言った。今の王様は元々ゴルトベルグ公爵家の人間で先王陛下の甥にあたられる。王家の血筋が絶え養子として国王になったヘンドリック国王陛下だが契約竜は赤竜であり国王の竜が黒竜でないことから竜神様の加護がなくなるのではないかと不安を感じている王国民も一定数いることは確かだ。


 だから王家の権威を保つためにも何も瑕疵のない王太子妃を選ぶことが重要であるとその二家は考えているようだとエル兄様は言った。


「国王陛下と王妃様のご実家だからね。王家が後ろ指を指されることが無いようにという老婆心なんだ」


 確かに黒竜ではない契約竜の王家に平民出身の得体のしれない娘が嫁げば不安になる国民も多いかもしれない。


「多分ジークはこのことについては何もヴィヴィに言わないと思うよ」


 エル兄様はそう言った。諸々の事情を全部取っ払ったうえで私にジークと一生を共にする覚悟があるか決めて欲しいそうだ。


 うん、私も覚悟を決めるべきだと思う。


 ジークの婚約者になるということは様々な視線に晒されるということだ。もちろん私の生まれや血筋のことで今まで以上に酷いことを言われるかもしれない。

 それを跳ね除けるのは私の行動だけだ。努力して行動で「王太子妃がヴィヴィアーネ嬢で良かった」と時間をかけて認めてもらえるようにするだけだ。


 その覚悟を私は決めなくてはいけない。




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