↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「もう、うんざりだ」と言われたので、出ていきますね  作者: 結城芙由奈@コミカライズ連載中


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
74/74

エピローグ「もう、うんざりだ」と願ったのは私自身だった

「え? アイシャって……私のことですか? カイルさん」


もしかして水に落ちたショックで、頭が混乱しているのかな?


「違う! カイルじゃない! 俺はセドリックだ! セドリック・グランフォード侯爵! そしてお前はアイシャ・グランフォード! 俺の妻だろう! 俺が分からないのか? だったらかつらを……」


カイルさん……もとい、セドリックさんは頭に手をやった。


「あ! な、ない! かつらが無いぞ!」


「はい。ここに引っ張り上げたときから、ありませんでしたよ。ついでに眼鏡も」


「え? あ! 本当だ!」


セドリックさんは眼鏡に手をやろうとし、大声を上げる。


「恐らく川の中で両方とも外れてしまったのでしょうね」


「そうだったのか……なのに、お前は俺が誰か分からなかったのか?」


どことなく恨めしそうな目を向けてくる。


「はい、申し訳ありません。何しろ、御挨拶の時と食事の時しか会っておりませんので」


当時をふと振り返る。


(うん、でも食事が美味しかったことだけはよく覚えてるわ)


「な、何だって……俺たちは1年半夫婦だったんだぞ!?」


「はぁ、それが私、毒を飲んで目覚めてからは記憶喪失だったのですよ」


「は……? 記憶喪失……? 初耳だぞ! それは!」


「そうですね。お話しするチャンスも無かったので。でも一人のメイドには伝えましたよ? でも聞く耳を持ってもらえませんでしたけど」


「……チャンスという言葉が何を意味するか、よく分からないが……アイシャ、本当にすまなかった。どうかもう一度俺にチャンスを与えてくれ。……使い方はあってるか?」


侯爵という立場でありながら、農夫のような姿で全身ずぶ濡れのセドリックさん。

カイルさんとしての今までのやり取りを、ざっと回想してみる。


(うん、カイルさんのお陰でレーズンやドライブルーベリーの販路も広がった。適当に書いたミシンの絵だったのに、形にして届けてくれた。そもそも大金を持たせてくれなければ村の開拓も出来なかったし、それに何より……)


全身からぽたぽた水を垂らしながら、切なげな瞳で私を見つめてくるセドリックさん。


(泳ぎが苦手なのに、後先考えずに飛び込んで助けてくれようとしたんだよね……)


なら、私の答えは一つ。


「いいですよ」


「な、何!? 本当にいいのか!?」


「ええ、ただし条件があります」


「条件……? 一体それは……」


「別居婚なら、いいですよ。」


だって、私この村を離れる気は全くないし、それに貴族社会だって興味がないもの。


「何いっ!? 別居婚だと!? アイシャ! お前、本気でそんなこと考えてるのか!?」


「はい、そうです。あ、ちなみにアイシャも無しです。私はもう、シーナ・サンドリーですから。シーナと呼んでください」


「そ、それが……アイ……い、いや。シーナの条件なのか……?」


ブルブル身体を震わせるカイルさん……いや。セドリックさん。


「そうですね。私はこの村の村長ですから」


「村長である前に、俺の妻だろう! ……い、いや。妻に戻ってくれるんだろう……?」


上目遣いに私を見つめる。


「う~ん。条件を全て飲んでくれたら、です」


「わ、分かった……条件を飲もう……その代わり、時々は帰ってきてくれるのだろう!?」


「え? いやですよ」


何を言ってるんだろう? この人。


「何!? ならどうするんだよ!!」


「セドリックさんから、会いに来てください。つまり、通い婚です」


ピンと人差し指を立てる。


「俺の方からだって!? しかも通い婚なんて聞いたことが無いぞ!」


「あ、ならこうしましょう。単身赴任ですよ」


「単身赴任……うっ。うまく言い含められた気がするが……分かった……全て、お前の言う通りにしよう……」


セドリックさんは、がっくりと肩を落とした。


「なら、交渉成立ということで」


パチンと手を叩くと、いきなり腕を引かれて強く抱きしめられて耳元で囁かれる。


「シーナ……愛してる」


「私も、まぁまぁ好きですよ」


そっとセドリックさんの背中に手を回した。


「はぁ? まぁまぁだと?」


「ふふっ。はい、まぁまぁです。だから、これからもっと好きになれるよう努力しますね」


「分かった。お前に好かれるように努力する」


私を抱きしめる手に力がこめられた時。


「あーっ!! カイルさん! シーナ様に何てことしてくれるんですか!!」


突然声が辺りに響き、顔を上げるとジャックが村の人たちを引き連れて現れた。


「ふん! この若造が! いいか!? 俺とシーナは元々夫婦だったんだ! よりを戻したんだよ! 今後一切シーナに色目を使うなよ!」


「えっ!? ふ、夫婦……? そ、それじゃ……」


グラリと傾くジャック。


「ええ、そうなの。でも安心してちょうだい。私はこの村を離れるつもりはないから。別居婚という形をとって、ずーっとこの村で生きていくわ! ここで骨をうずめるつもりよ!」


「ええっ!? そ、そこまでか!?」


私の言葉にセドリックさんが青ざめる。


「申し訳ございません!! ま、まさか……あなたが侯爵様とは知らず、今まで大変無礼な行動を……」


突然ジャックが土下座し、ガタガタ震えだす。


「ふん。顔を上げろ」


セドリックさんが命じた。

他の村人たちは先ほどから無言で様子を伺っている。


「お前が勘違いするのも無理はない。何しろ俺は素性を隠して、こんななりで村に来ていたからな。だから今までのことは水に流してやろう。何より、お前は村を開拓する妻の手助けをしてくれていた。ただし……妻には絶対に手を出すなよ!!」


「はいっ!! 絶対に出しません!!」


再びひれ伏すジャック。


「アハハハ。何言ってるんですか。私とジャックはそんな仲じゃありませんてば」


ペチペチとセドリックさんの濡れた肩を叩き……。


「クシャンッ!」


大きなくしゃみをしてしまった。


「大変だ! 風邪を引いてはいけません!」


「すぐに村へ戻りましょう!」


「濡れた服を乾かさないと!」


村人たちが大騒ぎする。


「そうね! 戻りましょう! 私たちの村へ!」


「あぁ、お前の村へな」


セドリックさんが笑顔で私の肩を抱き寄せ、額にキスをした。


こうして、この日。

私とセドリックさんは別居婚と言う形でやり直すことが決定したのだった。



そして……時は流れた。



****


――五年後。


サンドリー村は急成長し、今では王都に次ぐ第二の都市へと姿を変えていた。


四歳になる息子の手を引いて歩いていたとき。


「あ!」


突然、私は自分の全てを思い出した。


私は、これまで百回もの生まれ変わりを繰り返してきた。今のこの人生は、百一回目にあたる。


その度に、前世の記憶を全て引き継いだまま。辛い経験も、苦しみも、悲しみも、何一つ忘れることなく。


忘れたいのに忘れられない前世の記憶に引きずられ、私は少しずつ疲弊していった。

そして、百回目の人生を終える時。


「もう、うんざりだ。今度生まれ変わるときは何もかも忘れた状態で生まれ変わりたい!」

そう、強く願ったことだけを思い出した。


過去の人生で何があったかなんてことは、もう記憶にも残っていないけど……。


(まぁ、別にいいか! 今が幸せなんだし)


「ママ、どうしたの?」


愛息子が手をクイクイと引っ張ってくる。


「ううん、何でもない……あ」


ポンとお腹の中の赤ちゃんが動いた。


「ママ?」


「フフ、今ね。赤ちゃんが早く出たいってお腹を蹴ってきたの」


すっかり大きくなったお腹を笑顔でさすった。


「赤ちゃん、早く見たいな~」


「ママもよ。あ、そうだ。今日はパパが来る日だからご馳走用意しないとね」


「え!? 本当! パパが今日来るの!?」


私とセドリックで名付けた愛息子――カイルの目がキラキラと輝く。


「ええ。そうよ。カイルはパパが大好きだものね~」


「うん! 大好き! 早く帰ろう? ママ」


「ええ、帰りましょう」


再びカイルの手を握りしめると、歩きだす。


「ねぇ、ママ」


「なぁに?」


「イワンお兄ちゃんが犬飼ったんだって。僕も飼いたいな~」


「あら、いいわね。飼いましょうか? 何と言ってもママはドッグトレーナーだったんだから」


「へ~すごい! さすがだね、ママ!」


「ふふ。ありがとう」


夕焼けの空の下。

家に帰る私と愛息子の長い影が、賑やかなサンドリー町にずっと伸びていた――



<完>


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
シーナさんの懐の深さが一番素晴らしい! そして、こんな魅力的なお話を書ける作者様を尊敬します。
こんな人の過去はなんなんだーと思ってました。 最後の最後でそうきたか! 面白かったです!
駆け抜けましたね~ 楽しく読ませてもらいました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。