第14話 明日の朝一で出ていきます
「ざ、財産分与だって……?」
夫のワイングラスを持った手がブルブル震え、注がれたワインが大きく左右に揺れている。
今にもこぼれてしまいそうだ。
「はい、そうです。父から聞いています。ここへ嫁ぐときに大金を持たせているって。だからいいですよね? 財産分与として、何か下さい」
伸ばした両手を上下させる。
「う……わ、分かった! 分かったから両手を降ろせ!」
「はい」
両手を降ろすと、夫はワインを飲み干し、グラスを置いた。
「なるほど……決心は固い、ということだな?」
「はい。私の顔を見るのも、うんざりなんですよね?」
夫は「うっ」と息を詰まらせると、傍に控えていた髭の大男に命じた。
「あれを」
「はい」
髭の男性は返事をすると私の傍にやって来て、じっと見下ろしてくる。
う……何という迫力。
「あ、あの……?」
怖い、何をされるのだろう?
「奥様……」
「は、はひっ!」
怖くて変な返事をしてしまった。
「これをどうぞ」
髭男はスッと封筒を差し出してきた。
「え……?」
恐る恐る受け取ると、男性は会釈して去っていく。
「開けてみろ」
「はい」
夫の言葉に封筒から紙を取り出し、広げた。
「こ、これは……」
「フン、どうだ? 驚いたか?」
「はい! 驚きましたよ! だって見たこともない文字なのに読めるのですから!」
「はぁ!? 本気で言ってるのか!?」
「こんなこと冗談でも言えませんよ。どれどれ……ここからおよそ50キロ離れた侯爵家の辺境領地。木造三階建ての古い家屋。家財道具は古いけど一式揃っている。
使用人無し、村人の数は30人ほど。主な財源は農業……なるほど、なるほど」
「……どうだ? 気に入ったか?」
ニヤリと笑う夫。
「はい! とても気に入りました! ありがとうございます!」
ガタンッ!
夫が椅子から転げ落ちた。
「え? 大丈夫ですか!?」
「旦那様!」
大男が駆け寄り、夫を助け起こした。
「お、お前……本気でそんなことを言ってるのか!?」
椅子に座り直すと、問い詰めてくる。
「はい、私はいつだって本気ですから。こんな素敵な場所を与えてもらえるなんて……あっ!」
大事な部分に気付き、思わず驚きの声が出てしまった。
「ん? 何だ、その顔。やはり、そこでは不満があるのだろう?」
顔を上げると、夫の口元が嬉しそうに笑っている。
「あの、お願いがあるのですが……」
「お願いだと? 言っておくが、そこ以外はお前に与えられる場所はないからな?」
「いえ、そうではありません。ここまで誰かに送っていただけないでしょうか?
もし無理なら馬車の手配をしていただきたいので。明日の朝一で」
「あ、朝一だと!」
ガタンと夫が立ち上がる。
「駄目でしょうか? それとも今夜発った方がいいですか?」
まぁ、ほぼ荷造りは終わってるから問題ないけど。
でも、出来れば明るい時間に出発したい。
「そうか……冗談ではない、ということだな? 分かった。だが、今夜は無理だ。人手がいるからな」
椅子に座り直す夫。
「では明日の朝一なら良いのですね!?」
「グッ……そ、そうだ……だがな? 馬車を用意してもらえるとは思うなよ? お前ならせいぜい荷馬車だ。どうだ?」
「すごい! 荷馬車を用意していただけるのですね!?」
嬉しくて身を乗り出す。
「何!? 馬車ではない、荷馬車なんだぞ!? それでもいいというのか!?」
「はい、持っていく荷物が沢山あったので、ちょうどよかったです。ありがとうございました。あ、それと明日の朝食ですが、私の部屋に運ぶように伝えて下さい」
カタンと席を立つと、夫が目を見開く。
「え? 自分の部屋でだと!?」
「はい。だってあなたも私のこと嫌いですよね?」
(どうせ私は使用人たちからも嫌われているし)
「何!? お前もだと!?」
なぜかショックを受けた顔になる夫。
「はい、それでは失礼いたします。今までお世話になりました。離婚届は代筆で書いておいてください」
どうせ自分の名前も分からないしね。
ペコリと挨拶すると、私は意気揚々とダイニングルームを後にした――




