第10話 全部持っていく!
その後――
父は一方的に言いたい放題言うと、「金輪際二度と騒ぎを起こすな」と言い放って帰って行った。
――バタン
扉が閉じられたところで、ようやく私は息を吐いた。
「はぁ~……疲れた……それにしても、よくもまぁあんなに言いたい放題言うなんて」
時計をチラリと見ると、驚くべきことに二時間あまりが経過していた。
「十六時半か……。こっちが口を挟む余裕もなかったわ」
母親は結局私を一度も叱責することなく、無言でお茶を飲んだり、お茶菓子を食べたり……。
トレーの上は殆ど空になっていた。
「あ~あ……残ったお菓子は、これだけかぁ……せめてサンドイッチ位残してくれれば良かったのに」
僅かに残ったクッキーに手を伸ばして口に運ぶ。
私も本当は一緒に食べたかった。
けれど、トレーに手を伸ばす度に「話を聞いているのか!」と父の叱責が飛んでくるので、お預けになってしまったのだ。
「はぁ……疲れた。こっちは三日ぶりに目が覚めたらしいのだから、加減してくれればいいのに」
でも、お茶が残っているだけましか。
カップに残りの紅茶を注ぎ入れ、すっかり生ぬるくなったお茶を一口飲んだ時……。
「あ!!」
私はとんでもないことに気付いてしまった。
「どうしよう……結局自分の名前を聞くことが出来なかった!」
せっかく両親が来たのだから、自分の名前を聞くチャンスだと思っていたのに。
両親は私のことを一度も名前で呼ばず、「おい」「お前」「あなた」呼ばわりだった。
「……でも、ま。いいか。両親からも嫌われているし、どうせ私はここを出て行くんだから」
私は残りのお茶を飲み干した――
****
――十八時半。
「ふぅ……こんなものかな?」
床にずらりと並べられた旅行鞄を見渡す。
「一、二、三……全部で八個か。どうやってこれを持ち運べばいいかなぁ?」
これらの鞄には、当面私が生きていくために必要不可欠な物ばかり入っている。
金目になりそうなアクセサリー。
一人で着れそうな衣類に歩きやすそうな靴、
日差し避けの帽子に化粧品等々。
「どれか一つくらい減らすことが出来ればいいけど…ううん、駄目駄目! 全部持っていくんだから!」
ブンブン首を振っていると、コンコンとノックの音が響いた。
「ハイハイ、どちら様~」
ガチャリと扉を開けると、能面のように無表情なメイドが一人立っていた。
「えぇと……」
首を傾げると、メイドは口を開いた。
「奥様、旦那様がお呼びです。一緒に夕食をということで、ダイニングルームでお待ちになっています」
「え!? 食事!? 行く、行きます! さぁ! 今すぐ案内して!」
私が喜んでいるのが気に入らないのか、メイドはますます不機嫌そうになる。
「……とりあえず、伝えましたから。では失礼いたします」
クルリと背を向けるメイド。
うそっ!? どこへ行くの!?
「ちょっと待って!」
グイッとメイドの襟首をつかむ。
「グエッ」
メイドがカエルのような声を漏らした。
「あ、ご、ごめんなさい」
慌ててパッと手を放すと、メイドは真っ赤な顔で抗議してくる。
「な、何てことするのですか! 死ぬかと思いましたよ!」
「アハハハ……ごめん、ごめん。ダイニングルームの場所が知りたくて」
「何を今さら、そんなことを言うのです? とっくにご存知ですよね。私は忙しいのですから、ふざけないでください」
再び去って行こうとするメイド。
わー! 困るってば!
「待ってってば! 私、記憶喪失になってて、本当にどこにあるか知らないんだってば!」
ついに私は自分が記憶喪失だということを自白した――
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