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高校を受験する時って普通、将来を考えて選ぶのかな。
俺はろくに考えなかった。担任から受かりそうな候補を聞いて……
歩いて通える学校を選んだ。
どうでもいい事だな。川っぺりの土手を歩く。
桜も散って、景色は緑色になってきてる。
2年生になって間もないけど、もう飽きてきた。
学校に着く。教室に入る。窓際の席にすわる。
アイトが声をかけてくる。
「面白いゲーム見つけたんだよ」
「なんだよいきなり」
「ああ、おはよう皆の衆~」
「皆の衆じゃねーよ。俺しか相手いないじゃん」
「ナヲキだって僕しか相手いないだろ」
「まあね」
「だから学校終わったら、僕んちに来なよ」
「ああゲームね。はいはい」
登校して早々、放課後の話をしちゃったよ。
アイトは地味で小柄で、アライグマみたいな顔に丸眼鏡をしてる。
このクラスで、まあ唯一の友人がアイトだ。
トモダチなんて、1人いれば多いくらいだ。
他人の事に無関心な、孤独な男。
ってほどでもない。実はクラスメイトの動向も少しは気になる。
例えば、ミラノっていう女子。
何でもファッション雑誌の読者モデルをしてるらしい。お洒落な子だ。
ミラノの隣にくっついてる莉々っていう子も、可愛い。
「……だからさ、秀治クンが来たら頼んじゃえばいいんだって」
「うんうん」
ミラノは目立つ。そして社交的。
喋ってる声が、いやでも耳に入ってくる。
「あっ秀治く~んハロ~!」
「やあミラノ。その口ぶりから推測するに、英語の相談かな?」
「すっご~いわかるんだ!あのねあのね、ここの翻訳が……」
秀治が教室に来るなり、一気に話を進めてる。
要するにミラノは、宿題やってないから秀治に頼んで丸写しする気だ。
隣の莉々ちゃんも、あやかろうとしてる。可愛いなあ。
俺も、英語の宿題なんてやってない。
でも授業は、堂々と受ける。それが男の潔さだ。
その日、英語の授業はしっかり受けた。
俺は授業中、3回も発言した。
「わかりません」
「忘れました」
「やってません」
だいたい、日々の授業はこうやって過ごしてる。
___________________________
今日も退屈だった。
これほど刺激の無い学校生活、俺くらいだろ。
……いや、退屈そうなのが、もう1人いた。
教室の最後列でふんぞり返ってる男。ツトムンガーだ。
ツトムンガーは、さすがに本名じゃない。通称だ。
でかい図体で立ち上がり、あくびをして教室を出ていく。
あまり近寄りたくない風貌だ。話した事もない。
他にも、足早に教室を出ていく男子たち・女子たち。
俺から話しかけたりしない。だから誰とも接点がない。
スポーツバッグを持って出ていく、女子の横顔、ポニーテール。
たしかムツミだったかな。時々名前を思い出さないと、忘れそうだ。
目がキラキラしてる。部活に打ち込んでるんだろう。
「ナヲキ、女子が気になるの?」
「は?」
「いま、見てただろう」
「見てねーし。ほら帰ってゲームだろ、行こうぜ」
アイトと連れだって下校する。
俺は帰宅部で、アイトはたしか囲碁部らしい。でも実質的に帰宅部だ。
アイトの家は、俺の家とは反対方向。でも歩いていける。
途中のコンビニに寄って、ジュースを買う。
ふと、隣の棚のカップ麺が目に入る。
[アライグマ印の黄色いカレーうどん]
面白いな。フタに描かれた絵がアイトに似てる。
買っておこう、後でアイトに見せて怒らせよう。
で、アイトの家についた。
「このゲーム、なかなかの傑作なんだよ」
部屋に入るなり、アイトはノートPCを立ち上げる。
室内は、特に変わった所はない。普通にオタクの部屋だ。
普通に散らかってて、普通にフィギュアとかポスターが飾ってある。
「ナヲキがやってみて」
「えっ俺?いいのかよ、最後までクリアしちゃうよ?」
「構わないよ?出来るもんならやってみなよ」
そんな風に煽られると、俺も少し乗り気になる。
ノートPCを渡され、画面を覗きこむ。
”勇者が野生動物に勝てないRPG”
「……おい、これダメなやつだろ」
「いや傑作だから、これ傑作だから」
タイトルだけで、もう駄目だと予感してる。
とりあえず新規ゲームをスタートしてみる。
勇者が、ぽつんと草原に放り出されてる。
不親切なゲームだ。ひと目でわかる。
「剣とか装備してるのか?どこに行けばいいんだ?」
「大丈夫、好きなように進んでいこう」
1歩あるいたら敵に遭遇した。
◆ポメラニアンが現れた!
「犬じゃねーか」
「ああ、犬だね」
「なんか攻撃するの、気が引けるんだけど……」
◆勇者の攻撃!ハズレ!
◆ポメラニアンはひらりと回避した!
◆勇者の攻撃!ハズレ!
◆ポメラニアンはひらりと回避した!
「攻撃が当たらねえええ」
「犬ってかなり俊敏だからね、剣を振り回してもほぼ回避されるよ」
「ゲームバランスも駄目じゃないか」
◆ポメラニアンの攻撃!
◆勇者は3ポイントのダメージを受けた!
◆感染症が心配だ!
◆ポメラニアンは逃げ出した
「なにか心配されたぞ?」
「野犬に噛まれたらやっぱり心配だよね、この辺りがリアルだよね」
ひどいゲームだ。
俺は勇者をさらに前進させてみる。
◆イタリアングレイハウンドが現れた!
「また犬じゃねーか」
「ポメラニアンより強そうだね」
◆勇者の攻撃!
◆イタリアングレイハウンドに3ポイントのダメージ!
おっ、攻撃が当たった。
◆イタリアングレイハウンド怒りの攻撃!
◆勇者は7ポイントのダメージを受けた!
◆感染症が心配だ!
「心配されてるけど、これ何かペナルティあるの?」
「無いよ。しいて言えば心理的な圧迫感?」
なんてくだらないゲームなんだ。
でも馬鹿馬鹿しくて、むしろ楽しい。
イタリアングレイハウンドから逃げた。
勇者をどんどん歩かせる。
「おっ、村が見えてきた」
「村に入れば、犬は出現しなくなるよ」
「まあ、普通のRPGはそんなルールだよな」
「もうちょいで村に入れるよ」
◆土佐犬が現れた!
「……勝ち目ないだろこれ」
「ああ、これは相手が悪いね。いわゆるデスエンカだね」
◆勇者は逃げ出した!
◆土佐犬は追いかけてきた!
◆土佐犬の攻撃!25ポイントのダメージで勇者は力尽きた……
◆感染症が心配だ!
「めちゃくちゃハードな難易度だなこれ」
「どう?歯ごたえのあるRPGでしょ」
「そうだな、犬しか出てこなかったけどな」
俺は、大体このゲームが判ったのでギブアップした。
アイトは交代して、データロードしてる。
やり込んでるみたいだ。こいつは変人だ。
「……そういえばアイト、部活は行ってないのか?」
「全部オンラインだよ。部室の方には久しく行ってないね」
「たしか囲碁部なんだろ?」
「うん、ネット経由でたまに対局してる」
コロナ禍があってから、こんな部活も増えてるらしい。
アイトは”勇者が野生動物に勝てないRPG”をプレイしながら、ぽつぽつ喋る。
「でも最近は、ぜ~んぜん対局する気が起きないんだよね」
「囲碁、飽きちゃった?」
「そうじゃないんだ、囲碁は素晴らしいよ。でも僕としては」
アイトは右手をノートPCから離してみせる。
何か石を持ってる手付きになって、板床をパシーンと叩く。
「やっぱりこう、差し向かいで石を握ってないとダメなんだ」
「オンラインじゃ物足りないのか」
「そうそう、判ってるじゃないのナヲキ」
アイトは急に顔を上げ、本棚の方を向く。
何か閃いたような表情だ。アライグマが餌を発見したみたいな顔だ。
「そこに入門書があるから、ナヲキ読んでみてよ」
「いや、それは」
俺に、囲碁を覚えさせようとしてるのか?
無理いうんじゃない。俺はバカだし覚えたくない。
思考力が要求されるゲームなんかで、アイトに勝てるわけない。
「おっと、急用を思い出したぞ」
「なんだよナヲキ、まだ来たばっかりじゃないか」
適当にあしらって、今日は帰ろう。
俺はアイト宅から脱出した。
まだ夜にもなってない。家に帰る。
誰もいない。両親は共働きで、帰りが遅い日も多い。
着替えたり、晩めし済ませたりシャワーを浴びたり。
あとは自室で動画を観たりして、ごろごろと過ごす。いつも通りの生活だ。
ネットで観る動画はできるだけ、くだらないのを探す。
アイトの所で遊んだ”野生動物に勝てない”みたいなのが、丁度いい。
流行には疎いし、ニュースとか時事ネタは見たくない。
なんでかと言えば、世の中が嫌いになりそうだから。
知れば知るほど、世の中がイヤになりそうだから。
ちょっとアクビが出た。
今日も退屈だった。寝よう。




